シグールが見せ付けた流水棍で自信を粉々に打ち砕かれたドワーフの働きのおかげで、焦魔鏡はあっさりと破られた。
どことなくドワーフ全体が悲壮な空気を漂わせているのは、自分達の作ったものが森を焼いたという事実に悲しんでいるのではなく、散々シグールにコケにされたからである。

何はともあれ、焦魔鏡が壊れてしまえば怒り狂ったエルフ達を交えた一般人の寄せ集めの解放軍が王国軍を圧していくのも当然……当然……当然? 
まあいいか。



「しっかしまぁ、冷静に考えると、この威力でこの遠距離攻撃はチートだよね」
「戦争にチートもなにもないだろうが」
「いやぁ、ドワーフが反乱起こさなくてよかったなーって。彼ら基本的に技術作ると満足しちゃうから助かったよ」
あっはっは、と笑ったシグールにテッドは前々から薄々思っていた事をちょっとだけ突っ込んでみる。

「なあ、シグール」
「ん、なあに?」
「マクドール家の領地って……大森林まで伸びてるよな」
「そうだね」
「……まさかお前、毎年予算からかなりの額を裂いてる「研究費」の一部ってドワーフにいって」
シグールはくるっとテッドに背中を向けて、拳を天に向けて突き上げる。
「さあ皆、突撃だ!! あとはパンヌ=ヤクタを落とすだけだ!」
「うぉおおおおおい!!」

図星かよ! と絶叫したテッドをさっさか無視して、シグールは勝手に人選を始める。
後から合流したキルキスやバレリアも行きたいと主張したが、シグールはあっさり退けた。

「な、なんでですか! 僕も」
「そうだ、私も行く」
「キルキスは残りのエルフ達をまとめて。バレリアは投降した兵士達の統括をお願い」
「ですが……」
「しかし……」
「ですがもしかしもなし。そうだね、だから――」
「クロミミは行く。なかまをたすけたい、クロミミは行きたい」
ピシッと背中を伸ばして主張したクロミミに、シグールはいいよと答える。

「クロミミはまだ仲間が戻ってないものね。じゃあ僕とクロミミと」
「私も行きます!! ダメと言われても、今回は」
「わかった。じゃあグレミオと……たまには一緒に行こうか、ビクトール」
放置しててごめん、と言ったシグールに首を傾げたが、とりあえずビクトールは豪快に笑った。
「任せろ!」
「その単純なところが大好きだよ。じゃあフ……はまだいないんだった。えーっと、クロミミにグレミオにビクトールで前衛埋まるのか……じゃあ後衛で行きたい人いる?」
聞かれても、それほどメンバーが集まっているわけではない。
合流したサンチェスは戦闘メンバーではないし、ハンフリーもSレンジだ。
仲間集めをおざなりにしていた結果だ。反省すべし。

「僕は嫌だ、戦争で十分働いた」
舌を出してルックが言うと、大丈夫アテにしてないからとシグールは言い切った。

珍しい。
案の定、ルックも怪訝な顔をしている。


「じゃたまにはクレオ行く?」
「ぼ、坊ちゃん、俺も行きます!」
「ぼ、坊ちゃん、俺も行きます!」
「パーンはSレンジだろ。……よし、じゃあグレミオには槍を渡すね」
「え?」
「僕の隣で守っててほしいんだ。クレオは反対側」
ね、と言われてグレミオはこくこくと頷き、クレオも微笑む。
「わかりました」
「ビクトールとクロミミと、テッドが前衛ってことで」
「任せとけ」
「クロミミはがんばる!」
「またかよ!? っつーかもう無理だ! こんな重い斧振り回せるか!」
テッド、とシグールが呟いて振り返る。
目を細めて、両手を腰に当てて、唇を尖らせた。

「他の皆はちゃんと聞いてくれてるのに、なあにその態度は?」
「だ、だって……」
「僕はできないことをやらせていないよ。なのに口を開けば不満ばっかり」
「いや……だから……それは、その……」
なんだかテッドが悪いような空気になってきた。
本来後列の彼を無理矢理前列にしたのはシグールだが、各々話していたのを止めてこちらを見ている仲間達はそんなこと知らないか、知っていてもどうでもいいのだろう。

「テッド、言うことちゃんと聞いて。ね」
「お、俺が悪かったよ!」
ダメ出しなのか、困った天使のような笑顔を浮かべたシグールに、テッドは速攻で敗北する。
どこからどう見てもこれではテッドが駄々をこねたガキにしか見えない。
……えてして真相は闇に沈むものだ。

「ありがと。でも斧が重いのは速さも考えて結構困るから……」
シグールは自分の懐を探って、「ソレ」を取り出した。
じゃらんと見かけよりは重い――手甲をテッドの手に押し付ける。
「はい、プレゼント♪ 武器名はシグール、シグール+、シグール++で♪」
「嫌だ」
「はいつける」
神業の速さでしゅぽっと今まではめていたグローブから付け替えられて、テッドは両手をわきわきと動かす。
「これは……」
「ソウル隠せるし」
「あの……俺が一番得意なのが体術なんだが」
 いいのか。斧とは反対の意味で。
「大丈夫だよ。たぶん」
「たぶんて」
「さ、行くよ皆!」
「おー!」
あがる歓声を背景に、なんでこんなのに皆着いていくんだろうなぁと考えたけれど、よく考えればシグールは「こう」なのはごく一部にだけだった。















