とりあえず事情を知らない面子の混乱(と誤解)を解くため、シグールとルックがテッドの実年齢を含めた一連の流れを彼らに説明している間、テッドは子テッドの相手をしていた。
自分で自分の説明なんてややこしくてたまらん。
「お兄ちゃんはたびのひと?」
「まあそうだなあ」
「すごいね、いつからしてるの?」
「……お前くらいの時かな」
「へー! すごいねー!」
ぼくにもできるかな、と首を傾げてきた子テッドにどうすればいいか困って、テッドは座ったままの場所から手を伸ばすと草を一本抜く。
「この草は葉っぱと茎は食べれるけど、花は下剤になって根っこは毒」
「へえ! お兄ちゃん物知り!」
「昔うっかり蕾を食って腹ぁ下したからな……」
「お兄ちゃんかっこわるい!」
「お前に言われたくないわ!」
「かっこわるーい」
「うるっせぇ!」
叫んだテッドの頭は後ろからはたか……いや、思いっきり殴られて、顔面から地面に叩きつけ……いや、激突する。
「ブッ、シグール……てめぇ」
口から土と草を吐き出しながら抗議すると、大人気ないんだからと冷めた目で見下ろされた。
「子供の相手くらいちゃんとしなよ」
「子供って、それは……だって」
「テッド君、僕達、この村の村長さんにお話があるんだけど、どこにいるか知ってるかな?」
「ぼくのおじいちゃんが村長だよ!」
自慢気に胸を張ったテッドに、そうなんだすごいねえとシグールは笑顔で返す。
「じゃあ、案内してもらっていいかな?」
「うん! こっち!」
ソウルイーターを守り続けた隠された紋章の村の、村長は……。
「テッド、早くおいで」
振り向いたシグールに手招きされて、テッドはゆっくり立ち上がるとのろのろと一行と合流する。
いくら子供の足でも、とっくに子テッドは村長宅についてしまっている。
「言っておけばよかったね、ごめん」
シグールに先手を打たれて、テッドは決まりが悪くなって頭を掻いた。
「いや……それはそれで微妙だし。っつーか記憶があんま残ってねぇ……こんな道のりだったか?」
「小さい頃に通ったきりだったからじゃない?」
「そか……」
感慨深いかもしれない、と思いながら足元の段差を見ていると、すっと横からきた魔法使いがにやっと笑う。
「僕はあんたのビックリした顔と見事な狼狽っぷりが見れてよかったよ」
「……あれ、シグール?」
「なに?」
「もしかして俺に何も言わなかったのって……」
先程の神妙な顔はさっさか引っ込めて、シグールはルックと全く同じ表情を浮かべる。
「テッドは狼狽してても大好きだよv」
「ちょ、ハートマークつけんな! てんめぇ親友だと思ってたのに!」
「あははははー! こっこまでおーいでっ」
シグールが走っていった先は村長の家だ。
子テッドはこの中にいるのだろう――と思っていたら扉が開いた。
「お前らが、あの女の使――」
険しい顔で出てきた老人は、ガクリと下顎を落としてその場に硬直する。
子テッドは、「このおにいちゃんが会いたいんだってさ」と言いながらシグールを指差しているが、耳に入ってはいないだろう。
「お、お前……お前、まさか……いや、あいつは……じゃあ」
隣にいたシグールに背中を軽く押されて、テッドは溜息吐いて右手の手袋を取った。
お前はあれか、俺を印籠代わりにでもするつもりだったのか。
「なんだか同一人物が同時に存在云々のお約束無視しまくってるけど――」
手の甲に輝くのはこの村が代々守護しているはずの存在――ソウルイーター。
「久しぶり、じいちゃん」
「テ……テッドはここにいる! な、なんのまやかしで」
「うーん、一言で説明すると…………………………ウィンディのせい?」
「テッド、それは略しすぎ」
シグールに肘鉄されても、これ以上ややこしく説明すると本当にややこしくなってしまう。
