さくさくっと竜洞の前まで来たが、向こう側はにべもなかった。
「取りつがないってどういう了見よ」
「まあまあオデッサ。こういう時は近くの町で情報集めがセオリーだよ」
そんな会話を交わしてアンテイへ逆戻り。
「しかしこの地域はモンスターが手ごわいですな」
「おかげで町を一つ切り開くのにも苦労するのですよ」
「今度討伐対を……」
「たしかに……物資の流通も……」
五将軍とハンフリー達が真面目に町の入口で開拓相談をし始めるのを聞きながら、シグールとオデッサはアンテイへと乗り込む。
すぐに目の前で言い争いがなされていて、いつもは仲裁を他の誰かに任せるシグールが正面から割って入っていった。
……というか、明らかにド派手な人物だ。
そういえば面識もある……ような……気がする。いや、ある。あれはある。
「ノン、ノン、ノン。それは違いますよ」
なにやら怒っている人相手に、ちっちっち、と顔の前で指を振っているのはヴァンサン=ド=プール。
ド派手な……ナルシー族だ。
帝国貴族の一人で……ええと、コメントは控えておく。
オデッサは何度かパーティで一緒になったことがあるが、初めて見た時のインパクトはミルイヒ将軍に並ぶだろう。
「貴族様だって言うんなら、メシ代くらい払えるだろう」
「おお、それを言われると心苦しくなります」
払えないなら食べるんじゃないわよ、と思わず心の中でツッコミを入れる。
しかし彼は腐っても帝国貴族。
ここで見捨て……るのも面白そうだけど。
「どうしたの、店先で」
「あっ、これは解放軍のリーダー、シグール様じゃないですか」
「シグール? これはテオ=マクドール殿のご子息、シグール=マクドール殿では?」
「そのシグール=マクドールだよ。何やってるんですかヴァンサン=ド=ブールさん」
「おお、心の友よ!」
「飲食代は僕が払いますよ店長さん。だから許してあげてください」
「はあ……じゃあ、二百ポッチですけど」
「はいどうぞ……ってもういない!」
シグールが飲食代を払っている間にヴァンサンは姿を消していた。
案外素早い。
「行かれちゃったけど、彼は関係があるの?」
「幻水では顔グラが出るヤツは宿星か敵だよ。ヴァンサンが敵に見えた?」
「ちょっとおマヌケな宿星ね」
「正解」
シグールはコキリと肩を鳴らすと、さっさとアンテイを出て行こうとする。
「情報はいいの?」
「ヴァンサンはヨシュアの友人なんだよ。小さい頃には竜洞にしょっちゅう忍び込んでいたから、秘密の抜け穴を知ってるんだ」
なるほどね、とオデッサは頷き、シグールと一緒に入口へ戻る。
「いや、しかし開拓をするとすればまずこちらに」
「いやいや、それではアンテイに近すぎる」
「私が思うにここはやはり……」
「…………ならばここの川を……」
入口で男四人は地図まで描いて話し込んでいる。
確かにそれは重要だろうけど、今は大事じゃないんじゃなかろうか。
当初の目的を見失っているようにしか見えませんが、おじさん方。
「……男って、よく目的を見失うわよね」
「大人が見失うって言ってほしいなぁ」
頭の後ろで手を組んだシグールが苦笑し、オデッサも声に出して笑う。
その笑い声に気付いたのか、一同が振り返った。
「すまない、話し込んでしまった」
「大丈夫。もう終わったよ。戻ろう」
「もう終わったのですか?」
「うん。はいはいしゅっぱーつ」
頭に疑問符を頭に浮かべている一同にもう一度笑って、六人は再び竜洞騎士団まで戻ってくる。
そこで門番を微妙に脅していたヴァンサンからは、シグールが言っていた通り、抜け穴を教えてもらえた。
「あら? シグール……知ってたんじゃなかったの?」
「まあ聞いてて。はいじゃあハンフリーから入って行っててねー。ねえヴァンサン」
「なんですか心の友よ!」
一番体の大きいハンフリーから送り込み(理にかなってはいる、彼が通れなかったら意味がない)順々に男達を送り込んでいたシグールは、にっこりと笑って尋ねた。
「中に入りたいなら、なんでここから行かないの?」
「ノン、ノン、ノン。それは愚かな質問です。私のような貴族は、こそこそとしたことをしないのですよ」
「「ブッ」」
思わず吹いたのはオデッサと、順番を待っていたテオだった。
「ヴァ、ヴァンサン殿……」
「おや? あなたはテオ=マクドール殿ではないですか」
「私の前に穴を通っていったミルイヒ殿もクロイツ殿も貴族なんだが」
たぶんテオに悪気はないだろう。
彼はただ事実を告げ、「では私は先に行っているよ」とシグールに声をかけてさっさか穴に潜ってしまった。
それを見届けて、シグールは優雅に貴族流で一礼する。
「では殿はお願いします。オデッサ=シルバーバーグ様」
「お任せあれ、シグール=マクドール様」
オデッサも大袈裟にそれを返して、二人は顔を見合わせてくすくすと笑った。
ぽっかりと空いている穴をくぐっていけば、出た先はやや大きな空洞だった。
オデッサの前を歩いているシグールは足を止め、しまった……と呟く。
「どうしたの、シグール」
ボス戦でもあるのだろうか、確かにこのメンバーだと(育ててないから)やや不安だが。
「いやあ、ちょっと失念してた」
そう言ったシグールの足下には穴が空いている。
