やっぱり思い出しておけばよかった。
何回目か分からないルーレットに乗ってぐるんぐるん回っていると、さすがに吐き気を催す。
「シグール、もう、かんべん」
テッドも床にへたり込んでいて、平気そうな顔で遊んでいるのはシグールとオデッサだけである。
「ぼっちゃ、ん、もう、げんか」
グレミオがダウンしているというのに、止める気配がないあたり人としてどうなんだろうか。
「あれ、皆ダウン? 情けないね。ね、オデッサ」
「本当ね。まあそろそろ次に行ってもいいとは思うわ」
「そだね、だいぶ色々溜まったし」
やっとルーレット終了宣言をしたシグールの足元は、シグールの自称完璧なコントロールという名の下、棍で無理矢理ちょうどいい位置に止めるために作られた傷でぼろぼろだった。
作った本人のジュッポが見たら泣くと思う。
「よいせ、っと。んじゃあ竜印香炉はルックが持っててねー」
「……あんたらに必要だとは思えないけどね」
すでに一ターン二百五十回復のシグールと、百五十回復のテッドはラスボス状態だ。
これはルックとかオデッサとかグレミオとか、まだかろうじて人間やってる人のためのものである。
いやオデッサが人なのかはちょっと怪しくなってきたんだけど、無補正のはずなのに強くないですかあの人。
「おっけーい、今行くぜキリンジ!」
ダッシュしたシグールは速攻でキリンジを持ち帰ったので、いい加減に疲れ果てていたルックは何も考えずに懐にしまってあったすり抜けの札を使った。
できる事ならこのまま帰って寝たい。
「眠いの? ルック」
「……そりゃあ眠いよ」
「じゃあクリンのお茶飲む? 即夢の中だよ」
「……それ、あれでしょ……ぬすっと茶でしょ……」
疲れているのに疲れる会話を強要してくる天魁星にぶつくさ呟きながら、一行は宿に戻……らない。
宿の前で止まったシグールは、血相を変えて駆けてくる男へ、たった今盗んできたばかりのキリンジを見せる。
「家宝のキリンジを盗み出したのはお前か、大人しく返せばよし、さもなければ……」
「それなんですけど、レパントさん」
「さん!?」
思わず突っ込んだ。シグールがレパントを継承付きで呼ぶ事なんて、今後ない。
「なんだね」
「マッシュの勧めであなたに会いにきました。でも、キリンジはお返しします」
「何? マッシュ殿が……。マッシュ殿の誘いならば、すぐにも力になりたいが……私には捨てられないものがあるのです。キリンジを置いてお帰り下さい」
「わかっています。刀は返します」
「え、いいのかシグール」
小声でテッドに囁かれて、いいんだよとシグールは頷く。
「僕が屋敷に入った目的はキリンジじゃなくてルーレットだし」
「違う、それは絶対に違う」
首を振りながら嘆いていたテッドと、笑顔のシグールを交互に見て不審な表情を浮かべていたレパントだったが、走ってきた男で全部ぶっ飛んだようだった。
「旦那様ーーっ!!」
「どうしたジョバンニ、そんなに慌てて」
お客様の中にカムパネルラ様はいらっしゃいませんかー。
そんな文句が頭を過ぎって、ルックは溜息を吐いた。だめだ、僕は疲れている。
「お、奥様が、奥様が……」
「アイリーンがどうしたというのだ」
「新任の軍政官に連れて行かれました。止めようとしたのですが……」
まあ止まらないだろうね、と内心相槌を打つ。そこで止まったらシグールの出番がない。
「なんだと!!」
走り出したレパントをシグールが無言で追いかけ、テッドたちもそれに続く。
「レパント様が……ど、ど、どうすれば……」
おろおろとしているカムパ、じゃなかったジョバンニを放置して、ルックもシグール達の後に続いた。
疲れてるけど、これは見る価値があるはずだ。
軍政官のいる屋敷を見上げた一同、というかテッドとグレミオは小さな声で呟いた。
「またアイツか」と。
アイツが誰なのかルックは聞いた覚えがあるけど忘れていたので、ひょいっと爪先立ちをして中を覗き込もうとする。
「何故私の妻を連れ去った。新任の軍政官とやらを出せ!」
「ごもっともな意見だな」
レパントの言葉に、ルックの隣のテッドがうむうむと頷く。
「クレイズ様は、約束がない方とはお会いしません」
「クレイズ……? クレイズ……クレイズ……クレ……?」
クリン、じゃない。クレオ、でもない。クインシーじゃないし……
「ああ、竜騎士洞にいたあいつか」
「それはたぶんクロイツだよルック」
シグールにツッコミを受けて、じゃあ知らないねと肩を竦めた。
そんな事をしている間に、レパントは屋敷の奥に殴りこんでしまったらしい。
ところでシグールが凄くいい笑顔なのはなんでだろう。
「グレミオ」
「はい」
「スコップ持ってきたよね」
「はぁ……こちらに」
