ウィンディが来るまでイベントが動かない(と言い切ったのはシグール)とのことなので、一行はのんびりと居候させてもらう事にした。
なお一行の身分は「村長のお孫さんのテッド君のお父さんの遠い親戚とその仲間達」で落ち着いたらしい。
怪しすぎるが、テッドと子テッドがよく似ていたので成り立った言い訳だろう。
ビクトールやシーナは畑を耕すのを手伝い(村の女の子を使ってオデッサが説得した)、ルックとオデッサとシグールは子テッドの面倒を見たり女性達の井戸端会議の相手をしたり。
そしてテッドは。
「はい、じゃあ次はこの中で食べれる草を選びなさい」
「ええ? またぁー? おにごっこしたい!」
「選ばんか!! お前のためだっての!」
子テッドにサバイバル能力を教え込む事にした。
知っていて損はない。
損はないのだが……まあ子供にその価値は分かるまい。
「つりー! つりしたいー! シグールお兄ちゃんとつりするー!」
「じゃあ釣竿作るところから」
「ええー!?」
ブーブーと文句を言いながら釣竿を作り出す子テッドを見ながら、テッドもさっさとシグールの分を用意する。
釣りと言っても村の裏手に細々と流れている小川なので、大したものは釣れない。
滞在初日にシグールとテッドが何匹か釣ってきたのを見て子テッドがやりたがったので、これもサバイバルには必要と手ほどきをしているわけなのだが……。
「自分で自分に教えるって……まあ俺の記憶にこんな奴はいないわけだから、俺のトコには俺は来てはいないってことで、そこには俺がいなくて………………やめよう、百万世界バンザイ」
ぐるぐる考えるのを止めて、テッドはできあがった釣竿を、まだ四苦八苦している子テッドに渡す。
「ほい」
「わーい!」
「いや、それシグールの分。お前はちゃんと自分で作れ」
「ええーっ!?」
不満気な声をあげた子テッドは、糸を苦心して結びつけながら口を尖らせて呟いた。
「テッドおにーちゃんってお父さんににてるのに、やさしくなーい」
「似てるか?」
「声もにてるきがする」
「そっか」
ぽんぽんと癖の強い茶色の髪を撫でてやると、子テッドは目を細める。
「お母さんとおなじ」
「そっか」
「ふたりともいなくなって、さびしい」
「……そうだな」
「でも、おじいちゃんいるし、お兄ちゃんたちいるから、たのしいよ」
できた! と立ち上がった子テッドがシグールの方へ駆けていくのを見送って、テッドはしゃがみこんだまま深く溜息を吐く。
「テッド、どうした」
「俺ってあんな可愛げないガキだったんかね……?」
畑仕事帰りなのだろう、土に汚れたビクトールとシーナは顔を見合わせて、あはははと笑う。
「今でも可愛げのないガキだろ」
「あはははは、違いねぇや」
「ビクトールにシーナよ、カミングアウトしたから堂々と主張するけど、俺はこれで三百歳だからな!?」
「大事なのは精神年齢だろ」
がっはっはっは、とビクトールに笑われて、なんだかそんな気分もしてき――
「いやいやいや待ってくれ、俺ちゃんと精神的にも老成してるから」
「じゃあ体は少年心は老人じゃねぇか。ダメだぞテッド、外見が若い間に青春を謳歌しないと」
「……シーナ、一つだけアドバイスしとくが、お前その性格で後々絶対後悔するぞ?」
具体的な事は言えないが、こいつがある年齢に差しかかるまでとんでもなく浮気性だったのは、残念ながらとてもよく知っている。
「今がよけりゃいいじゃん?」
「これだから現代っ子は!」
おじいちゃん許しません! とちょっと若くて顔がよくて家柄がよくて金があるからって人生に余裕ぶっこいてる若者の頭をぺしぺしやっていると、なんだか悩んでいた事がどうでもよくなってきた。
というか何を悩んでたんだっけ俺は……
「そうだよテッド。どうせこの世界は僕らの歴史に上書きされないわけだし」
いつの間にか横にいたルックの言葉に頷く。
「あ、やっぱりそうか」
「そりゃそうでしょ、あんたもオデッサもテオも生きたままでUがはじまってごらんよ。ルカはともかくジョウイは狩られるね」
「…………獲物か」
「たぶんこの世界はエンディング時点で閉じるんだと思うよ」
「なかったことになる、ってことか?」
「わかんないけど、僕らの世界とは切り離されてるのは確かだろうね。レックナート様も共通の見解だったし」
「ふむ……」
「だから好きにすればいいってわけ。僕はすっごく好きにする」
笑顔のルックが恐ろしくて、一歩引いてその心を問いただすと。