ちゃっかりアイテムは回収していくものの、トラップも何もなかったので(ドワーフだってあったのに)思いっきり敵を薙ぎ倒して、一同は最上階を目指して上って行く。
そして明らかに最上階の一歩手前で、ドラゴンと出くわした。

「質問、ドラゴンの弱点は?」
「風」
即答したテッドはパーティを見回し、ちょっと泣きたくなった。
いねぇし。
「どうするんだこれ」
「大丈夫。――裁き!」
グギャァアと叫び声をあげてのたうち回るドラゴンに、他の仲間達が追加攻撃をしていく。
テッドも加わって殴る蹴るをしていると、もう一発、追加。
さすがに五人に全力でボコられた挙句、シグールの裁きを二発も喰らっては持たなかったのだろう。
ドラゴンはあっけなく倒れ――

「ふぅ、記憶にあったよりちょろい敵だったね」
「……そりゃ裁きを二連続で出したらな」
体力せいぜい六千くらいであろうドラゴンの亡骸を見下ろして、テッドはとりあえず黙祷を捧げた。
だがシグール坊ちゃんとしての本命はここからだったらしい。
軽い足取りで階段を上っていき、最上階へと出た。

それに続いていった一同が見たのは、粉々に砕けた魔焦鏡と――その前に立ってこちらを睨みつけている、一人の男だった。



「来たな……お前が解放軍リーダーか?」
ん? という顔をした男はクワンダ=ロスマン。パンヌ=ヤクタの主だ。
男らしいというか軍人らしい彼は結婚が遅くて、最初の子供が……あれ、なにこの無駄知識。
首を傾げたテッドは次の瞬間思い当たって、「ああ!」と声を上げてしまう。
「どうしたんだテッド」
ビクトールの怪訝な視線に思わずきょどって返し、どうしてシグールがルックを連れてこなかったのかすごくとても納得した。

クワンダ=ロスマンは解放軍側に付き、トラン共和国を支える将軍の一人となる。
彼にはこの戦争の時点で一人息子がいて、その息子はこれより二十年くらい後に一人の女性と恋に落ち、結婚する。
別にクワンダ=ロスマンが今後幸せだろうが違かろうが、テッドとしてはどうでもいい。
問題はその「女性」だ。

一騎打ちと称したずっと僕のターン的シグールによるボスのフルボッコを見ながら、テッドは思わず二十年後の修羅場に思いを馳せた。
そりゃぁもう、大変だった。
「どうしたんだいテッド君」
浮かない顔だね、とクレオに言われて、いやぁなんでもないっすよとか返していたテッドの横で、鋭い舌打ちが聞こえた。

振り返りたくはないが、状況を知っているのがシグールとテッドしかいないのだから、振り返らざるをえないだろう。
「ルック……来たくないって言ってなかったか」
「セラを取った不届きなガキの親なら切り裂いておこうと思ってね」
さらっと言いながら、顔の筋肉がひくひくしている。
どう見ても冷静ではないだろう。

「まあ落ち着け」
「落ち着いていられるか! シグール、その男の首僕にちょうだい!!」
絶叫したルックが自力で殺りにいきそうだったので、テッドは慌てて背後から彼を引っ張って止める。非力な魔法使いでよかった。

そうこうしているうちに一騎打ちのカタがつき、クワンダがその場に膝をつく。
「だめだよルック、一応この人は――……うん、わかった。早く済まそう」
シグールが苦笑しながら振り向いて、意見を変える。
よっぽどルックが殺りそうな顔をしていたのだろう。

「ビクトール、グレミオ、クレオ、こっち来て」
「はい?」
シグールに呼ばれて寄っていった仲間達はなにやら指示を受けて、ふむふむと頷く。
全員特に異論はなかったようで、ビクトールがクワンダ剣を蹴りとばし、暴れた彼を地面に倒した。
すかさずグレミオが両足の上に腰を下ろし、身動きを取れなくしたところで。

「悪いね将軍」
クレオが笑顔で火の紋章を展開させ、クワンダの腕の一部が炎に包まれる。
「うぉおおおおおおお」
呻いて倒れたクワンダに、近づいたシグールがばちゃりと水筒の中身をかけた。
「やぁ、クワンダ」
「こ……これは……」
「ウィンディにこんなものをつけられるなんて、五将軍も落ちたものだね。グレミオ、ビクトール、もういいよ」
はいグレミオ退いていいよ、ビクトールも手を放してあげて。
拘束を解かれたクワンダは、わけが分からないといった様子でぽかんとシグールを見上げている。

「シグール、殺っていい?」
「だめです」
笑顔のルックをぴしゃりとはねのけ、シグールはクワンダに手を伸ばした。
「立てるかな、将軍」
「……私は、そうだ、この、」
「うん、ブラックムーンの紋章」
「ちげえ。ブラックルーン」
「どっちでもたいして変わんないって」
「おおいに違う! 作品からして違う!」
「そう……そうだな。あの方はもう、私の知る陛下ではない……」
項垂れたクワンダの首をいつ落とそうかとルックが様子を窺っていたので、テッドは溜息を吐いてちょっと強めの拳骨を魔法使いの後頭部に叩き込んだ。




 

***
システムを無視しまくっているテッドですが、単に「シグール→シグール+→シグール++」がやりたかっただけです。
作者が。
あとブラックルーンが分かる人は同世代。