「えーっと、とりあえず中にいれて話聞いてよ、一生のお願い!」
両手をパンと目の前で合わせて頭を下げると、村長の顔が驚愕したものから、穏やかなものへと変わった。
どこが判断ポイントか分からないが、なんとなく納得してくれて――はい、分かってます、「一生のお願い」ですよね、分かってます。
「わかった、入りたまえ」
「おじいちゃん、ぼくも」
「テッドはちょっと出てなさい」
「えー!?」
「じゃあテッド君は私と遊んでましょうね」
「おう、俺も付き合うぜ」
「あ、俺も行くって」
「僕も行くよ」
「わーい!」
さらさらっと四人も出て行ってしまって、結局村長の家に入ったのはシグールとテッドだけだ。
席を勧められて腰かけると、ことりと湯飲みが置かれる。
「お前は……どうやらテッドのようだな」
「判断基準が口癖ってのも微妙なんだけど……」
腐っているテッドにシグールは苦笑して、自身の手袋も取った。
「それは……!」
「まあ紆余曲折あって。あなたも今、その手に宿しているでしょう?」
「…………」
視線を伏せた村長は、これから何をするかも決めているのだろう。
その心情が察せて、テッドは思わず口を開いた。
「じい……ちゃんさ。俺に継承させることは、悪いと思わなくていいよ」
「……テッド……」
「そりゃあ辛かったし、きつかった。でもじいちゃんを恨んだことはないし、結果として俺は、幸せな人生を手に入れた――いや、今でも生きてる。この紋章の力を借りてだけど、幸せに生きてる」
じいちゃんに継承してもらえなかったら、俺はここにいないから。
その思いが少しでも伝わればいいと思って、もう一言二言懸命に話して。
緊張に喉が渇いて、目の前のお茶を一口――
「!?」
「テッド、どうしたの?」
「こっ……これ……」
思わず口に含んだ分を湯飲みの中に吐き出してから立ち上がる。
この記憶に響く味は……シグールは怪訝な顔をしつつも飲んでいるから毒とかではなくて。
間違いなく記憶の中の……アレじゃねぇか!!
眩暈すら感じながらなんとか椅子に腰を戻すと、それまで黙って見ていた村長が体をゆすって笑い出した。
「ほっほっほ、やはりテッドか。お前はこの薬茶の味が昔からダメだなあ」
「た……ためしたんかクソジジィ……」
口許を拭いながら舌打ちすると、そう睨むなと水を渡される。
なんか泣きたい。
「テッド、これが苦手だったの? 確かに飲んだことのない味だけど……」
「ここらでは熱さましの代わりに使う薬茶なんだが、テッドが幼い頃に母親が煎じる量を間違えて飲ませてな。それ以来普通の量でも過剰反応をするようになって……どうやら本物のようだな」
「こ、こんなもん飲ませなくてもいいだろっ! し、死ぬかと思った……」
「そんな変な味じゃないよ?」
「俺にとってはトラウマなんだよ……」
なんで五百年ぶりに生家に帰ってきてこんな仕打ちを受けるんだ。
納得がいかなくて机にへばっていると、ぐしゃりと髪を掻き回された。
「テッドや」
さすがに崖から落ちた時にできた傷はもうないぞ」
「もう疑ってはない。村の使命を託して悪かったな」
「いーよ別に。こいつに会えたし」
「そうか」
会うのに三百年かかったんだ、と伝えたらどんな顔をするだろうか、とは思ったのだけど。
話がもっとややこしくなりそうだったので、言わないでおく事にした。
にしても……この狭い空間に三つ……いや、シグールとテッドのものは繋がっているから一つとカウントしても二つ同時に存在しているとは……。
ソウルイーターよ、五百年一緒でお前にとっては今更かもしれないが、お前って何者……というか何物……?
***
普通どっちかが体調悪くしたりするものですよね。