滴り落ちる雫の音しかしない石畳の監獄の中を、一同はそろりそろりと進んでいく。
今回の顔ぶれは、シグール、テッド、オデッサ、シーナ、フリック、ルック。
今回はパーティの都合でテッドはLレンジに戻っている。
便利な男だ。
彼らが手こずるモンスターなどいるはずもなく、ルックが魔法を使わなくとも困る事は一切なかった。
ワンターンキルが心地よい。
リュウカンを助け出した後でもそれは変わらず、一同はさくさくっと敵を倒しながら出口へと向かう。
「命令書を偽装する意味があったのか?」
切り捨てたモンスターの死骸を蹴り飛ばすシーナに、返り血を浴びて舌打ちしたフリックが答える。
「当たり前だろ、忍び込んでいる間に入口を固められたらシャレにならん」
「まあこれだけうるさくしていれば、ばれても文句は言えないけどね」
棍を振り回したシグールが数匹をまとめて倒し、それを乗り越えて向かってきたモンスターからリュウカンを庇ったテッドとオデッサの矢が前方へ飛んでいく。
「うわっ、やっぱ弓は危ないな」
矢が頭上すれすれを飛んでいくのを見たフリックが眉を顰めると、全員が無言で明後日の方向を見る。
大丈夫それは君だけだ。
「さあて、本番だね」
先頭を行くシグールが囁き、ルックはくすくす笑う。
「策は十分だよね、リーダー」
「もちろんさ。合図と一緒に頼むよ」
笑いあった二人を振り返って、半ば呆れ顔で出口だぞとシーナが言うのと。
「おやおや、また会いましたね」
派手な出で立ちの男がそう言うのと、ほぼ同時だった。
ミルイヒ=オッペンハイマー。
スカーレティシアの城主で、五将軍の一人だ。
「わざわざ大将がお出ましかよ。こっちから行く手間が省けてありがたいけどさ」
前に出ようとしたシーナを、伸ばした腕でシグールが止める。
「これは野暮な。今はそういう気分ではないので、あなた達にはこれをさし上げます」
もったいぶって笑ったミルイヒは、小さな瓶をシグール達の前に掲げて見せた。
「見えますか、このビン」
見えてるわよ、とオデッサが一行の後ろで呟いたが、得意気なミルイヒの耳には入らないだろう。
「このビンには、わたくしの苦心の胞子がたくさん――」
「今だ!!」
叫んだシグールは、フリックの背中を思いっきり押した。
実際は押されるまでもなく飛び込んでいったフリックに真正面からぶつかられて、体格でも年齢でも装備品の重さでも(ここ重要)劣るミルイヒは思いきりよろけて倒れる。
体勢を崩した彼の手から飛び出したビンはシグールの一声で飛び出したテッドが手に収め、無事に回収された。
「ふう……」
落としたら全員そろってさようなら、な危険物を無事に手に収め、溜息を吐いてへたり込みそうになったテッドの腕をシーナが引っ掴み、フリックはオデッサがマントを引っ張って引きずり寄せる。
安心するにはまだ早い。
「こっちよ! 早く!!」
「皆よくやった! ルックまだ!?」
「いける! シグールちゃんと全員掴んでよ!!」
フリックの足を持っているオデッサがテッドと手を繋ぎ、そのテッドを掴んでいるシーナがシグールの腕を取る。
そのシグールに片手を握らせているルックが一言唱えると、旋風が舞った。
投げ出されたのは夜空の下。
すぐにシグールが瞬きの鏡を使うと――そこはもう、本拠地だ。
「……のりきったぁ」
シグールが気の抜けた声を発して、ぺたんとへたり込む。
シーナも冷や汗を拭い、オデッサも珍しく深々と息を吐いた。
フリックも剣を支えにしゃがみこみ、ルックもかくんと膝を折って座り込んでいる。
テッドは微妙な顔で手の中のビンを見ながら、壁に背中を預けていた。
「シグール様、お疲れ様です」
「ああ……マッシュ」
こちらがリュウカン先生だよ、と連れてきたリュウカンを紹介していると、遠くから声が聞こえる。
「坊ちゃん! 坊ちゃん!! ああ、坊ちゃん、よかった、無事にお戻りでしたね」
装備を解いた肩にストールをかけていたグレミオは、シグールに近づくとふわりとそれを主の肩にかける。
「お疲れ様でした」
「グレミオ、起きてたの?」
泣いているような笑っているような声を出したシグールに、もちろんですよとグレミオは憤慨したように言う。
「坊ちゃん、クレオさんに言って私に睡眠薬を盛ったでしょう?」
「ああ……だから出立時にいなかったのか」
シーナが呟き、なるほどと一同は納得した。
「クレオ、言っちゃったの?」
「すみません坊ちゃん」
いつの間にいたのか、すぐ傍から姿を現したクレオも装備を解いていたので、寝るところだったのだろう。
「グレミオが目を覚ましたのはついさっきですよ」
「グレミオもお連れくださいと何度も言っているのに、坊ちゃんは……」
「わかったわかった、ごめんって」
今晩はずっとお説教聞いてあげるから。
そう言って笑ったシグールに、「聞いてあげるではないでしょう!」とグレミオはぷんすか怒り出す。
その姿に笑って、振り向いた。
「みんなもお疲れ様。テッド、それは地下室に届けたら喜ばれると思うけど扱いは慎重に。薬ができ次第スカーレティシアを攻めるから、そのつもりでね」
まだへたりこんでいる面子にお休みね、と言ってシグールはまだ怒っているグレミオの横に並ぶ。
「もう、ごめんってグレミオ」
「……坊ちゃん、私は必要ないのですか?」
ボソりと聞かれて、「そんなことないよ」とシグールは笑った。
「グレミオは僕に必要だよ、そのシチューの腕とか、世話係の腕とか、シチューの腕とか、シチューの腕とか」
だんだん怒りから呆気へ、終いには呆れに変わったグレミオの頬に手を伸ばすと、むにっと引っ張る。
「ほ、ほっしゃんなにしゃしぇ」
笑って手を放すと、少し痛かったのかもしれない。
つままれた頬をさすって、まったく坊ちゃんはと言われた。
「じゃあ、スカーレティシア戦には一緒に来てほしいな、グレミオ」
「は、はい!」
「……ちょいと斧が必要だしね……」
「はい?」
「なんでもない、おやすみ〜」
怪訝そうなグレミオにひらひら手を振って自室に入る。
グレミオのお説教は流れたようで、部屋に入ってくるでもなく遠ざかる足音が聞こえた。
「ま、これまでは上々でしょ」
バンダナをふわりと投げて、ベッドの上に身を投げる。手袋と靴を脱ぎ捨てて床に落として、綺麗な枕とシーツに顔を埋めて、微笑んだ。
「おやすみ、僕の軍。いい夢を」
やっぱり何度やっても、天魁星は悪くない。