本拠地に戻ると、そこにはクレオとなぜか酷く憔悴したパーンと、先日テッドがぶっ飛ばした山賊と……熊がいた。
「こんにちは熊!」
「俺はビクトールだ! あんたがシグールか!?」
もじゃもじゃの黒髪、太い声、逞しい身体……うん、間違いなくビクトールだ。
「こんにちは熊殺しのビクトール」
「……は?」
「気にしないで。これからよろしくね」
すれ違い様にシグールにばしばしと肩を叩かれ、ビクトールはきょとんとした顔をしてバルカスとシドニアに挨拶して奥に引っ張っていった少年達を見送る。

「なんで俺が熊なんだ」
「まあなぜかしら」
頬に手を当ててうふふと笑ったオデッサを見下ろしてから、ビクトールはきょろきょろと左右を見やった。
「フリックはどうした? いつもあんたにくっついてたってのに」
「あら、合流できなかったの?」
「は?」
「ロックランドに行くように言ったのだけど。どこかで擦れ違っちゃったのかしらね」
「おいおい……」
「まあ、そのうち戻ってくるでしょう」
「探してやらないのか?」
「可愛い子には旅させろって言うじゃない」
「……そうか」
嫌そうな顔になって聞き返したビクトールは、恋に目がくらんでいるフリックよりもよっぽどオデッサの性格を理解しているようだ。

まあ好きにしろや、と明らかに投槍なセリフを発してから、ビクトールの視線がテッドへと向けられた。
シグールとルックがどこかへ行ってしまった以上、声をかけられるのは覚悟していたが。

「よぉ坊主。坊主も解放軍の一員か?」
そう声をかけながらぐしゃぐしゃと髪をかき回されて、テッドは慌てて飛びのく。
「話しかけ様に頭撫でんなよ」
「がっはっはっは、悪い悪い。シグールの友達か?」
「まーな……たぶん」
微妙に語尾に自信がなくなったのは、この話が始まってから今までの自分への扱いにちょっと心が折れているからだ。

おかしい、俺はあいつにソウルイーターを託した親友であり、二百年も相方をやっていたわけであり、身も心も魂も(ソウルで)繋がっている間柄であるはずなのに。

「おっ、友情に悩んでるのか少年!」
「いや俺は少年じゃないんだが……」
明後日の方向へ視線を向けていたテッドを何と思ったのか、ビクトールはがっはっはと笑いながらばしばし背中を叩いてくれる。
そういえばこいつはかなりの世話焼きだった(はず)。じゃなきゃシグールをグレッグミンスターから連れ出したりとか、セノとかを川から引っ張りあげてくれまい。

このままだと要らぬ事を詮索されそうなので、テッドは憔悴しきっているパーンを指差し話題を逸らした。
「なあ熊」
「……いや、俺の名前はビクトールだからな?」
熊じゃねぇからな、と真顔で念を押してきたビクトールに特に訂正も否定も拒否もせず、テッドは視線で答えを問う。
「いやぁ、なんか帝国将軍のお坊ちゃんが指名手配されててよ」
「ああ、やっぱり」
そうなったか、まあ結果オーライなんだろう、きっと。
「なにしたんだシグールは」
「……ハハハ、まあそのうちわかるさ。で、パーンはどうしたんだ?」
「ああ、連れ出すためにちょっと騒ぎを起こしたりしたんだが、それがどうも主義に合わなかったらしくてな」
「なにしたんだ」
「俺はちょっとボヤとか起こしただけだぜ」
「いやいや、その程度じゃあんなにはならねぇだろ、なんか変なことしたんじゃね?」
「いやぁー、そう思ったんだがちょっと思い当たることがなぁ」
ビクトールがやった事を一つずつ挙げていくが、そのどれもテッドとしても疑問に思わない事ばかりだ。
一体何なんだと二人が揃って首を傾げていると、それまで静かだったパーンがきっと顔をあげて言った。

「放火は罪だ!」
「時と場合によるだろ」
「て、テッドまでそんなことを!」
いやいやいや、とテッドは顔の前で手を振る。
ボヤを起こす程度なんて問題ないだろう、場合が場合なんだから。
「放火の代わりに首三つ助かったんだから、いいとしろよ」
「しかし……」
「まあ解放軍に入っちゃったんだし」
「それは……そうだが」
煮え切らない表情のパーンの肩をバシバシとビクトールが豪快に笑いながら叩き、あまりの勢いにパーンが顔面から地面に倒れる。
「……ビクトール、ちったぁ加減したれよ」
「いやあすまん。ガッハッハッハ」
全く気にしていない素振りで豪快に笑うビクトールと、少し離れた場所でパーンを見ながら笑っているオデッサを見つつ、後日のフリックが気が利くフォロー上手になった理由がなんとなく、なんとなく見えた気がした。

けしてテッド自身が同じ運命を辿って今に至るなんてちっとも思っていない全く思っていない。
思っていないったら!















