一通り周囲の帝国兵を蹴散らして(詳細は健全な精神を育むために省略)シグールとテッドとルックは結果論的な死屍累々のど真ん中に立っていた。
レナンカンプの建物が無事なのは奇跡と言ってもいい。

「……お前は軍を作る必要性があるのか?」
「あるでしょ、現にルックはレベル十二で加入だったし、低すぎたね」
「ま、僕が本気を出せばこんなもんだね」
どこがそんな低いレベル? と言いたい戦いを見せたルックは、さすが三年後の統一戦争でえげつない魔法攻撃を見せただけはある。魔力だけなら神クラスだ。
別のゲームだったら「クラス・精霊」とかになっていそうだ、防御の紙具合を合わせても。


「にしても、ここはとりあえずいいとして……どうやってクワバの城塞を抜けるんだ?」
「前は偽名を名乗って堂々と抜けたけどね」
「……この時期にレナンカンプから抜けてくる少年三人ってめちゃくちゃ怪しいけどな」
「図々しく自分を少年カウントしないでね三百歳」
「……」
ルックは呆然としたテッドにくすっと笑って、それは無理なんじゃにの、と同じ意見を述べた。
同じ意見を述べるならあそこでテッドを貶した意味は一体。

「そもそも手配されてるのはシグールじゃない?」
「「あ」」
「………………バカだね、よくわかった」
はあ、と溜息を吐いたルックは二人を睨んで先手を打つ。

「言っておくけど、僕は一度行ったところじゃないと飛べない上に、今回の記憶はゲーム開始時からになってるから、セイカには飛べないよ」
それは予想外だったのか、シグールが眉を顰める。
そんな顔をしても無理なものは無理だよとにべなく跳ね除けたルックの顔をじーっと見て、首を傾げた。

「だいたいの位置でいいからさ。カンでいけない?」
「……………………それ、は」
「お願い、ルック」
「…………………………ああくそっ、だから宿星ってヤなんだよ!! 逆らえやしない!!」
ガン、と苛立ちをこめて蹴り出されたルックの足が、テッドの脛にクリティカルヒット!
「うがっ」
顔面から地面に突っ伏したテッドは、口の中に入った土を吐き出しながら舌打ちして二人を見上げる。
なんだこのとばっちり。

「行くよヒモ!!」
「て、テメッ、苛立ち紛れに人を蹴り倒しておいて言うコトはそれか!?」
「ありがとールック、だーいすきぃv」
「うるさい!!」
どれだけ僕をこき使えばアンタは気が済むんだ! と絶叫したルックの魔法で転移しながら、どれだけ俺はとばっちりを受けたら幸せな平穏を手に入れられるんだろう、とテッドは黄昏ていた。
間違いない、これならウィンディに捕まった方がずっとずっと楽で幸せだ。















ルックの転移(本当に便利な子だ)でセイカにあっさりぽんと降り立ったテッドとルックは周囲をきょろきょろと見まわす不審者だったが、シグールだけは迷わずすたすたと村の奥へと歩いていく。
「ちょっと待てよシグール」
「ああ、マッシュに会うのか」
テッドと違って後を追おうとはしないルックがのんびり歩きながら言い、テッドは振り返った。

「マッシュってあの?」
「そ、ポテトじゃないほう」
「いや、マッシュポテトに知り合いはいねぇから」
そんなどうでもいい会話を交わしながら近づいていくと、石段の下に座っている壮年の男性に向かってまっすぐ歩いていくシグールの後姿が見える。
なるほど、どうやら彼がマッシュのようだ。

「マッシュさんの家はどこですか?」
かと思ったらシグールは思いっきり他人の顔で男に家を尋ねる。
おかしい、家の場所もシグールなら知っているはずなのだが……?
「あれマッシュだよな」
「間違いないよ」
僕は軍師になった後の彼しか知らないから、ここでのやり取りは知らないけどね、と返したルックと一緒にもう少し近づくと――
「そこの石段を上がった家が、そうですよ」
男は涼しい顔で自分の座っている石段を指したが、シグールは段を上る素振りは見せず、ものすっごくイイ笑顔になった。
どのくらいかと言うと、ルックが立ち止まるのみならず、一歩引いたくらいだ。

「オーケイ、マッシュ。しらばっくれても会話コマンドに名前出てるからね」
「おや、そうですか。それで何用でしょう」
「オデッサに言われて。このイヤリングを渡してくれとも」
「オデッサは……死んだのですか?」
それにはシグールは答えず、イヤリングを渡そうとしたが、マッシュは拒んだ。
「馬鹿な娘です。いつかはこんなことになると思っていまし」
「いいから受け取って」
「いいえ」
きっぱり首を横に振り、マッシュは立ち上がると石段を上がっていく。
やれやれと首を振っているシグールに、テッドとルックはようやく追いついた。

