こんこん、とドアの叩かれる音に、テオはその場から動かずに誰何する。
返答として響いた声が息子のものだったので、驚いて顔を上げた。
「シグール、どうしたんだ」
「息子が父親の部屋を訪ねるのに理由がいる?」
「いや……そういうわけではないが」
家にいる時でも、夜に一人で部屋を訪れる事などなかったから、少々驚いた。
椅子を勧めると、ストンとそこに腰を下ろす。

「なにか飲むかね」
「じゃあそこのワイン」
「こら、お前は未成年だろう」
「……いいじゃない、がんばったもん」
何かを含んでいるような口調が引っかかったが、テオはしばらく黙ってから瓶に指を引っかけ、持ち上げる。
戸棚からワイングラスを二つ取り出すと、コルクを開けた。

「シャンパン?」
「赤月ではあまり作られないな」
「そだね。ええと……あれ、これって」
「ああ、マクドール家の領地で作らせているものだ」
「自家製じゃん」
笑ったシグールのグラスにワインを注ぐ。

一口飲んでから、美味しいねぇと再び笑った息子の頭をゆっくり撫でる。
バンダナをつけていないし、服装もラフなものだ。
寝る直前だったのかもしれない。
……戻ったらグレミオが怒るだろうに。

「美味いか」
「うん」
「……妻が……お前の母さんが好きだったものだからな」
「そう、なの?」
「当たり年のものだから美味いぞ」
「ここまで持ってこさせたの?」
「ああ。あと二本あるから、戦争が終わったら開けるとするか」
「じゃあ頑張らないとね」
笑ってシグールはもう一口飲む。
「うん、美味しい」
いつの間に酒の批評ができるようになったのやら。

頷いた息子のグラスにワインを注いで、テオは自分のグラスを傾けた。
「父さん」
「なんだ」
「父さんは、皇帝陛下に逆らいたくなかったよね」
「もちろんだ」
「……陛下への忠誠に、誇りをかけていたよね」
「ああ」
「それを僕が……踏みにじったことを、怒ってるよね」
「そうでもない」
「え」
意外そうに顔を上げたシグールに、テオは苦笑気味に言葉をつないだ。

「陛下への忠誠と、今陛下へ逆らっているのとは矛盾しないだろう」
「し、しないの?」
「陛下は変わってしまった。忠誠とはな、シグール。その人そのものに捧げるものではない、その人の信念、考えに捧げるものだ」
あの継承戦争の時の陛下は、もういない。
あの方が道を踏み外す事など全く想像していなかったから、恥ずかしい事にどうすればいいのかちっとも分からなかった。
それでも最後までお守りするべきだと思っていたのだが、半ば無理矢理解放軍に引っ張り込まれたら、更によく分からなくなった。
……だが、どうすればいいかは分からないが、この全ての事のきっかけならうっすらと分かる気もする。

「あの、宮廷魔術師」
「ウィンディ」
「お前は知っているのか」
「……うん。よく知ってる」
躊躇ってから頷いたシグールは、手の中でグラスを弄びながら呟く。
「父さん」
「なんだ」
「元凶のウィンディに仕返し、したくない?」
「……思うところがないと言えば、嘘になるだろうな」
「じゃあ、やろう!」
顔を上げたシグールは、ぱっと輝く笑顔だった。何がそんなに嬉しいのやら。
「仕返し? しかしあの方は王宮の奥に引っ込んで出てこないだろう」
「そこを出てこさせるんだよね! 指さして笑うしかできないけど!」
楽しそうなシグールに苦笑して、テオは息子の言葉に乗る事にした。
「間違いなく笑えるか?」
「それはもう保証する」
「なら、そのワイン分くらいは楽しませてもらおうか」
「お釣りくるから、残りも飲んでいい?」
手の早い事にすでにワインボトルを掴んでいた息子に、テオは溜息を漏らした。

「いつの間に酒の味など覚えたのか……」
「これ美味しいもん」
「これもテッド君の影響かな」
「だったら?」
「ちょっと彼にお灸をすえないといけないかな」
「うん。テッドのせいテッドのせい」
「明日が二日酔いでも知らないぞ」
「大丈夫だもーん」
適当に相槌を打ちながらもう一杯飲むシグールに苦笑して忠告したが、取り上げる事まではしなかった。
息子と酒を飲み交わす夢がこんな形で果たせるとは、とテオもかなり感慨深かったし、嬉しそうな息子を止めるのもちょっと忍びなかったからだ。










翌日、シグールは明らかに二日酔いからきた頭痛で寝込み、親子揃ってグレミオとクレオにこっ酷く叱られた。

 






***
立場の弱い主親子……。