出て行ってすぐに戻った本拠地は、当然何も変化はない。
ちょっとした意気込みを返せとか思いながら、ルックは降り立った場所で腕を組んで壁に体重を預けた。
もう一歩も動かない構えだ。

「ぼぼぼ坊ちゃん! ああよかった、グレミオを置いていかないでください!」
シグールのところに走ってきたグレミオは予想通りの台詞を言い、シグールは困ったように溜息を吐く。
「あのねグレミオ、危ないから」
「その危ないことから坊ちゃんをお守りするのが私の仕事です!」
自分のステータスを見てから言いなよ、とルックは思っているが、実際ルックもあまり人の事は言えない。
自覚はちょっとしている。

「グレミオさん、シグールは俺が責任持って見るからさ」
間に入ったテッドは、ちょっとしたお節介心というか、優しさ的なものでそう言ったのだろう。
グレミオはその言葉を聞き、シグールとテッドを交互に見比べてから、ゆっくりと頷いた。
「わかりました……」
「心配しなくていいよ、グレミオ」
「はい。テッド君、坊ちゃんをよろしくお願いします」
「そりゃあもちろ……え? グレミオさん、この斧はなに?」
「よろしくお願いします!」
ぎゅうとグレミオの斧を押し付けられ、あたふたしているテッドの横でシグールが両手を口に当ててアナウンスする。

「はーいテッドがSレンジに変更になりまーす」
「ちょっと待て!! お前それは俺のこの防御の低さを見て言ってるのか!?」
「じゃあちょうどいいね。ほらルックに前衛は危ないからさ。キルキスとオデッサはLレンジだし」
「ちょ、待……」
「それじゃ、たったと出発しんこーう!!」
「待てえぇええええええええええ!!」

ルックはテッドの悲痛な叫びを聞こえないふりをした。
火の粉は飛んでこないに越した事はない。















少々大森林付近を荒らしまわった自覚はあるが、三人はそれほど時間をかける事もなく、大森林の入口に着いた。
「大森林はエルフがいないと抜けられないんだよねー」
「へー」
大森林に暴れに来た事はさすがになかったため、テッドは興味深そうにきょろきょろしている。
鬱蒼と茂る木々の影からキラリと光を反射して揺れるものが見えて、ルックはすすすとテッドから離れた。

「なあシグール、オデッサ達はどこに――ぐあっ!!」
叫んで尻を押さえたテッドを迎えたのは、大笑いしているオデッサだった。
「あははははは、こんな綺麗に入るとは思わなかったわ、ごめんなさいねー」
「尻の穴にぶっ刺さったんだけど!?」
「大丈夫、矢じゃなくて木の棒だから」
「なにも大丈夫じゃねぇ」
「遅かったじゃないシグール。この辺のモンスター狩っちゃったわよ」
「ごめんごめん」

そんなスペクタクルな会話を交わしているリーダーと元リーダーの後ろから、緑の木々の中ではよく映える髪がひょいっと出てくる。
「あ、あのぅ……」
「ああ。キルキス、これがうちのリーダー。私は裏番長☆」
「僕も裏番長がいいなぁ」
うらやましいなあ、と明らかに本音臭いことを呟いてから、シグールはキルキスと握手を交わす。
「じゃ、早速案内してもらっていいかな」
「はい、よろしく」
「ううんこっちこそ………………ビッキー的な意味で」

最後にぼそりとシグールが付け足した言葉に、ルックは誰より共感する自信がある。















エルフの森に関しては、ルックの記憶にあるとの大差ないイベントが進んだだけだった。
相変わらずバレリアは強いし、コボルトは冷たいし、エルフの長はにべもない。

というわけで一同牢屋にぶち込まれ、しばし無言。
「……で、どーすんだこれから」
テッドがぐらぐら体を前後に揺すりながら聞くと、バレリアもシグールを見やる。
「焦魔鏡は恐ろしいものだ。なんでも、森を一瞬で焼き尽くせるらしい」
「考えてはあるよ。でも、焼けるのは「森の全部」じゃない、焼き払われるのはここの周辺だけだろう」
キルキス、とシグールに呼ばれてキルキスははっと顔を上げる。
「エルフの長はシルビナを可愛がっているよね」
「そ、そりゃあそうです。シルビナの両親はもういませんし……」
「やっぱり。じゃあちょっと誘拐してもらっていい?」
「は?」
「キルキスは解放軍側についた裏切り者って思われてるだろ? でもシルビナはキルキスを慕っているから、ほいほいついて行っちゃう。で、誘拐ってことにして、シルビナを連れ出すんだ。キルキスの要求は「日暮れ前までにカクの東にある国境線まで来る」こと。「そうすればシルビナを無傷で返す」ってね。「こっちには解放軍がいるからなるべく大勢でこないと危ないぞ」って付け足して」
「は、はあ……」
「バレリアもキルキスについていってあげて。エルフ達を助けるには、なるべくこの里を空にするしかない。僕らはドワーフへなんとかしてくれるよう頼みに行くよ」

シグールの案に、キルキスとバレリアはしばらく躊躇いを見せたが、やがて頷いた。
ちょうどのその時、シルビナが牢屋に下りてきたので、一同は会話を打ち切る。
シグールの目配せを受けて、キルキスが立ち上がった。

「じゃあ僕は……シルビナ、一緒に来てくれないかな」
「ど、どこに行くの、キルベス」
「……この村が、危ないんだ。本当なんだ、僕は絶対シルビナには嘘をつかないよ。だから信じて……来てほしいんだ」
「キルキス……」
シルビナはキルキスをしばらく見上げてから、ふわりと髪を揺らした。
「うん、わかった。シルビナはキルキスのこと、信じてるよ」
「ありがとうシルビナ。じゃあシグールさん、お願いします!」
「任せておいて」
「かたじけない、シグール殿。この礼は必ず!」
「気をつけてね」

キルキス、シルビナ、バレリアを見送って(スタンリオンはとっくに逃げている)よっこらせとシグールは立ち上がる。
「さあて、誘拐声明ださなきゃね♪」
「あっばうとな作戦だな」
「しかたないよ、ぶん殴って連れてってもいいけどねぇ」
一人ずつは面倒臭いじゃないか、と言ってシグールはどこからともなく取り出したチョークで壁にぐしゃぐしゃと犯行声明を書きなぐってから歩き出す。
「前衛頑張ってねテッド」
微笑んだオデッサに言われて、すでに何度も瀕死になりかけているテッドはげんなりした顔で斧を持ち上げる。
「かわってくれないかオデッサさん……」
「まあっ、乙女になんてこと言うのテッド君!」

どの口が言うか、とテッドは声に出さずにぼやいたはずなのに、なぜか聞こえていたらしく、関節技をかけられた。
ギブギブ! と何度も叫んでいたがそれがオデッサの耳に届いている様子はない。
自業自得、でもないか。とりあえず運が悪い。
「で、この後は? ドワーフを説得して、焦魔鏡を壊してもらうわけ?」
「そうなるね。間に合うかはぶっちゃけ微妙っていうか……無理だと思うけど。というわけで今の間に」
「に?」
「宝箱の漏らしがないか確認するよ!!」
「脱出はどうしたぁああ!!」
テッドの悲鳴が聞こえたけれど、シグールとオデッサがそれを聞くはずもなかった。