戦士の村に戻って、何食わぬ顔でパーティを再び組み替えた。
ビクトールとヒックスは外せないのでしょうがないのだけど、他のメンバーが……テッド、オデッサ、クレオである。
「いいんですか坊ちゃん」
私がなんとなく浮いてるんじゃないですか、と言ったクレオに、とんでもない! とシグールは首を横に振る。
「今回は遠距離攻撃が重要なんだ」
「はあ?」
「まあそうじゃなくても投げればいいんだけどね。それじゃあレッツゴーウ!」
威勢のいいかけ声と共に、一同は扉をくぐる。
ちなみにヒックスの戦士の誓いはシグールがゾラックを脅してとっとと済ませたので、問題ない。
「今回はなかなか長いダンジョンだからねえ」
「うげっ。マジかよ」
テッドが顔を顰める中、シグールはさっさか前に進む。
宝箱をあっちこっち回収して、ある一部屋に入ると……。
「…………え、なにこれ」
「ゾンビ君です」
そこにいたのは間違いなくどこからどう見てもゾンビだった。
うっすら腐臭もするあたり芸が細かい。
「げへっ、げへへへ。お前ら、いいこと、教えてやろうか?」
「その前にちょっとやりたいことあるから黙ってそこに立ってろよ」
シグールが笑顔で言うと、ゾンビは??と不思議そうな顔をしてそこに立ち尽くす。
「じゃあオデッサ、どうぞ」
「ゾンビなんて初めて見たわ! ……優しさの雫!」
ぽうっとゾンビが燐光を放つが、特に何も起きない。
「げへっ?」
「やっぱりダメかぁ、それじゃあホイミ」
「げへっ?」
なんだダメか、とシグールは呟いてから、肩を竦めた。
「じゃあ、ケアル」
「ひげぇえええええええええええええ」
絶叫してゾンビはその場に倒れる。
ボロリと腕が灰になって落ちた。
「……………………え、なにこれ?」
絶句したクレオが呟き、ヒックスは口をはくはくさせている。
もっとも一番そう言いたいのはゾンビだろうけど。
テッドが溜息を吐いて、首を振った。
「回復魔法で敵を倒すのは某RPGくらいだからな?」
「やってみたかったんだもん☆」
えへ、と笑うと疲れた顔で視線を背けられた。失礼な。
「さてとゾンビ君。情報もらおうか」
「げ、げへっ、タダじゃいやだなー」
肩を震わせて笑ったゾンビの前で、シグールはにっこり笑顔で指をパチリとやった。
「レイズ」
棺桶の後ろで絶叫が上がる。
全員が思わず振り返ると、そこにはさらさらと灰になっていくゾンビがいた。
「さっ、情報を教えてもらおうか?」
仲間の成れの果てを見せつけられて、ゾンビは真っ青になりながらこくこくこくと頷く。
さっさともったいぶらずに教えればいいのに、と思いながら隠し扉を開けるための情報を聴取すると、シグールはむんずとゾンビの首根っこを引っ掴む。
「げ、げへ?」
「じゃあその絵まで案内してもらおうか♪」
「げへ!?」
「なあに、足も消してほしいの?」
「げへ、ま、まかせるんだな……」
力なく言ったゾンビを先頭に、一同はさくさくと城(というかダンジョン)を攻略していき、問題の隠し扉も抜けた。
「いけない、もう日が……」
外階段に出て、赤く染まった空を見て焦ったヒックスに、大丈夫だ大丈夫とテッドがやる気なく返す。
「どうせネクロードのところにたどり着くのが時間ちょうどだ」
「は……はい?」
「要はそんな焦らなくていいってことだ」
そんな会話を後ろに聞きつつ、シグールは階段を上がって並んだ棺桶を調べだす。
「おい、なにしてるんだ……?」
気味悪そうに問いかけてきたビクトールににっこり微笑んで、うち一つを指差した。
「はい、寝て」
「…………はい?」
「特にヒックス、ていうかヒックス、ヒックスのみでいい」
「なんで僕なんですか!?」
決まってるじゃない、とシグールはヒックスを指差した。
思えばシグールにテッドにオデッサにビクトールは、対ウィンディ一行のためにもバカみたいに強化されている。
クレオも今までにそれなりに鍛えられていたし、後衛だから攻撃をあまり喰らわない。
前衛、初参加、初期装備、弱い、の三……四拍子揃ったヒックスが明らかに一人だけ弱っている。
「こ、こ、この中にですか!?」
「ここ、体力も魔力も回復するすぐれもの」
「い、嫌ですよ! 特効薬使わせてくださ」
「だめ」
「………………」
しくしくしく、と泣くヒックスを棺桶の中に放り投げた。
『……本当に回復などするのか』
響いた低い声に、シグールは振り向くと、なんなら入ってみる? と尋ねる。
『いや、剣に回復はいらな』
「折ったら必要になるんじゃない? 帰り道に試してみようか☆」
『…………我が折れるわけがな』
「じゃあこの戦争終わったらの議題で。はい先に行くよー」
戦争終わったらやる事リストに、星辰剣へし折り大作戦追加。
腐っても真の紋章の権化らしいし、万が一折れても何とかなるだろう、きっと。
最後の階段を上っていくと、最上階には荘厳なオルガンの音が響き渡っていた。
演奏者は、白いドレスを身に纏った美しき花嫁を傍らに置くネクロード。
曲目は――結婚行進曲。
他の階の倍以上はある高さの天井に向けて壁一面に敷き詰められたステンドグラスからは夕日がキラキラ零れ、まるでここが本当の教会のような錯覚すら覚える。
まあそんな事はどうでもいい。
「それでは全員――」
シグールが左手を上げると、ビクトールが剣を握りなおし、後衛の三名は各々の飛び道具を用意し、ヒックスも自身の剣を構えた。
正しく構えたのではない。
柄を持って、振りかぶった。
「GO!!」
シグールの左手が振り下ろされた瞬間、ビクトールが曲を弾くネクロードへの距離を詰め、咆哮を上げながら彼の結界を一撃で粉砕!