どうぞ、と渡されたスコップを持って、シグールはくるんと振り返る。
「テッド、穴ここに掘っておいてもらえる?」
「……お前はスコップが好きだな」
呆れた顔したテッドに、「うん!」ときらめく笑顔で答えて、シグールはルックの手を掴むと、ぐんぐんと屋敷の奥へと入っていく。
「ちょっと、なにするのさ」
「思えばパーンが戻ってきた時、僕らは強くなりすぎていたよ」
「それはいつの思い出話?」
嫌な顔をして尋ねたルックをスルーし、一同は兵士をちぎっては投げちぎっては投げ状態のレパントの所まで辿り着く。
「この数ではさすがの私も骨が折れそうだな」
「助太刀するよ」
ヒュウンとシグールの棍の先が唸り、たのんだぞとレパントがキリンジを握り締める。
二人の攻撃力はかなりのものだったので、ルックは竜印香炉を時々かざすだけで特に他の仕事はない。
精々周辺の宝箱を見落としていないかチェックするだけだった。
「クレイズはどこだ」
「あっちの階段だよ」
自信たっぷりに二階へ行こうとしたシグールに、なんで分かるんですかとグレミオが問う。
それに答えたのは、すでに階段を上っているシグールではなくて、彼の後を追いかけていたオデッサだった。
「決まってるじゃない、バカとなんとかは高いところが好きでしょ?」
「そうでした」
温厚なグレミオがそんなに怒るクレイズって一体何者なんだろうか。
ルックはぐるぐるする記憶を引っ張って、照らし合わせる。
階段を駆け上がった先にあった部屋には――もちろんお約束にクレイズがアイリーンと共にいた。
たぶんこれがクレイズだろう、不景気そうな顔をしている。
「またしてもお前か、シグール。お前のせいで私はこんな田舎に追いやられたのだぞ」
苦々しげな顔で言っても、坊ちゃんには通じないだろう。
「知るか」
鼻で笑われて、クレイズは肩を震わせる。
「私の出世の邪魔をしおって」
「元々その器じゃなかっただけでしょ」
「その上、その上今度は、私の楽しみの邪魔か」
怒りに震えるクレイズの前で、シグールは呆れた顔でばっさり言い捨てた。
「はぁ? 所詮CERO―Bのゲームで何楽しもうっての?」
「な……」
「いい? そもそも幻水がBになってるのは、血が出たり人間同士の戦いがあるからだよ。そんなに楽しみたかったら、とっととDとかZに行けよ」
「い、いや、私は……く、くそっ、そこまでだ! それ以上近寄るな!!」
クレイズは身を翻すと、傍らにいたアイリーンを盾にする。
「つくづく、どうしようもない男だね」
「アイリーン!」
「あなた!」
肩を竦めたシグールの傍らで夫婦が叫びあっている。
さて、シグールはこの状況をどうするつもりなのだろうか。
というか以前はどうしたのだろうか。
「私も美しい女性は傷つけたくはないですからね」
三流悪役の定番台詞を述べたクレイズの言葉に、グレミオが歯噛みする。
「なんて奴だ、腐りきっていますね。こんな奴の命令を聞いていたかと思うと……」
「なんとでも言うがいいよ」
にたり、と笑ったクレイズに向かって、シグールは棍を振り上げ、投げようと……。
「私は自分の身がかわ……グウッ!?」
する前に、クレイズの手の平を矢が貫いていた。
あまりの痛みに彼は絶叫し、投げ出されたアイリーンはレパントに受け止められる。
「こんにちはそしてさようなら」
「オデッサ、殺っちゃダメだよ」
棍でクレイズに追加攻撃をいれて「へぶうっ!?」とか言わせていたシグールは、床に打ち伏した悪党を爪先で蹴る。
「こんなんでも、一応僕の元上司サマだし」
「私、こういう勘違いゲス野郎は許せないの」
そう言いながらオデッサは冷静に二本目の矢を番えている。
今度のは確実に脳天にあたるのだろう。
「大丈夫、許せないのは僕も同じだよ」
ひらりと手を振ってそれをとどめたシグールは、レパントとグレミオを呼び寄せ、動かないクレイズを引っ張りあげて。
部屋の窓を開けて、そこから――
「えい」
下に向かって、落とした。
「テッドー、穴掘れたー?」
窓から外を覗くと、クレイズが落ちた真横にテッドが穴を掘り終えている。
「掘れてるぜ」
「じゃあそれ、埋めてv」
「了解」
うんしょ、とテッドが掘った穴にクレイズを押し込めば、作業はほぼ終了だ。
土をかけて完成したのは、首だけ土の上に出たクレイズだった。
「うぅ……たすけ……うぅうう」
まだ意識が朦朧としているのか、呻いているクレイズは放置して、一同はアイリーンも仲間に加え、さっさかと本距離へと引き上げた。
クレイズ? 知らない。
***
「地方の小悪党」という言葉がとても似合う男クレイズ。
……彼の処遇をどうしようとENDに影響がないあたりが考えさせられるところです。
ちなみにCEROはZがR18なだけで、あとは推奨年齢なだけらしいです。