薄暗いので見落としそうだが、うかうかこれに落ちる人もいないだろう。
「この穴がどうかしたの?」
「ここから落ちたのを思い出した」
「あなたが?」
「もちろんフリックが」
苦い顔をしていたシグールに、オデッサはなんて事してくれたのよと唇を尖らせた。
「せっかくおもしろいフリックが見られたのに!」
「というかここに連れてこられるくらいレベルと経験を積んでる戦闘要員が落ちるってのがね……不運スキルを持っているかおっちょこちょいスキルを持ってるかのどっちかだから」
ルックもテッドもいないしなあ、とぼやいたシグールしょうがないかと呟いて。
ひょいと。
自ら穴に飛び込んだ。
「ちょ、シグール!?」
「シグール!!」
オデッサが手を伸ばすより早く、テオが穴から飛び込んでいく。
「……あら?」
正しい行動はそっちだったのねと呟いて、オデッサも穴に飛び込んだ。
後の三人もついてきてくれたので、たぶんこれが正しいんだろう。
「つたたた……」
「大丈夫ですかクワンダ殿」
「いや、ちょっと若ぶりましたな……」
ははは、と乾いた笑いを浮かべているクワンダはともかくとして、とオデッサは周囲を見回す。
「シグール、なんか変ね」
「よくわかるね。その通りさ……っと、来たな」
「そこでなにをしている!」
よく通る女性の声に、全員が振り返る。
「泥棒にちゃ少し厚かましいんじゃないかい?」
「これは失礼、僕はシグール=マクドール。解放軍のリーダーです」
一礼したシグールに、オデッサも倣う。
「私は同じく、オデッサ=シルバーバーグ」
「私はテオ=マクドール」
「わたくしはミルイヒ=オッペンハイマーです!」
「我はクワンダ=ロスマンと申す」
「は……はい、ええと、解放軍? というか五将軍様方がなんのご用でしょうか……」
そうそうたる面子に女性が思わず尻込みしていると、無言だったハンフリーが彼女の前に立った。
「私は元帝国軍百人隊長、ハンフリー=ミンツです。竜洞騎士団長ヨシュア殿と会いたい」
「……わかりました」
ハンフリーの名前は聞いているのだろう。頷いて踵を返した女性の後ろで、ハンフリーがこっそり親指を立てて見せる。
無表情のままされたそのポーズに、思わずシグールとオデッサは顔を見合わせてにっこりと笑った。
「それにしても……竜ってよく寝るのね?」
「これは病気だと思うよ。別に夜行性なわけでもないし」
「詳しいのだな」
先を行く女性がシグールを睨みつけ、いやぁと彼は苦笑する。
「乗ったこともあるんですよ」
「竜にか」
「今はこんなんですけど、近衛兵の仕事をしていたんですよ、最初は。その時にちょっと」
「帝国側の依頼はよく受けるからな……まあ以前までの話だが」
一室に全員を導くと、彼女はその奥にいた壮年の男性を示した。
「こちらがヨシュア様だ。ヨシュア様、先程の者どもです。解放軍だとかで」
「ハンフリー! ハンフリーじゃないか、久しぶりだな」
ぱっと立ち上がってハンフリーの前まで歩いてきたヨシュアは、目を細めて彼の肩を叩く。
「ああ……」
「心配していたのだぞ」
「ああ……ヨシュア、こちらが解放軍を率いているシグール殿だ」
「あなたがシグール殿……」
「竜が寝て困ってるんだよね」
単刀直入に切り込んだシグールに、ヨシュアは重々しく頷いた。
「あれを見られては弁解のしようもないですね」
「僕の軍にリュウカンがいる。お貸しするよ」
「あ……ありがたい! お願いします、竜達を」
「わかってる。オデッサ、瞬きの鏡を渡すからリュウカンを連れてきて。ミルイヒにクワンダに父さんはオデッサと一緒に本拠地に戻って、軍勢を率いる支度を」
「戦争をするのか? だが戦力不足だとマッシュ殿が」
「そろそろ帝国軍も浮き足だっているはずだ。竜が目覚めたという知らせを聞いたら竜洞騎士団を潰しにかかる可能性もある。いざというときのために備えておいてほしい」
シグールに見上げられたテオは目を細めてから、ぽんぽんとシグールの頭を撫でる。
「あまり無理をするなよ」
「大丈夫だよ」
父親の微笑に拗ねたように口を尖らせたシグールは、歳相応の横顔をしている。
驚いた顔でそれを見ていたヨシュアに、テオは一礼した。
「では、慌しいですが、我々はこれにて失礼いたします」
「また縁がありましたら、みなさん」
「おお、その時はぜひわたくしの麗しい庭園へ案内させていただきますね!」
オデッサもそれに倣い、シグールから鏡を受け取る。
「すぐに戻るわね」
「うん、お願い」
瞬き一つの間に本拠地に戻ると、オデッサはリュウカンを呼び出してもらって、彼が来るまで適当に待つ事にした。
そういえば、と思いながら石版の間を覗くと、いつもそこにいる(事は実際には少ないが)ルックがいない。
「あら?」
そういえばシグールに何か言い渡されていた気がする。
ルックとフリックと……アンジーとシーナだったか。
シグールがする事は彼にとって有益か楽しいかのどちらかのはずだ。後者においてはオデッサにとっても等しく楽しい事なのだが、今度は一体彼らに何をさせているのだろうか?
***
ひっそりと裏では何かが準備中。
テオ様は天然なんです……天然なんですって……。