「切り離されれても、この世界は僕らの世界とほとんど同じだ。ってことはここで小さいテッドの弱みを握れば、それは今のテッドの弱み」
「ひ、卑怯だぞそれ!?」
「過去編がうっかりある自分の待遇を恨むんだね!」
「お前……Vがあったら覚えてろ!」
「残念でした。あのラスボスは僕だから、今の僕があんな……あんなオチが待ってるのわかってて、あんな無駄なことするわけないだろ……」
勝ち誇った笑みを浮かべていたルックの顔が一気に暗くなり、テッドは思わず彼の肩を叩いた。
「ドンマイ」
「作戦立てたのあんただろうが……っ」
「クロスとシグールが暴走して俺にはどうしようもなかったんだ」
思えば、デュナン統一戦争から十五年ほど後のグラスランドでの一顛末は、ルックの心に深いトラウマとそれ以上に深い誓いを刻んでいた。
それを元に瀕死の淵から必死で這い戻ったのだ。
「瀕死の淵に追いやったのはあんたらだけどね!」
「直防低いお前が悪い」
「あんたらにドつかれたら防御力関係ないから!」
涙目で叫びだしたルックの肩を叩いて落ち着かせる。
いつの間にかビクトールとシーナがいなくなってたのがせめてもの幸いだろう。
「なんて事思い出させるんだテッドのバカヤロウ……」
蹲ってしまったルックは放置して(相当のトラウマになってるようだ)テッドは釣りをしていると思われるシグールと子テッドに合流する事にした。
とりあえず、今だけはこののどかさを堪能しよう。
「え? なに言ってるのテッド……もちろん全力で抗うよ?」
「は?」
「え?」
それは夕食の時だった。
「???」となったテッドはぽかんと口を開け、他のメンバーもシグールの問題発言に固まる。
なにせこの村には、最終的な敵のウィンディに目下の敵のネクロード。
そしてシグール達にとっては馴染み深い……ユーバー、もとい湯葉が来るのだ。
戦力を考えればその三人はかなりのもの。
抗えるとは思えないのだが……。
「とりあえず湯葉は倒せる敵だから、ビクトールとシーナが当たって。ネクロードも叩き潰せるはずだから、僕とオデッサが当たる。ウィンディは時間稼ぎも兼ねてテッドとルックが担当。僕らは担当が終わり次第参戦する。二人はそれぞれ思うところもあるでしょ?」
「いや勝手に巻き込んだけど、ウィンディと云々あるのは僕じゃなくてレックナート様の」
「テッド、悪いんだけどこれ、至急ビクトールとシーナとオデッサとルックの武器にくっつけてくれない?」
ドンっと目の前に置かれたのは。
「……これはまさか」
「Tの古きよき時代のチートアイテム紋章片。ビクトールには土、ルックとシーナとオデッサには水ね」
一つの紋章片は小さいものだ。
それをこんなに集めたという事は……その数も然るべしだろう。
「な、何個あるんだ……」
「水は皆が知っているように一つあたり体力を五回復。土は一つあたり防御力を三上げる」
「お前本気か」
呆れて呟いたテッドに、もちろん本気さとシグールは据わった目で言う。
「僕は本気を出すと誓ったんだ!」
「違う、それ違う」
絶対違う、と繰り返したテッドの横で、ルックが思わず半目になっている。
「ネクロードが倒せないから星辰剣を手に入れに来たんじゃないの?」
「大丈夫、倒すとボコるは違う」
「…………」
一同が無言を返すが、シグールはその意味には気付いていないのか笑顔でテッドに言い放った。
「よろしくねテッド。できれば今晩中」
「……別にいいが。お前これはどうしたんだ……?」
「周囲のモンスターの生態系をちょっと変えました」
「………………畑仕事をしていないと思ったら」
「ルックとオデッサと」
「周囲のモンスターさんごめんなさい!」
テッドが思いっきり頭を下げて、ガツンと額が机に当たる。
「痛っ!」
「……いや自業自得」
呆れて突っ込んだシーナが、テッドの前に置かれた袋をつつく。
「よく集めたなそれにしても」
「異常な量だな」
「これを皆につけるから、武器頂戴ね。大丈夫、ビクトールのあれそれは星辰剣がたしか受け継ぐはず」
「…………」
なんだそれ、とテッドは突っ込みたかったけど、何もいえなかった。
かくしてここに史上、というかどの百万世界でも試みられなかったであろう壮大な作戦、「ウィンディ一行をここでボコしてみよう」大作戦が幕を開いたのである。
***
テッド三百歳カミングアウト。
でもシグール達三人が未来からきたという事まではカミングアウトしていません。
これ以上ややこしくしてたまるか。