「さて今から三ヶ月暇だ」
仲間を広間に集めたシグールはぱんぱんと手を叩きながら言う。
「今まで駆け足できたので」
そう言うとごくごく一部から疑念の視線を向けられたが、一人は天魁星の下僕の天間星であり、一人は宿星ですらないのだから彼らに人権はないだろう。
「ちょっと戦力を強化し、充実させたいと思う」
一見まともそうな事を言っているが、要は仲間集めを一気にこなそうというわけだ。
「ルックとシーナは基本的に僕と一緒に行動してね。後のメンバーは随時入れ替える」
「おい、俺は!?」
叫んだテッドに、シグールはにっこりと微笑んだ。
「テッドは鍛冶屋」
「か……じや?」
「鉄とかをトンカン打つあれ」
「いやいやいや、本職来ただろ!?」
「テッドの方ができるんだもん。全員の武器レベルを十まで上げたら休んでいいよ」
「じゅう……?」
ぽかんと口を開いたテッドは放置して、シグールはひらりと壇上から飛び下りる。
「マッシュは軍の再編を」
「はい」
「指南役で僕の師匠連れてくるからちょっと待っててね」
「食糧の確保が少し細いですね。湖を運搬できればもっと楽なのですが」
「わかった。じゃあ予定を早めて湖賊を捕まえてくる。うーん、後はね……」
細かく二人で詰めていると、おいシグールと肩に手を置かれた。
「なんで俺が鍛冶屋を」
「はいはいテッド文句言わない。おみやげ話持ってきてあげるから」
「待てやこら」
「それが終わったらラスボスまでずっと一緒だよ? 骨休めしたくないの?」
「喜んで鍛冶屋します!」
ビシッと姿勢を正して去っていったテッドを見送っていたルックが溜息を吐く。
「なにあれ? とんだ五百歳もいたもんだね」
「扱いやすくて涙が出る五百歳だよ♪」
「……真持ちは総じて成長しない傾向にあると思うよ」
「そういえば今回だけはペシュメルガが来るんだよね。ルックは話とかしなくていい?」
「なんで?」
「湯葉の謎が解けるかもしれないから」
「べつに、いい」
興味ないとそっぽを向いたルックは、城の外の湖を見下ろしながら目を細めている。
「どしたの」
「いや……次はお楽しみだなって」
「うん?」
その準備もしないとね、と浮かれて答えると、もうちょっと目を細められた。違う理由だったらしい。
「え。なに?」
「……その次は、その……」
「ソニエールでしょ。わかってる、それでね、ルックにお願いなんだけど」
ごしょごしょっと囁くと、しばらく思案顔担ってからルックは頷いた。
「おもしろいね」
「でしょ? いけそう?」
「考えておく。たまにパーティ外れていいなら」
「いくらでもいいよ、地下研究所は占領していいから好きにやって」
「わかった」
快諾してもらって、シグールは広間に取り残されているシーナの腕を取った。
「さてとシーナ君」
「おう。なんか酷い初対面だったから言っておくけどな、俺は」
短い金髪の生えた頭を掻きながら言うあたり、多少はばつの悪い思いをしたのだろう。
表向きは取り繕おうとしたのだろうが、あいにくシグールは彼の十年後も五十年後も知っているので、何の説得力もない。
惚れた相手を口説き倒して結婚したのに、浮気して離婚されて十年くらいしてやっとよりを戻した、なんて情けない顛末も全部、だ。
「大丈夫、君が不特定多数の女性のためならなんでもできる男ってことは知ってる」
「違……」
「じゃあ仲間集めにいこうか、シーナ。ナンパはほどほどにね、うちの潤いになるから多少はいいけど」
ぐいと片手を掴んで引っ張ると、なんか微妙な顔をした後ににかっと笑った。
「お前、おもしろいな!」
「おもしろいのはシーナだろ」
「解放軍のリーダーで、あのテオ将軍の息子だって言うからさ。すっげーお固い奴だと思ってたぜ」
「僕も堅実さで有名なレパントの息子は、もっとしっかりしてると思ってたよ」
「あっ、ひどいなそれ。だいたい親父は固すぎだって」
「父親はだいたい固いものだよ。うちもそうだもん」
並んで歩きながら、それぞれ父親の愚痴を言い合う。
「一度決めたら引かねぇし」
「こっちもこっちも。頑固ばっかり」
「俺だって考えてることはあるのにさぁ、まだお前には早いって言うばっか」
「そうそう、父親って息子をなんだと思ってるんだろうねぇ」
「おいおい、親父さんをそんな風に言っちゃぁいけませんぜ」
船着き場で釣り竿を垂れていた男に言われて、シグールは苦笑する。
「ヤム・クーはそんな経験ないの?」
両目が髪の後ろに隠れている男は、読めない表情でそうですねぇとのんびり呟く。
「まあ息子にとっちゃあ目の上のたんこぶでしょうがね、越える目標があるってのは悪くないんじゃないですか」
二人を乗せて舟を漕ぎながら言った彼に、そんなもんかなぁとシーナは呟き、そんなもんかもねえとシグールは笑った。
さて、三ヶ月の間にやる事は山ほどあるが、当面は仲間集めと資金調達と「レベル上げと――もう一つ。
「悪いねオデッサ」
「問題ないわ」
