「マッシュ、やっぱりルックが持ってきてくれたのそろそろツブそうよ」
「そうですね、鍛冶屋も増えてきましたし。ミルイヒ様の軍は、装備は足りていますか」
「おお、大丈夫ですよ。それよりテオ殿の方が」
「あ、ああ。情けないことに鉄甲騎馬隊を主力に戦っていたからな、歩兵の装備が少々不足している」
「我らも軽い防具があればありがたい。流れ矢に当たってはどうしようもないからな」
五将軍やエルフの長にレパントやマッシュ、オデッサを交えての話し合いの中央にいるのは、もちろんシグールだ。

「これだけ将軍級が増えれば攻守を分けられるね。前々から要請もあったし、そろそろ軍の再編をしよう。ミルイヒの軍はやっぱり右翼だね」
「もちろん、リーダー殿」
「じゃあフリックはそろそろ中央から抜けて左翼を仕切らせるわね」
「だね。クワンダ、防御の要を頼んでいいかな、その絶対防壁に期待してる」
「もちろんだ。存分に頼ってくれたまえ」
「父さんは、馬がそろい次第遊撃隊をお願いします」
まっすぐに漆黒の瞳を向けられて、テオは言葉を詰まらせた。
少し前の息子は、こんな風ではなかった。
その変化は少し寂しく――とても頼もしい。

「私が遊撃隊とは、大役だ」
「父さんの継承戦争での活躍は知ってるもの。混乱する戦場で馬に乗った遊撃隊を仕切れるのは父さんくらいだろうし、そもそもその役をこなせるのが父さんの鉄甲騎馬隊しかない」
力強く言い切られてしまえば、テオは胸を張って頷くしかない。
「最善を尽くそう」
「オデッサはそろそろ伏兵を仕切ってもらえるかな、今まではマッシュが片手間にやってたから」
「まかせて」
「併せて隊も再編する。全員がより己の力を生かせる場所へあてがいたいから、希望があれば言ってほしい。次の目標はロリマー城塞だけど、ここはそんなに難しいところじゃない……そうだよね、マッシュ」

シグールに視線を向けられたマッシュは、軽く頷くと傍らにずっと控えていた少女に声をかけた。
「カスミ、ご報告を」
「はい。私の集めた情報ではロリマー地方から帝国軍が引き上げる動きがあるようです」
忍の者だろう。
まだ少女ではあったが、彼女の情報は大きい。

「実際に撤退を確認したら攻め入ろう。引き続き情報をお願い、カスミ」
「は、はい! わかりました!」
「じゃあ今日はここまで。疲れている時にごめんね。しばらくは調整をしてのんびりしていて」
「「了解」」
解散、とマッシュが手を打って軍議は終了する。

「テオ殿、不謹慎ですが……また貴殿と共に戦えること、嬉しく思います」
「わたくしもですよ、テオ殿。貴殿は心強い味方でもありますし」
二人の言葉はテオを温かく包んだが、彼は何かを答える事もできなくて、どうしたのだろうと戦友の顔を曇らせる事となる。

「テオ殿、いかがされましたか」
「……私は、恥ずかしい父親ですな」
ぽろりと漏らした一言に、とんでもないとクワンダは首を横に振る。
「シグール殿はテオ殿のことをいつも話していらっしゃいますよ」
「ええ、わたくしもお茶のついでにかつての武勇伝をねだられました」
「なに、羨ましい。私も沢山あるというのに」
クワンダが拗ねたような目でミルイヒを見て、ミルイヒが得意気に笑う。

本気ではなく親しみを確認するようなそのやりとりに、テオは小さく笑う。
息子は、こんな愚かな父を思ってくれていたというのだろうか。
それが本当ならばそれは――ありがたく、誇らしく。

「父さん!」
ぱっとクワンダとミルイヒが左右に引き、その間をたったとテオに向かってシグールが走ってくる。
「……シグール」
「ごめんなさい、まだ傷も癒えてないのに」
「いや、大丈夫だ」
「そうは見えないけど……やっぱりもう少し休んで」
首を傾げた息子の頭にゆっくりと手を置いた。
バンダナを取っているので、自分と同じ色の黒髪に直接触れる。

「シグール。お前がとても立派な軍主で驚いたよ」
「――僕は、いちど、なくして」
小さな声でシグールは言って、次にぱっと顔を上げた。
「だから、後悔しない生き方をするって決めたんだ! もう二度と後悔しないように、好きにしようって」
 一瞬だけ瞳の奥に影が過ぎった気がしたが、シグールの強い意志の見える言葉にテオは破顔した。
離れていた期間はそれほど長くなくとも、様々な事を経験して、子供は親の想像もつかない程に成長していく。

「そうか。いや、立派になった。もう父を越えたな」
「戦場を出たらなんにも敵わないよ……背とか」
「背はまだまだ伸びるだろう」
やさぐれたような物言いに苦笑して頭を撫でると、「実際問題これは結構切実なんだよねー」とぶつぶつと呟く。

「しかしここはいい場所だな。のどかだが、活気がある」
「案内するよ! あ、でも疲れてる……?」
「大丈夫だと言っているだろう? パーンとクレオがちっとも部屋から出してくれないものだから、ここに来てから全く出歩いていないんだ」
肩を竦めると、くすりとシグールは笑う。
「あの二人もなんだかんだで過保護だもん。この間まではグレミオもひどくって」
「グレミオはおそらく私のことは主だと思ってないからな。まあお前がしっかりしていれば煩くは言われまい」
「それが聞いてよ! 僕はしっかりしてたのに、グレミオってば……」

家人の文句を言いながら、稽古場に入って兵士達を適当に打ち負かしたり、ガスパー相手に子のあらしを連発して金を巻き上げたり、オデッサにいじられているフリックを目撃して笑ったり。

「……なあルック、俺、実は今の今まで、テオ様のこと美化して覚えていたんじゃねーかって気がする」
「……僕も相当美化して聞いてたんだなって思った」
久しぶりに仲良くしている親子を遠目に眺めながら、二人は重い溜息を吐いた。

「「あれ、ただの似たもの親子じゃねぇか」」





解放軍がさらにモノノケの集まりになった事に関しては、絶対言及したいと思わない。







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ダンディなテオ様も好きですが、こんな天然なテオ様も好きです。
……確信犯ではないのでシグールとは違います←