じり、じりと押されていく解放軍を見回して指揮を執っていたシグールに、マッシュが囁く。
「そろそろかと」
「そうだね……全軍、撤退!!」
あらかじめ指示してあった戦略的撤退である。
解放軍はじわりじわりと後ずさりを始め、ある程度王国軍と距離が一気に散る。

そうやってあらかじめ決められたポイントまで後退していく中、殿を務めていた軍主の――シグールの隊は明らかに帝国軍との距離がない。
誰かが、食い止めなくてはいけない。



「シグール様、ここは俺が」
決意して立ち上がったパーンを笑顔でスルーし、シグールはテッドの肩をポンと叩いた。
「じゃあ、食い止めてねテッド♪」
「え……え……え!? 俺!? いやいやいやいやいや、ここはパーンの見せ場だろ!?」
「見せ場より効率。だいたいパーンのレベルと装備見てごらんよ、瞬殺されるレベルでしょ」
「いや……まあ、そうかもしれないが」
思い切り蚊帳の外だった予定がいきなり中心に引っ張り出されて、まいったなぁとぶつくさ言いながらテッドは矢筒を下ろすと弓ごとパーンに預ける。
武器を使わないの? と思われるかもしれないが、弓矢で一騎打ちはできない。
得意の体術で行かせて頂きます。

「はぁ……んじゃあ行ってくる」
「テッド……頼んだぞ」
「はいはい、お前らこそシグールのこと頼んだぜ」
やる気なさそうに片手をあげてその場に残るテッドに、一同は口々に激励の言葉を述べた。

「すまない、テッド君!!」
「俺は信じてるぜテッド!」
「いいとこ見せてやれ!」
「頼んだぞテッド!」
「不幸なんだから確率低い攻撃はするんじゃないよ」
「当たって砕けても褒めてあげるわ♪」
「負けたら恥だよ五百歳♪」

最後のオデッサとシグールの言葉にコケそうになりながら、最後まで心配そうに振り返っていたグレミオの言葉に本当に顔面からズッコケた。

「テッド君、服のボタンがとれそうなんです! 落とさないようにちゃんと持って帰ってきてくださいね!!」
「あんたは俺の命よりボタンですか!」

コケながらもなんとかつっこんだが、もう軍主隊は遠い。
やれやれと首を振って、拳を構えた。



「イレギュラーばっかだな今回」
溜息を吐いて――包囲された事に気付き、ほほえむ。
「お久しぶりですね、テオ様」
「テッド、君……」
「恩人に牙を剥くのは、俺の主義じゃないんですがね」
苦笑したテッドにテオはにこりと笑って、刃を向けた。

「君の主は誰かな、テッド君」
「俺の主は俺自身だけど」
たぶん神様ならいるんですよね、黒い神様ですが。

テッドは呟いてまっすぐテオに突っ込んだ。
鋭い一撃を、刃をすくうようにして方向をそらし、フットワークを生かして即座に背後に回り込む。
「アレンとグレンシールは使わないんですか」
「……君と戦う日がくるとは思わなかった」
思ったより強いな、と目を細めたテオの側面に入り込んで、テッドは剣を操る利き手側の肘に鋭い一撃を叩き込んだ。
「っ」

「テオ様、なんで俺をシグールの友人にしたんですか? どこからどう見ても俺は……疫病神だったでしょう」
「決まってるじゃないか」
テオは答えながら懸命に剣を握る手に力を込めようとするが、しばらくは痺れて使いものになるまい。
剣士にとって誇りと同じである剣を弾き飛ばして負けを突きつけるか、そのまま戦わせるか――

「君の、全部を諦めたような目がシグールと同じだったんだよ」
「…………」
「まだ子供なのに、そんな目をしていることが親の私には何より辛かった。そう育ててしまったこと、マクドール家の嫡男の責を……知らず知らずに負わせてしまっていたことに、後悔していた時だったからね」
他人事だとは到底思えなかった、と言われてテッドは笑った。