ビクトール達も戻ったことだし、とオデッサの発案で宴会になった。
フリックの不在について誰も探そうと言い出さないあたり、テッド達が参加する前の彼の扱いが窺い知れる。
きっと今後も変わらないだろう。

根が明るい連中が多いからか、それとも酒が入っているせいか、宴会は大盛り上がりを見せていた。
「ダメですよ坊ちゃん、子供なんですからお酒は」
「いいじゃねぇかグレミオ、お前も飲みたいよなぁシグール」
シグールを挟んで、グレミオとビクトールが仁義なき戦いをしている。
しかし可哀相なことに、グレミオに勝機はない。
「うん、飲みたいなーv」
可愛らしく言ったシグールに、「おうよ飲め飲め!」とビクトールが酒を渡す。
「おっ、リーダー飲むんだな! じゃあ俺と乾杯だ!」
バスカスが酒盃をあわせると、私とも乾杯しましょーとオデッサがどこからともなく現れる。
シグールはしばらく盃の中の酒を見つめていたが、ぐいっと一気に煽った。
「「おお〜〜!」」
大人達がどよめく。
「ぷはーッ!! ビクトールもう一杯!」
「おっ、飲むねぇ!」
やんややんや歓声が上がる中、シグールは二杯目も一気に飲み干す。

思えば開始時から今まで、グレミオ達の前では酒の類に口をつけていなかったのだ。
酒好きのシグールとしては、飲みたいのも当然だろう、と思わなくもない。
思わなくもないが、横で真っ青になっているグレミオを見ると止めてやらなきゃという気になる。

というわけで、テッドはシグールの怒りを買う事を覚悟して、大人達を掻き分けて彼の隣へ立った。
「シグール、そんな一気に飲んじゃまずいぜ」
「テッドも飲めばいいじゃん」
「違う、そういう意味じゃなくて……ちょっと風に当たりに行こうぜ、な?」
「はぁーい」
笑顔で片手を挙げて返事をしたシグールは……酔っているようだ。
いや、あれしきで酔うとは思えないから、テンションが上がっているだけか。

酔ったも〜んと言いながら寄りかかってくるシグールを連れて外に出た瞬間、部屋の出口付近に立てかけてあった棍を彼が手にしたので、驚いて一歩下がる。
「な、どうした?」
「こんばんはアサシンさん」
暗闇に話しかけるシグールの目に酔いはない。
ピタリと棍を突きつけられて、影の一部がゆっくり姿を現す。
「シグール、その右手の」
「ちょっと外に移動しようよ」
棍の位置を動かさないままにシグールが言うと、影が笑った、気がした。
「ほほう? ここで戦えば仲間が駆けつけてくるかもしれないのに、わざわざ離れるのか」
「離れるよ、仕様でも勝ってみたくなる性分でね」

そう言った瞬間、シグールの体がテッドの前から消える。
同時に影も移動して、慌ててテッドは手近にあった武器を引っ掴んで二人を追った。
「勝つ? お気楽な脳みそだな」
「君よりはできるつもりだよ」
「ほほぅ、楽しめそうだな」
影が前に出ると、シグールは棍でそれを防ぐ。
二百歳でもここでは十六歳で、しかもレベルもまだまだ低いが、涼しい顔をしてあしらっているので問題はないのでは。
と、物陰に潜んでいたテッドが思った瞬間だった。


ガキィンッと音がして、慌てて手にしていたそれを持ち上げる。
「あ、くそっ、重っ!」
それはビクトールの剣で……なんでこんなの持ってきちまったんだ俺。
「シグールから離れろ!!」
「っ!?」
影が振り向いた瞬間、テッドが投げた剣――ではなく石ころが顔面に命中する。
「ぐ……グアッ……」
「顔面は痛いんだよな。俺もよく知ってる!!」
痛みに崩れた影にシグールが鋭い一撃を叩き込む。
一気に畳みかけようとしたところで、先程の高い音を聞きつけた仲間達が集まってきてしまって、シグールは舌打ちした。

「シグール様! 大丈夫ですか。この野郎!!」
「解放軍の本拠地に乗り込んでくるとは、ふてぇ野郎だ」
「ふははは、なにがかいほ」
「うるさい、早く帰れ」
テッドがもう一度投げつけたのは再び石ころで、今度は耳に当たったのだろう、ウガァツとか悶絶する声がする。、
「雇い主には「顔洗って待ってろコノヤロウ」と伝言しといてね」
「グッ……」
影が立ち去ろうとした瞬間、一歩前に出たシグールが低い声で笑う。
それはテッドには聞こえたけれど、他の仲間達には聞こえなかっただろう。

「個人的な再戦はいつでも待ってるよ。今度は命がけでおいで♪」
ザ、と気配が消えた闇を見ていたシグールは、あーあと溜息を吐いてテッドを見上げる。
「石ころとかダッさ」
「うるせぇ、剣投げつけたらそこが血まみれだろ」
掃除するのが大変じゃねぇかと言ったテッドに、確かにそうだねとシグールも笑う。
「にしても石ころが痛いって……よく知ってたね?」
「………………別に放浪先で石を投げられたことがあるわけじゃないからな」
「あるんだ」
「子供に投げられたわけじゃないからな」
「そこはかとなく不幸を運ぶわけだもんね、子供って敏感だし」
「だから違うって!」

必死の弁解は全く逆効果だろう。
楽しそうににたにた笑うシグールに、テッドは弁解を諦める事にした。
 





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フリックはちゃんと愛されていますよ!