ドワーフの鉱山では、やっぱり記憶通りの会話が進む。
「ほっほっほっほ、こりゃ愉快。エルフ共など焼き殺されればいいのだ」
ドワーフの長老のその言葉に、そこまではきっちり交渉をしていたシグールから、プチリという音が聞こえた。
これはキれた、と察してテッドとルックとオデッサは一歩引く。
「人間に設計図をうっかり盗まれたくせになにを言ってるのかなぁ、長老さん」
「ほっほ、ウスノロの人間にわしらから設計図を」
「盗まれたんだよ。僕は今、あなたの目の前で金庫をぶち破ってもいいんだけど?」
ふむ、と顎鬚を撫でて考える素振りを見せた長老は、よかろうと頷いた。
「ではわしらの金庫から、流水棍を盗み出してみるがいい。それができたら、お前らの話、信じてやろう。わしらの金庫は」
「ここの北でしょ。とってきてやるから………………首ぃ洗って待ってろよ」
「ほっほっほ」
できるわけがないと高をくくっている長老には悪いが、シグールは一人でもここを突破できる実力がある。
それに加えて、今回はリミット解除のルックに(真の紋章も容赦なく使う)、規格外のオデッサに、サバイバルのプロのテッドが同行している。
本来六人で特攻するべきところでも、この四人ならその三倍以上の戦闘力に匹敵するだろう。
「まあとはいえ、僕はあんまり戦わないけどね」
後方から戦う三人を見ながらルックが呟くと、まあしょうがないよなとテッドが頷いた。
「お前の魔法はフィールド向きだしなー。こんな狭いところでぶっ放されたら、そっちのほうが大変だ」
「そうだよ、ルックが全力出していいのはシンダル遺跡だけだよ」
「シンダル遺跡なんてこのあたりにあったかしら?」
「「それがないんだよねー、経験値の宝庫だろうに」
残念だなあとシグールが微笑みながら言うと、オデッサも綺麗な笑みを返す。
見ているだけなら非常に麗しき二人なんだが。
「うぉっ、また出た!」
「オデッサ!」
「ええ!」
テッドの斧はどうしても大振りになる。
そこに生まれた隙をついてきたモンスターは、オデッサの矢が一撃でしとめた。
「……オデッサ……?」
「なあに?」
「いやあの、その敵、シグールもヘタすると二発必要な敵なんですけど……」
地面にへたり込んでガタガタ震えているテッドは、どこかの国のかつての王女の事を思い出していた。
彼女も弓使いで、とんでもない無双っぷりを発揮していた記憶がある。
「オデッサはステータスがよく伸びるよねぇ」
モンスターからポッチを回収していたシグールが笑顔で言うと、そうなの? とオデッサはぱたぱたと自分の体をたたく。
「あんまり自覚はないけど」
「軍主の僕には一目瞭然デス。本来は序盤しかいないから、伸びがよくなってるんだと思うんだ」
「そうなの」
まあどうでもいいわ♪ とオデッサは再び矢を番える。
「とっとと奥へ行きましょ」
「だねぇー」
本当は人質ならぬ魂質を取って、強制的に働かせたかったんだけどねえとシグールが言うと、あらじゃあ仲間になってからこき使えばいいじゃない♪ とオデッサが答える。
SレンジとかLレンジとか関係なく、前にさっさか歩いていく二人の後ろでは、当然のようにテッドとルックが並んだ。
「なんなんだあの二人は……!」
「やきもち」
「違う! 断じて違う! むしろこれは恐怖だ!」
「……覚悟しなよ、だって僕とあんたはまず間違いなくラスボスメンバーだよ」
テッドが呻いたので、ルックの気分は少しだけ浮上した。
人間は、自分より不幸な奴がいると分かればちょっとは幸せになれる生き物なのだ。
「他人の不幸は蜜の味ってやつだね」
「おまっ……ちくしょう、無性にジョウイが恋しい!!」
涙目で叫んだテッドの意見はきっと正しい。
結果から言うと、風火砲は間に合わなかった。
見事に焼け野原となったエルフの村をシグールはしばらく見つめてから、どこからともなく縄梯子を引っ張り出してきた。
