マッシュから受け取った手紙を握りしめて、くるっとシグールは振り向いた。
なお現状は「スカーレティシア城攻略のために解毒剤を作ってもらおうと、リュウカンのところへいったらミルイヒに彼が攫われてさあ大変☆」までである。
ここまではオデッサがきっちりこなしてくれていたので、問題ない。
「さて、準備はいい? ちょっと長丁場だよ」
そこにいるのは、グレミオにビクトールにフリックにシーナに……先日人権を無視されたテッドの五人である。
「長丁場? ニセ印作りに行ってもらうだけだろ?」
「ついでにいろいろこなします。テスラはオデッサが家から引きずりだしてくれるからいいとして」
フリックに説明しながら歩くシグールの後ろで、テッドが肩を落としてぼそぼそと呟いた。
「俺の人権……」
「僕の軍にいる以上、僕の下部です」
「せめて前後を入れ替えて部下って言ってくれ……」
「ここは漢字文化圏じゃないよテッド」
「虎狼山とかあるくせに……」
「シグール、テッドの奴どうしたんだ?」
声をかけたビクトールにシグールが返した。
「大丈夫、テッドって時々愚痴っぽくなるんだ。これだから年寄りはやだよねえ」
「テッド君は坊ちゃんより一つ上なだけでは?」
「確かにテッドは若年寄りなトコはあるな」
「でしょ? フリックも気をつけないとテッドみたいに若白髪になるよ」
シグールが言うと、フリックは嫌そうな顔で振り返ってきた。
オデッサと別行動が不満なんだろうか。
でも今回は仕方がない。
「はぁ? ならねーよ。っつーかお前……友達なんじゃなかったのか」
「トモダチだよ、もちろん。僕は気を許した人ほど虐めるんだ」
「…………」
「フリックもだぁーいすき!」
「ギャー!! 来るな寄るな抱きつくなーぁ!!」
叫びながら逃げていくフリックを追いかけて、マントを引っ張ったりもさもさの方に突き飛ばしたり、風船をつけてあげたりして遊んでいると(取りに行くのが面倒なので飛ばしてはいない)アンティに到着した。
この町はミルイヒによって長々しい名前がつけられていたが、もちろん覚えていない。ミルイヒが解放後も「この名前を城に!」とか「この名前を英雄記念館の名前として!」とか事あるごとに主張していたらしいので、どうやらこの長い名前は彼のお気に入りだったらしいが。
町外れに立っている建物の扉をノックすると、そこからキンバリーが顔を出す。
「なんだい?」
「マッシュからの手紙です」
差し出すとそれを受け取って中身をしばらく見てから、返してくる。
「悪いね。あたしゃ次が読めなかったんだ。誰か読んでくれないか」
「じゃ、じゃあ私が……」
グレミオが読み上げる内容をふんふんと聞いていたキンバリーは、笑いながら髪をかきあげる。
「なるほどね。マッシュの奴め、またあの手でいく気だね」
「私としては以前なにをしたのかが気になりますが……」
グレミオの小声のツッコミにはキンバリーは答えず、ゆっくりと並んで立っている一行の顔を見ながら歩き、ぴたりとフリックの前で足を止めた。
「ねえ、あんた」
「お、俺のことか?」
「そうだよ、あんたのことさ」
にっこりと笑って、キンバリーはフリックを見上げた。
「あんたがあたしの相手をしてくれるってんなら、仲間になってやるよ」
顔色を変えてフリックは後ずさったが、即座に横にいたビクトールに捕まえられる。
「よしきた、もってけ!」
叫んだシグールに、フリックは冷や汗を流す。
「だ、駄目だ、俺は心に……」
「ああ、OKOK。こいつのこと、煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
「ビクトール、貴様!」
がおっと吼えた彼の耳に、容赦ない一言が囁かれた。
「どうせオデッサも気にしないだろ」
ぼそっと横でルックが言った一言に、フリックは地面に膝をついた。
トドメだったようだ。
「そ……そんなことは……オデッサは……オデッサは……」
「まあ軍のためなんですから、お願いしますねフリックさん」
「そーだぜ、女性からの誘いは断っちゃだめだって。内緒にしててあげるからさ」
グレミオとシーナにも庇ってもらえないフリックは、きっと今後もいつもの事である。
長丁場だと言い放ったシグールは正しかった。
ミーナやチャップマン、ジーンやアントニオなどの仲間を加えるために東奔西走し、モンスターを薙ぎ倒して金を稼ぎ、たまにシグールだけ本拠地にトンボ帰りしてグレミオとビクトールを誰かと入れ替え、また誰かと誰かを入れ替え……常に固定のテッドとルックとシーナが、いったい自分達は何をしているのか忘れかけた頃に、ようやく瞬きの手鏡で本拠地に戻った。
「これは……酷い」
ぜーはーと息を吐いたルックに情けないなぁと返すテッドも疲れている。
行ける範囲の全てのモンスターを薙ぎ倒したんじゃねぇかってくらい暴れ回ったので、資金もレベルも潤沢だ。
「っつーか、なにしたいんだシグールは……」
尤もなシーナのツッコミだったが、シグールは軍の平均レベルを上げていただけだと思う。
この三人に関してはともかく。
「じゃあ皆、休息とっていいよ」
けろっとした顔で帰ってくるなり早々にどこかへ行っていたシグールが戻ってきて言うと、三人は崩れ落ちる。
「情けないなぁ、さっきまで一緒だったクレオはピンピンしてたじゃないか」
「そりゃ、お前、クレオは……だって」
クレオは入れ替わりメンバーだ、三人に比べれば疲労していないのも当然だろう。
「ルックなんか後衛に入れてあげたのに情けないなぁ」
「あん、たが、この、ぼくの、ぜんぶの、まりょく、きらす、まで」
息がも絶え絶えで、ルックは嫌になって口を閉じる。
この状態で抗議するのは非生産的すぎた。
そのまま床にへたり込んでぜえはあやっていたい三人だったが、シグールの一言で部屋に帰る決心をした。
「じゃあ今晩はソニエールだから、がんばろうね♪」
「「半日じゃん!!」」
三人の絶叫は無視されて、シグールはふんふんふふ〜んと鼻歌を歌いながら本拠地の奥へと入っていってしまう。
石畳に顔をくっつけたシーナが「なんであいつはあんな元気なんだ」と呟くと、「たしかになー」とテッドも苦笑して返す。
「でもちょっと意外だな……」
「なにがさ」
んー、と伸びをして立ち上がったテッドは、真面目な顔でシグールが行った方角を見る。
「ソニエール監獄って、あいつにとってはトラウマだったと思うんだが……」
「今回は手を打ってあるから、ミルイヒを袋叩きにしたくて笑顔なんだと思うよ」
「……ナルホド。じゃあまあがんばりますか!」
いきなり気合を入れたテッドを床から二人で見上げて、ルックとシーナは溜息を吐いた。
「よく考えたらあいつはモンスターから体力吸収できるんじゃん」
「ルックはまだいいだろ、俺なんか肉弾戦だぜ」
「キャパ越えるまで魔法使わされるとは思わなかったよ」
「あー……半日後って絶対起きれねー」
「心配しなくてもシグールが叩き起こしてくれるよ」
「……うっわ、おふくろに頼もう」
そそくさと退散したシーナを見送って、ルックもなんとか立ち上がって宛がわれた部屋に入って布団にもぐりこみ、ささやかな休息を取った。
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ビクトールがあっさりとフリックを売り渡すところが好きです。