宴会の翌日、というか翌昼だろうか。
たいして飲んでいなかったので、いつもの後遺症(頭痛)はなかったらしく、シグールは起きるなり元気に皆を招集した。
キルキスは今朝方本拠地に流れ着き、現在はグレミオの手厚い看護を受けている。
「さて、早速大森林に向かおうと思います」
「相変わらずぶっ飛ばしありがとう」
ルックが茶々を入れるが、シグールはちっとも気にした様子はない。
「オデッサ、キルキスが回復したら大森林へ向かってくれる? 入口で合流しよう」
「わかったわ」
シグールの言葉に、ちょっと待ちなよとルックが眉をひそめた。
「アンタはどうするのさ」
「ビクトール、僕がいない間の指揮は任せる。パンヌ=ヤクタ城を攻める手はずを整えておいて」
「しかし兵力が……」
「充実した後に用意するより、早い方がいいでしょ。ルックとテッドとレパントは僕と一緒に来てね」
てきぱきと指示を出したシグールは、マッシュに書類を渡すと、レパントも交えて三人でごにょごにょと密談を始めた。
その様子をなんとなく見ていたテッドの横にルックが並ぶ。
「酷いよね」
「なにがだ?」
「先読みぶっ飛ばしのオンパレード」
「ん〜、まあ一通りの制約はあるみたいだけどな」
「なかったら、最初に皇帝ぶっ飛ばして終わりでしょ」
「……だな」
謁見時にソウルでぱっくんと喰っちゃえばよかった話である。
まあシグールの発言を聞く限り、それでは「僕の僕による僕のための二週目」にはならないようだから、端から論外なのかもしれないが。
というかシグールが捕まってバッドエンドである。
「てか僕らだけ別働隊? どこに行くの」
「さあ……」
「なんでレパントも入ってるんだろ」
テッドはそこで、あれ? と思ってルックを見下ろした。
そこはかとなくイライラしているようにも見える。
いや、彼はこれがデフォルトかもしれないが。
「ルック、機嫌悪いのか?」
「知らない」
チッと短く舌打ちして、ルックはシグールを睨んでいる。
テッドがそれに何かを返す前に、待たせたね! と言いながらシグールがやってきた。
「さ、行こうかセイカに」
「セイカ……?」
今更何をしに、と言いかけたテッドの前でルックが。
そりゃあもう綺麗に花が咲いたように。
笑った。
え、何かあったか、あそこ。
「武器レベル鍛えて行っていい?」
「いいよ〜う。早く行きたかったんでしょ、今まで拘束してごめんねー」
「レベル上げてくれるなら文句は言わないよ。どこまで上がる?」
「テッド鍛冶師なら九までは」
親指を立てたシグールにルックは微笑む。
それから二人同時に振り返ってきたので、テッドは思わず視線を逸らしたが、無意味だったのは言うまでもない。
そして、「夕食マグロ丼」の一言で気合を入れてしまったため、水の紋章片をしこたまくっつけた挙句うっかりレベル十にしてしまったのは純然たる事故だと主張したい。
させてくれ。
シグール率いる四人はセイカへと入っていく。
宿屋か道具屋かはたまた別か?
後方のレパントとテッドがそう思っている間に、シグールとルックがイイ笑顔で宿屋へと入っていく。
しかし回復が必要な者などいないので、何らかの情報集めだろうかと思って後に続いていくと。
「ねえ、ねえ、ちょっと一緒に遊びに行こうよ」
女の子に声をかけている金髪のナンパ男がいた。
声をかけられている女の子の方も満更ではなさそうな雰囲気だ。
「本当だって、俺んち金持ちなんだぜ」
ゆっくり遊べるからさ、とウインクをしたシーナ……ああ、ルックが殴りたそうにしていたな、そういえば。
しかしルックはにこにこしながら見ているだけだ。
そしてテッドの後ろにいるレパントは、シグールに「しーっ」と言われており、隅っこの方へと追いやられている。
なんだこの状況。
何がしたいんだ?