「大丈夫ですよ、テオ様」
今のあいつは、たぶん、この国の誰よりも。

「あいつは今、生きることを全力で楽しんでいますから」
そう言うのと同時に、彼の剣を落として遠くへ蹴り飛ばす。後は薄いナイフを突きつければ終了だ。

「……だから、君達が出会ってから、二人の目から諦めが消えて、私はもうそれで満足なんだ」
殺したまえ、と静かに言ったテオに、まさかとテッドは首を横に振った。

「テオ様、ちゃんと見ておいた方がいいです」
「……なにをだね?」
「シグールが育った結果を。それで……いや俺が言うのもホントにアレなんですけど……」

ちょっと一緒に後悔しましょうや、とテッドはしみじみ言いながら敵の頭領であるはずのテオの両肩に手を置いて溜息を吐く。
撤退したはずの解放軍が、火炎槍を携えて、雄叫びをあげながらテオの軍へと突進してきた時だった。















なんというか、ファンタジーな世界に火炎槍という現実味溢れたアイテムは劇薬に等しい。
こっちもアントワネットで毒攻撃☆とかすればよかったのに、とトップが思っているかどうかはともかく、テッドの属していた軍主隊は今回もほぼ無傷で戦争を終了させた。
一番先頭で切り込んでいく軍主隊が一番被害が少ないって何かおかしくないだろうか……考えまい。



「…………」
「…………」
戦場で、父と息子は向き合う。
まるで取り持つように間にテッドがいたが、特に何をする予定もない。

テオは自分を庇おうとしたアレンとグレンシールを下げると、最後の意地のように剣を構えた。
碌に力も入らないだろうに、構えた。
「…………」
まっすぐにその切っ先を息子に突きつけて、テオは息を吸う。
「皇帝陛下バルバロッサ様に弓引く逆賊。天下の大罪人、シグール=マクドールよ」
朗と通るその声に、シグールは棍を携え、前にでる。
「確かに僕は皇帝に弓引く逆賊だろう。でも」
あなたは、とその先を父親へ向ける。
「あなたのように、たった一人の男のために民を踏みにじる盲目な忠臣になるよりずっとマシだ」
「――この勝負、受けてもらいたい」
静かなテオの言葉に、シグールは目を細める。

受ける必要はない、と彼の仲間達が言い、シグールはその目を閉じた。
そして、乾いた唇を舐めて返した。

「僕が勝ったら、要求を聞いてもらおうか」
「かまわない」
「…………言ったね?」
一瞬でシグールはテオとの距離を詰めて、周囲には聞こえないくらいの小さな声で囁いた。
「じゃあ父さんが一回り年下のソニア=シューレンに入れあげてて、任務から戻ってきたら僕をさしおいて速攻いちゃいちゃしてたって言い触らしていいね?」
「お、おまえそれは……」

予想外の申し出だったのだろう(そりゃそうだ)。
目を見開いたテオの首にシグールの跳び蹴りが命中。

「はい、終了一撃これにて閉幕。いやだなあ父上」
地面に突っ伏したテオを見下ろして、シグールは溜息を吐いた。
「僕は微妙なお年頃だったから恥ずかしくてつっこまなかったけど、内心その態度は父親としてどーよ? とはちゃーんと思ってたんだからね」
「いやあ……歴史に残せない卑怯な戦いだったよ……」
うっかりシグールの唇を読んでしまったテッドだけが脱力していて、他の人は誰一人親子の刹那の攻防戦で交わされた言葉を知らないのが――本当にせめてもの救いであった。

「ごめんなさほんとごめんなさいテオ様まじでごめんなさいでもちょっぴりあなたのせいもあったので今ちょっとほっとしてますだからもっとごめんなさい」
ピクピクと痙攣しているテオの亡骸(死んでないけど)の前で手を合わせて、テッドはずっとぶつぶつ呟いていた。

たぶん誰も悪くなかったのだ。
悪かったのは……二百年後のこいつをここに連れてきた何かだろう。




正気を取り戻したテオとシグールの間にどんな密約が交わされたのかは知らないが、その日の夜にはテオ=マクドールは正式に帝国に反旗を翻して解放軍につく事になっていた。
シグール以上に頑固な実の父親に、あれだけ忠誠を誓っていた皇帝相手を裏切らせるために、彼がどんなえげつない脅しの手を使ったのか――テッドは一生知りたくないので、あの時読んでしまったシグールの言葉は世界が終わる時でも死守しようと二十七の真の紋章に誓った。


脅しと断言してしまっているが、あの時のセリフを考えるに、脅しでしかないと思う。





***
やっておきたかったテッドVSテオ。
テオはきっと真面目に説得しようとしたら無理だと思うのでギャグで。
このシリーズは全体を通してノリで進みます。