ビクトール、ルック、シーナ、テッドを加え(テッドはいい加減鍛冶場の毎日は嫌だと泣きついたので)シグールとオデッサは湖へと漕ぎだしていた。
もちろん漕いでいるのは熊とシーナとテッドである。
「湖賊はどっこかなっと♪」
「勝てるか?」
きーこきーこと漕ぎながら尋ねたシーナの真っ当な質問に、問題ないよとシグールは頷く。
「今回はルック先生が使いたい放題だからね」
「うっかり舟沈めても知らないけどね」
「……小島で対決してもらうよ」
涼しげに風に髪をなびかせているルックが言い、シグールは神妙な顔で返した。
暑い季節になりかけているが、湖面に吹く風は涼しい。
湖賊共は基本的に解放軍には手を出さず、王国軍を襲っているらしいが、こちらも被害が全くないわけではないし、被害があってもなくてもシグールとしてはやる事は同じである。
「いやぁ、暑くなってきたなぁ。こんな暑い時間に活動してるかね?」
吹き出してきた汗を拭ったビクトールに、そうだねぇと返しながら、シグールは頬杖をついて目的地を見つめつつ鼻歌を歌い出す。
心配しなくても、すぐに湖賊共は凍りつくことだろう、いろんな意味で。
これまでで一番涼しい夏は保障されている。
――お約束に湖賊は叩きのめされた。
ルックの水魔法で足下を凍らされる→フルボッコという名誉な戦死を遂げたのだ。いや死んでないけど。
たぶん純粋に戦っても彼らに勝機はなかっただろう。
シグールはこれまでに伊達に仲間を引き連れて放浪していたわけではないし、ここにいるメンバーは間違いなく一軍だ。
あとオデッサがやっぱり強すぎた。
「さてと、子供にボコされた湖賊さん」
シグールはにこりと笑って、ひゅんと棍の先をリーダーの喉元に突きつける。
「ちょっとお願いがあるんだけどいいかな? ていうか拒否権がないのはわかるよね?」
案の定彼らはがくがくと勢いよく気前よく頷いてくれたので、シグールは「お願い」を突きつけた。
「ここのオデッサを預かってくれないかな、二ヶ月ばかり」
「は……はぁ」
「よろしくね。あ、私は別にダブルベッドじゃなくてセミダブルで十分寝られるから安心して」
笑顔で自己紹介したオデッサは、じゃあねぇと非常に軽いノリで手を振って、シグールも同じくらいのノリで振り返して、一行は帰路についた。
これで湖の上の運搬はオデッサが華麗に取りしまってくれるだろうし、彼女を二ヶ月間行方不明にもできる。
別に行方不明云々のあたりはオマケなのだけど(本命は湖上の運搬管理)解放軍には一部腹芸のできない奴らもいるので、保険のようなものだ。
ここにいるメンバーはシグールの独断と偏見で集めた「腹芸のできる奴ら」である。
先程の船着き場にヤム・クーしかいなかったのも、タイ・ホーはその辺が不得手だろうと思ったからだ。
「というわけで、みんなこの件は内密にね」
「なんだかフリックがかわいそうだがなぁ」
「かわいそうだと思うなら最初から反対しろよ」
「いやぁ、オデッサがなぁ」
テッドのツッコミに苦笑して、ビクトールは舟を漕ぐ。
「なんか「フリックが本当に副リーダーにふさわしく成長したのか確かめたいのよ!」って言ってたし……」
残念だけどそれはビクトールの思っているような理由ではないだろう、というか間違いなく違うだろう。
彼がそう思っているのなら、せいぜいそれを壊さないようにして上げたいと思う。
思うだけかもしれないけれど。
「それじゃあ口裏合わせ。僕らは西の方に行きました、と」
「それで強いモンスターに襲われて」
「命からがら逃げ出して?」
「オデッサが殿を務めてくれて……?」
「帝国兵に殺されたってことで」
ルックがまとめて、ビクトールが前のめりにコケそうになる。
「おい、櫂持ってんだからしっかりしろよビクトール!」
テッドの激に、「悪い悪い」と言いながら体制を整えた。
「ん? じゃあ俺達このまま戻ったらまずいよな?」
「もちろんまずいよ」
桟橋に降り立ったシグールは、ヤム・クーに舟を預けると、おねがーいルック♪ と両手を合わせて首を傾げる。
うげぇという顔をした失礼なテッドの脛を蹴っ飛ばすのとほぼ同時に、一同は現在の解放軍の領地ぎりぎりまでに飛んでいた。
「「おお……!?」」
よくわからない感嘆の声をあげたビクトールとシーナの防具が、ぽんぽんっと剥がされる。
湖賊に勝つために最高の装備をしていたのが、いきなり質素なものに戻ってしまった。
「ちょ――死ぬぞこれ!?」
「死ぬ気からがら逃げてきたんだから、何人かは死なないとね」
ウインクをした先には、もちろんルックもいる。
涼しい顔をしていた彼の肩を叩いて――事実を告げた。
「じゃあルック先生は前列で」
「え」
「僕とテッドはターン回復がハンパないからさ……代わりに死んでね♪」
「「いやだーっ!!」」
シグールとオデッサの悪巧みに付き合わされた可哀相な三人の前衛の絶叫は、はるか本拠地まで響いたとか響かなかったとか。
***
ここから2ヶ月の空白が流れます。
3ヶ月でないのは、1ヶ月はオデッサが一緒に行動していたからです。