「どうしたの?」
「ちょっと確認」
「おい。こんな状況で生存者なんて……」
「違うよ、死体がないかの確認――テッドが」
「俺かよ!?」
また俺か! と絶叫しているテッドの横にいた気配が消える。
三人が前後左右を見回していると、木の上から声が降ってきた。
「死体はないみたいだね」
「ほんと?」
「結構焼け残りもあるけど――うん、死体はない。総出でシルビナを助けに行ったんじゃない?」
結果オーライじゃないかな、と言ってルックは地上へと戻ってくる。
「で、どうするの」
「大森林抜けなきゃ……イベント的な意味で」
どうなんだそれ、と突っ込みたかったがテッドは堪えた。
「なにがあるの?」
「えーっと、クロミミを仲間にするから……こっちだね」
キルキスがいなければ大森林は抜けられないんじゃあ、というテッドの一応のツッコミは言葉にはなった。
なったが、シグールは小さく笑った。
「なんのためのルックだと思ってんの?」
「……ルック、お前はそれでいいのか」
ルックはテッドの視線からふいっと目を逸らす。逸らした先に動くものがあった。
「……クロミミだ」
シグール達の所へと歩いてきたクロミミは、少し前で立ち止まって、耳をぴくぴくと動かし、鼻をふんふんと動かしてから、決意したようにもう数歩近づいてきた。
「クロミミは、こんなところでつかまるわけにはいかない。みんなを、たすける」
「ありがとう。僕はシグール、解放軍のリーダーだよ」
「そうか、わかった」
尻尾をぱたりと振ったクロミミの後ろの茂みが掻き分けられて、とても見慣れたシルエットがぞろぞろと出てきた。
毎度お馴染み帝国兵のモブの皆さんだ。
「なんだぁーお前ら、は……オ、オデッサ=シルバーバーグ!」
引きつった顔で叫んだ帝国兵に、オデッサは笑顔を返す。
「あら、私ったら有名人ね」
「いいなぁオデッサ」
「シグールもすぐに有名になれるわ♪」
「どんな意味で有名なんだあんたは……」
テッドのツッコミには、帝国兵が答えてくれた。
「お……おのれオデッサ=シルバーバーグ! お前があの場から逃げ出す時、俺の親友は……俺の親友はぁあああ!!」
涙目で剣を構えた帝国兵からオデッサへ視線を移し、シグールは困ったような顔をした。
「えーっと、なにしたの?」
「進行方向にいて邪魔だったから、ちょっと本気出してナニを蹴り上げたの☆」
ひぃとその場にいたオデッサ以外の全員が悲鳴をあげた。
「おおおおかげであいつは……あいつはっ……男としてダメになっちまったんだ!」
「そんな下ネタ聞きたくないわ」
「ネタじゃねーよ! 事実だよ!!」
絶叫した帝国兵に全員が思わず納得しかける。
ルックでさえちょっと目を潤ませているあたり、破壊力のある事実だ。
「とりあえず……オデッサがしたいなら歴史を繰り返してもいいけど」
僕は見てるのはちょっと、と遠慮したシグールにオデッサは笑顔で矢を番える。
「蹴り上げるなんて下品だったわ。今度はちゃんと――貫くわね」
「「ギャー!!」」
方々から悲鳴が上がる。
聞くだけでも痛い。それは痛い。想像するだけで痛い。
「いいい痛いよソレは!」
さすがに抗議するシグールへ、「あらなんで?」とオデッサは微笑む。
慈母のような笑みの傍ら、手先ではきりきりと弦が引かれている。
「私はちっとも痛くないわ♪」
「……それは……そうだよね」
珍しくシグールがオデッサに押されている間に、マッシュが率いる軍勢が到着したので、帝国兵達(の男としての大事なもの)は事なきを得たのだった。
ちなみにマッシュはこの話を聞いても痛そうな顔もしないで普通に推奨してきたので、この似てない兄妹はやっぱり血が繋がっているらしい。
***
この時オデッサはドレス姿だったそうなので、親友はドレス姿の女性を見ると痙攣を起こすようになりました。
なんてトラウマ。
(当然こんなイベントはシナリオにはありません)