回想終了。
そんなわけで。

「あれ……なんで俺がスカーレティシアを攻めることになってんの……?」
このままの勢いでスカーレティシアを攻めるべきだと主張したフリックの作戦は、確か失敗するはずだ。テッドの記憶によれば。
なのにシグールもマッシュもオデッサも止める事なく、フリックは最前線の隊を率いて城を攻めている。
シナリオに沿うのであればそれは構わない。
だが、なぜここにテッドがいるのだろう?

「よそ見するな少年!」
「ちょっと待て……俺の記憶がすげぇ曖昧なんだ……」
眉間を擦って思い出そうとするが、昨日の夕食を食べてさっさと寝てしまった記憶しかない。
気付いたら戦場だったのだ、本当に。
「なあフリック」
「うるさいな! なんだ!」
「俺どうやってここまで来た?」
「はぁ!? 時間になっても起きないから、俺の馬の後ろにくくりつけたんだよ!」
「……一服盛られたな、俺」
溜息を吐いて、テッドは近づいてきた敵をぶん殴った。
いくら放浪を止めてから二百年経っているとはいえ、緩みすぎだな自分……自業自得だ、諦めよう。



「おい、なんだあれ――」
フリックの擦れた声に、テッドも見上げる。
もう目の前にまで迫ったスカーレティシア城。
その城壁に咲き誇る……バラ。
ただのバラではない。
デカい。

「……幻水って結構リアル大事にしてるけど、たまにファンタジーすぎる設定持ってくるよな」
「は?」
「植物の花があそこまで巨大かする意味がねぇっていうか……巨大カズラーとか大きくなりすぎだと思うんだ、物理的にあれが立ってるとか無理だと思うんだ」
まあ五百年生きてて蘇りまでしてるこっちが物理語っちゃぁいかんけどさ。
遠い目で呟きながら、背中に担いでいた弓と矢筒を使いやすい位置にしていると、フリックが声を張り上げる。
「よし、攻めこ――」
ゴンッ
「悪ぃ」

勢い込んだフリックの頭を肘で打って、テッドは矢を放つ。
まっすぐ飛んだそれが、デカいバラに突き刺さった。
「一同退却!! まっすぐ風上の方向へ退却!!」
ぼふっとバラから花粉が飛んでくる。
軍の退却よりもそっちの方が早い!

「風上に撤退!!」
軍列がそれに巻き込まれる前に、ぶわっと進行方向から暴風が吹く。
馬が鳴き、何人かは振り落とされもしたが、この花粉を浴びるよりはましである。
「まったく、世話が焼けるね青いのは」
ひゅんっとテッドの横に現れたルックは、右手を掲げて風で花粉を押し流す。
「おーおー、派手なこと」
「僕が後れをとるわけないだろ」
乗せてけ、と言われてテッドは気絶したフリックを乗せた馬を仲間に託すと、馬上からルックをひょいっと引っ張りあげて、後ろに座らせる。
そうしている間にもルックの風魔法は止む事なく、広範囲に突風を吹かせている。
「疲れないか?」
「真の紋章でやってるからね。風の紋章だと燃費が悪くて大変さ」
「ちょちょいっとあのバラへし折ったりは……」
「それ僕の仕事じゃないし」

にべもなく答えたルックは、横から接近してきた帝国兵を軽く手を振って風でぶっ飛ばす。
相変わらず惚れ惚れする戦闘力である……魔法に限れば。

戦闘はルック一人で余裕そうだったので、テッドは軍を撤退させる事に集中しつつ、ついでに回想で思い出した事を聞いてみた。

「そういや、なんであんなレオンに辛辣だったんだ?」
レオンは先日の会議でやたらシグールとルックが反応していたシルバーバーグ家出身の軍師だ。
ルックとシルバーバーグ家(というかレオンの二人の孫の兄の方)との確執は知っているが、なんだってシグールがあそこまで過剰反応するのだか。
「あいつとシグール、なんかあったっけ」
「あったのはセノだけどね。そいつのおかげでやらなくてもいい争いがあったりしたのさ。だから僕もシグールもセノもジョウイもレオンには思うところがあるわけ」
「……それはそれは」
その四人を敵に回してしまうなんて、可哀相に。
不運大将の称号をあげてもいいくらいだ。

「しかもあいつは仲間にするのが面倒臭いから、今回オデッサあたりが引っ張ってきてくれると思うとね」
ふふふと肩を震わせて笑ったルックに、テッドはなんとも言えずに視線を逸らす。
そんな裏があったなんて知りたくなかった。
ドンマイ、レオン。でも宿星ならば逃げ場はない。

「う……」
テッドの前を行く馬の上に積まれた青い物体が呻き声をあげる。
ふふふふと笑っているルックを相手にしたくなかったので、テッドはフリックに声をかけた。
「おいフリック! 起きてるかおい!」
「うう……な、なにしやがるんだてめ……」
「はいはい、今撤退中だからなー。起きあがれるんなら手綱取れよー」
「なっ、撤退!?」
何でだ! と叫んだフリックに、しょうがないだろとテッドは肩をすくめた。
「スカーレティシア城の秘密兵器にやられるところだった。だから突っ込むなつったのに……」
「な、なんだと!?」
「毒だよ不運男。花粉の毒。シグールもマッシュも知ってたから先兵だけ先に行かせたんだ」
「俺は……」

口惜しそうにしているフリックの心中はともかく、テッドはようやく見えてきた本陣に向かって拳を突き上げる。
「おいこらシグール! てめぇ俺を前線送りにしやがって!!」
答えはそちらからではなく、背後から返ってきた。
「しょうがないでしょ」
「なんでだよ!? っつーか最初からお前送っとけばこんなことには」
「僕ならあそこにたどり着く前に弓矢一本食らったら死ぬからね」
「……よくわかってるじゃねぇか」
「そもそも馬に乗れないし」
「だからお嬢さんみたいな横座りしてるのか……」
一発背中に入れて、呻いているテッドを全く気にした素振りもなく、ルックはフリックを指さす。

「それに、本当にやばくなったら、アレ連れて帰ってこないと。宿星だし、僕らの愛するべき天暗星だし」
「そりゃそうだが……別に俺でなくたって」
「あんたなら毒に耐性あるだろうし、万一命がヤバくなっても……っていう軍主と軍師の論理的判断の結果」
「お前らは俺を永久に蘇る何かだと思ってるのか?」
「違うの?」
本当に疑問に思っている目で見られて、テッドは呻いた。
これは己の人権のために抗議が必要である。





実際この後猛烈に抗議したのだが、「宿星ですらない人の意見とか聞く必要ないよね」と軍主にばっさりやられて終了した。
家出したい。









***
英雄譚でもそうだったんですが、我が家においてレオンは非常に立ち位置が 悪い。