しばらく成り行きを見守っていた一同だったが、結局女の子は「でもお母さんがお仕事手伝えっていうの、ごめんねぇ」と断わって手をひらひら振りながら立ち去った。
「あーちっくしょう」
可愛かったのになーと呟いたシーナの視線が宿の中を一週し……予想できた人物でぴたりと止まる。
視線を向けられたルックは、その綺麗な顔に非の打ち所のない笑顔を浮かべた。
確かに今のルックの髪は肩口まであるし、中性的な顔立ちだし、魔法使いだからか体格は華奢である。
おまけにいつも不機嫌に彩られている顔には笑顔。
黙っていれば美人なのだ。
テッドもシグールも忘れ去っていたが。
「ね、ねえ君、この辺の人じゃないよね?」
近づいて声をかけたシーナに、ルックはこくんと頷く。
「やっぱり。可愛いもんな。こんな可愛い子ここらじゃ見ないよ」
どこが。
突っ込みたい気持ちを堪え、テッドは他人のふりをする。
この会話は先程からロッドを握り締めているルックの手がいつ振り下ろされるか、のカウントダウンでしかないだろう。
もっともそんな事など露とも知らぬシーナは鼻の下を伸ばしたままだ。
「今暇? ちょっとお茶でもしない?」
「…………」
ちょっと黙って俯いた後、顔を上げてルックはにこり、と笑った。
本当に綺麗なその笑みにシーナが頬を染めた瞬間、容赦ない一撃が彼のわき腹に振り下ろされる。
「ブゴッ!?」
「いいこと教えてあげるよ、どら息子。僕は、男だ」
床に伏したシーナを冷たい目で見下ろして、ルックは言い捨てる。
そして、くるりと方向転換して、今まで場を見守っていたシグールのところまで戻った。
「満足した?」
「した。後は任せる」
「じゃあレパント、シーナも解放軍に加わってもらおうね」
「あのバカが……見苦しいところを見せましたな」
苦笑しているレパントの前で、呻いたシーナがようやく立ち上がる。
「っててて、美人の一撃はきついなぁ」
「おいシーナ」
「げげっ、オヤジ」
「お前は私に、見聞を拡げるために旅に出ると言ったと思うが」
「え、あ、あ、だから……」
それからはじまった押し問答で息子が父親に勝てるわけもなく、哀れシーナはレパントに連れられて強制解放軍入りとなった。
あれで宿星だっていうんだから、毎回の事だが宿星のチョイスはかなり適当だ。
「よし、行こうか大森林」
燃えるなあ、経験値的な意味で。
そう言ったシグールを、今まさに宿屋から出て行こうとしていたレパントが振り返った。
「一度本拠地に戻ってくるようにと、グレミオ殿が」
「ええ〜?」
「戻ってやってください、心配されていましたよ」
「放せよオヤジー!」
「お前はアイリーンにも怒られないとな」
「ええっ!?」
漫才親子を前に見ながら、シグールは数秒その場に立っていたが、最終的にはしょうがないなぁと溜息を吐いた。
「グレミオがそういうなら戻ろうか」
「おっ、グレミオさん思いだな」
「まあ今後のこともあるしね」
しょうがない、と言ったシグールはレパントとシーナ親子の後をついていく。
ルックとテッドは視線を交わして、同時に溜息を吐いた。
「わかった、送るよ」
「歩いて帰るのに」
「僕が嫌なんだよ」
なんで来た道をそっくり戻らなきゃいけないのさ、とぶつくさ言って、ルックは何も忠告せずに転移術を使ったので――巻き込まれたレパントはきっちり地面に下ろしてもらえたが、シーナは当然のように地面に叩きつけられた。
もはやあれは、天魁以外の星がルックと親しくなるための通過儀礼だ。
……とうっかり思ってしまった自分が嫌になる、とは後でテッドが酒を飲みながら零した台詞だ。
***
シグールとシーナはある意味対極にいるんですよねー……。
でも本人達のウマは合いそうです。