「俺は馬鹿だったと思うんだ」
真顔で呟いたテッドに、今更じゃないのとルックは返した。
現在ウィンディ出現ポイントに向けて走っている二人の手には、それぞれ武器がある。
武器自体のレベルは十五であり、普通にこなしていても十分手に入るレベルだ。
問題なのは、これがターン毎に四百ほど回復する武器だという事だろうか。
さらっと言ったが、このためにモンスターが何匹犠牲になったのか、考えたくもない。
ちなみにシグールとオデッサとシーナの仕様もほぼ同様、ビクトールのみ土の紋章片がええとその、実は……言及したくない。
そのためビクトールの防御力が……察してください。
ルックとしては、シグールとテッドにくっついている紋章片の数を見るに、九十九か百だと信じていた。
あっさり超えた。
僕は味方だけどなんか泣きたい。
「にしても僕らのところはハズレだよね」
「ある意味アタリだけどな。勝たなくていいわけだし」
「ああ、確かに……ん? これ勝っちゃっていいのか?」
いいんじゃない、殺らなきゃ。
ルックは物騒な一言を返して、ロッドを握り締める。
防御が紙だとか散々言われて久しいが、一ターンに自分のHP以上に回復できるのだから、それこそぶっ倒れない限り問題ない。
なおぶっ倒れた時のため、現在ルックの持ち物は、防具品を除けば……
身代わり地蔵
身代わり地蔵
身代わり地蔵
身代わり地蔵
身代わり地蔵
身代わり地蔵
身代わり地蔵
となっている。
七回復活できるなんて素晴らしい。
まあ他のメンバーも大差ない(ビクトールのみ特効薬)ので、皆で身代わり地蔵攻めである。
「…………」
テッドが足を止め上空を見やる。
「来た?」
「……来たな」
指差した先には……ああやっぱり。
ひらひらふわふわした白っぽい服を着ている、長髪の女がいた。
「よく来たなウィンディ!!」
「あら、あんたは、誰だい。見たことないねぇ」
「俺はあるんだ残念だな。ルック、合図」
「はいはい」
開始前は「成功すんのかよ」とか(立案はほとんどテッドだけど)「過去を変えるのはちょっと」とか「結局子テッドは継承するわけだし」とかぐだぐだゴネていたテッドだったが、すっかりやる気になっている。
「パーティを始めようじゃねぇかウィンディ!!」
ルックとしても反論はないので、大人しくここは合図を上げた。
村の中央に積み上げていた木の葉が、風ではありえないほど高く舞い上がる。
「合図だな」
「あ、いた」
シーナが指差した先には真っ黒い鎧がいた。
全身を覆う甲冑なので、もう「鎧がいた」と言うのが正しい。
「……なあビクトール、俺が思った事言っていい?」
「なんだ?」
「どう見てもあれって、台所とかに出るゴ……」
「………………言ってやるな」
なんだか敵が可哀相になってきたので、一気に距離を詰める。
これがシグールの話していたユーバーだとすれば、彼は家々に火をつけようとするはず。
それは止めなくてはいけない。
予想通り、振り返った男の手には……
「石!?」
素っ頓狂な声を上げたシーナに、黒い甲冑が振り向く。
その手にあったのは確かに石だった。
ああ、火打石。
「三百年前にマッチはねぇわな」
「マジ!? あれって井戸みたいなもんなんじゃねーの!?」
驚愕しているシーナは正しい。
マッチなんてビクトールも久しぶりに見た。
「ああ、まだ使う地域もあるぜ。フリックは火打石常備してるし」
「……さすが戦士の村……」
おっといけない、と呟いてシーナはここまで持ってきた桶を持ち上げる。
ビクトールも同じく持ち上げた。
ユーバーは困惑しているのだろう。
彼がそこから動かないのをいい事に。
「一風呂浴びろや!」
「水だけどな!」
バッシャーンと水がユーバーを襲う。
村で調達できる一番大きい水桶二つになみなみ入れた水をぶっかけたのだ。