だがネクロードの演奏は止む事なく、彼が驚愕に顔を引き攣らせている間に、残りの四名の手から放たれた武器がネクロードに突き刺さった。
的は動かない上に結界もないのだから、結果は当然。
ぐさぐさくさぐさっ。
こうなる。
「ぎやぁあああああ!」
可哀相なネクロードが悲鳴をあげるのと同時に、ようやく曲が終了する。
ちなみにテンガアールはビクトールが救出済みなので、残されたのは背中から血を流している彼だけだった。
「な……なにをするんですか!」
「僕は正義の味方だから、演出を終えるまで待つっていう悪役の美学はないんだ」
「こここ、こういうのはムービーが終了するまで行動不能がお約束でしょう!?」
「知らないよそんなの。やっぱりこのステンドグラスは凄いなあ」
「あれ? お前のとこにあったんじゃなかっ」
余計なことを口走ろうとしたテッドの頭を殴って沈める。
それは二百年後だ。
「さて、さくさくっと殺っちゃおうか」
シグールがテッドを沈めてから笑顔で言うと、残りのメンバーもイイ笑顔だった。
特にオデッサはついさっきも戦っていたから、喜びもひとしおだとおもう。
「私達のこと、覚えてないみたいね?」
横から小声で囁かれて、それは計算範囲内かなとシグールも小声で返した。
なおネクロードはやっぱりビクトールに屠らせてあげたいので、二人は特に何もしていない。
面倒臭いわけじゃないよ、ほんとだよ。
「たぶん三百年前は三百年前で閉じた世界なんだよ。この世界のテッドに僕らの記憶は違う形で残ってるもの」
「なるほどね」
確かにステンドグラスは素敵ねえ、とオデッサは目を細めて笑う。
「ひと段落したら観光地にしたいわね」
「その商魂のたくましさには僕に通じるものを感じるなぁ……あ、終わりそう」
ちょっと数発は入れてくるよ、と断わってシグールは武器を取らずにネクロードの横に走りこむ。
この状態ならもうすぐ倒れるだろうから、シグールが何かをする必要はないだろう。
物理的には。
「ねえネクロード」
「な……なんですか」
「二つだけ突っ込んでいい?」
「…………」
嫌な予感がしたのか黙りこくったネクロードに、シグールは微笑みかける。
「自分で結婚行進曲演奏したら、実際の指輪交換とかは無音になるけどいいの?」
「…………」
今までの花嫁でもそうしてきたんだろうか。
花嫁達にとっては恐怖だったんだろうけど、申し訳ない事に想像するとシュールである。
実際、そのツッコミに今まで真剣に戦っていた一同は噴き出しているわけだし。
「あと、テンガアールのドレスは自作だよね」
「…………」
じと目になったネクロードに、前々から思っていたことをぶつけた。
「ていうかあのステンドグラスもこの時代、この国で作れる職人はいなかったからやっぱり自作だよね。城の中のトラップも自分で作ったんでしょ。なんか……職人として真っ当に生きた方がよかったんじゃない?」
「…………」
黙って反論できなくなったネクロードに、シグールより早く突っ込んだのは彼だった。
『己の領分を知らぬ愚かしさよ』
「剣にまで言われるなんて……」
その場に突っ伏したネクロードはビクトールが、または星辰剣が二重の意味できちんとトドメを刺して灰になった。
「ま、どうせ死んでないしいいか」
何が「いいか」なのかはともかく、これにて一件落着終了だ。
うむうむ、と満足げに微笑むシグールの後ろでようやく立ち上がったテッドが頭を押さえてよろけていたけど、見なかった事にした。
「大丈夫だよテッド、すぐに水の紋章片で回復するはずだから」
「戦闘中だけだわ!!」
***
ネクロード終了。
しゅうりょう?