そりゃあもう、全身びしょ濡れ、周囲もびしょ濡れ、火打石もびしょ濡れ。
これで当分使えまい。
「……なんだこれは」
「これは水だ」
丁寧に解説して、シーナは武器を取り出した。
「こいつ人間じゃねぇな……」
ビクトールの呟きに、ユーバーは剣を抜く。
「ほお、私の強さがわかりますか。それならば大人しく」
「だが負ける気はしねぇ!! シーナ、突っ込め!」
「おう!」
「え!?」
明らかに狼狽したユーバーに突っ込むと、シーナはフラムベルクを構えたまま真横にステップを踏む。
その動きにユーバーは難なく合わせ、彼を斬ろうと剣を上げた瞬間。
「お前の相手は俺だ!」
ビクトールの左手での突きは、ユーバーをひるませるに十分だった。
ユーバーはシーナを狙っていた刃を、軌道変更させてビクトールに振り下ろし……。
「……え?」
確かに彼はビクトールに攻撃した。
確かに攻撃した。そして当たった。
結果、髪が一本切れた。
「!?」
絶句したユーバーの真後ろに回りこんだシーナは、フラムベルクで彼の兜を落とす。
落としてから思いきり全身でタックルし、さすがによろめいた彼の首に腕をかけた。
「よぉ。意外とイケメンじゃんお兄さん」
にやりと笑って、腰に引っかけていた入れ物から、中身を全部注ぐ。
どこに?
……鎧と、体の間に、だ。
「ひっ!?」
「それ、油な」
ひょいっと離れたシーナが言い、ビクトールも苦笑した。
「早く脱がないと大変なことになるぜ?」
「…………」
まあ今脱いでも十分大変な事になってるだろうけど。
そう思いながらビクトールとシーナはユーバーの動向を見つめる。
一見ばかばかしいが、テッド曰く。
「あの鎧はカタすぎるからまともに相手はしない方がいい。実際鎧を脱いだヤツはそれなりにボコれるはずだ。大丈夫、たかが宿星にできたんだから、俺らができないはずがない!」という事だった。
それを脱がすための油である。
早く脱いでくれないかなと思いながら、ビクトールはコキリと肩を鳴らした。
この調子ならばその後には、まさかのフルボッコタイムが待っている。
相手が何かをしている間はきちんと待つ、という戦いの美学を学んだ二人の前に現れた鎧を脱いだユーバーは、それでも確かに強かった。
強かったが。
「くっ」
「大丈夫かビクトール」
「ああ、上着が切れただけだ」
「………………」
ビクトールの防御が紋章片で底なしに補強されているせいで、ユーバーから喰らうダメージは精々二桁。
そしてシーナへのユーバーの攻撃はほぼ全てビクトールが肩代わり。
万が一シーナへ当たったとしても、彼はオートリカバーできる。
「くっ……」
明らかに不利なのを悟ったユーバーが逃げようとしたが、そうはいかない。
「あ」
彼はさっき、油まみれになっている。
服を伝って、油が足元に溜まっている。
もちろん滑って転んだ。
「チャンスだシーナ!」
「あいよ!」
シーナのフラムベルクがここぞとばかりにユーバーにぐさぐさぐさと突き刺さり、今までやや防戦に回っていたビクトールも攻めに転じる。
ぐさぐさぐさ
さくさくさく
しばらく待つまでもなく、ユーバーはよろよろと立ち上がると、鎧をかき集めて金髪をなびかせてその場から退散していった。
あれならもう戦う気も起きないだろう。
「お、ホントに逃げた」
「方向もドンピシャだな」
二人が「イエーイ」とハイタッチしていると、逃げた方向から大きな音が聞こえた。
予定通り穴に落ちたようだ。
「いくらなんでも理不尽だろう!」とか「システムからこんなの聞いてない!」とか叫び声が聞こえたが幻聴に違いない。
***
ユーバーはTの頃(あとテッドの過去)が一番よくまともに喋っていたと思います。
紋章の影響で思考回路がおかしくなっているのか。
苛められて自棄になったのかは分かりません(待