「ここで待ってればいいよ、おばちゃーん、林檎三つ!」
近くにいた野菜売りのおばちゃんから林檎を三つ買ったシグールは、一つをテッドに、もう一つをルックに投げて、自分もしゃくりと赤い実を齧る。
「待ってればいいって」
「のんびり散策して待ってれば……イテッ」
ドン、とシグールに当身を食らわさんばかりの勢いで横を数人の男達が歩いていった。
ぶつかられた勢いで、シグールの手からまだ数口しか齧っていない林檎が落ちて、地面を転がる。

「僕の林檎……」
ぽつりと呟いたシグールは、無表情で振り返ると腕をまくる。
「林檎の恨み……この序盤での貴重な贅沢の恨み……晴らしてやるよ……ククククク」
「シッ、シグール、俺の林檎やるから!」
ダークなオーラを放ちだしたシグールを慌てて止めたテッドだが、代わりの林檎ではシグールは静まらない。
「大人げない」
呟いてシャクっと林檎を噛んだルックの神経が本気で羨ましくなった。
お前一瞬でいいから俺と立ち位置を替わってくれ。

「放してテッド、林檎の恨みを示してやらなくちゃ!」
「なにか違うだろ! てかあいつら帝国兵だ! せっかく城塞抜けたのにそんなんじゃ……ん……?」
右手に棍スタンバイな坊ちゃんは、止めていたはずのテッドを引きずって先ほどの石段まで来ていた。

待って、まさかこのまま殴りこみ?
こっちにかなりの正義がないと大変なことになるんじゃないか?

「なにをするんです。その子を、どうする気ですか」
上の方からマッシュの声が聞こえて、テッドはシグールを引き止めていた手を緩める。
そういえば聞いたか読んだかしたな。

「マッシュ=シルバーバーグ、あんたには帝国軍に戻ってもらう」
帝国兵の横柄な声を聞きながら、シグールはゆっくりと石段を上がっていく。

「断わる! 私は、もう争いごとに関わりたくはないのだ」

トランの英雄は。
「無理矢理にでも、あんたを連れていく」

その軍師、マッシュ=シルバーバーグに出会った時、

「何度言われても、私は帝国に戻る気はない」

子供を盾に無体を働こうとした帝国兵を、

「あんまりわからずやを言ってると、この子がどうなっても」

仲間と共に華麗に、

「せんせい、助けてよ! せんせーーー!!」

「そ、その手を放――」


「くらえ林檎の痛み!!」


ガショッ



響いたのがおよそ棍では出ない音だったのは、帝国兵が鎧を着ていたからだろう。
「なんだ、お前らは!?」
先制攻撃を喰らった帝国兵が狼狽した声を出した瞬間、シグールは二発、三発目を叩き込んだ。
助けに入ろうかとテッドやルックが思う前に、舞踏の様に戦ったシグールの足元には屍の山が……いやまだ死んでないか、一応。

きゅうという声を出して全員気絶した帝国兵を爪先で蹴ってから、シグールはマッシュに向き直る。
「なんてことを、あなた達は……子供達の前で、こんなころし」
「殺してないから!」
マッシュの言葉にかぶせて、シグールは続けざまに言う。
「あなたは力を持っている、それを使わずに見過ごすの? 助けられる人がたくさんいるのに、見過ごすの? オデッサはあなたならきっと力になってくれると言ったよ」
「……私の選択は、間違いだったようですね」
「うん、だからこれ」
シグールが差し出したイヤリングを見て、マッシュは首を横に振った。
「そのイヤリングはあなたが持っていてください」
「あれ?」
「オデッサは、本当はこのイヤリングをあなたに託したかったんだと思います」
「あれれ?」
「私は軍師としての才は持っていますが、解放軍を、人々を率いる才能は……」

朗々と続くマッシュの言葉と、さりげなくさくっとリーダーをシグールに押し付ける様子を見ながら、テッドとルックは端っこの方でこそこそ密談をしていた。

「なあ、自分で「才がある」とか言っちゃうマッシュはどうなんだ」
「実際、歴代軍師の中でも優秀だとは思うけどね。ああ、シグールが珍しく困ってるよ……イヤリングのこと忘れてたんじゃない?」
「たぶんな。さすがに二百年前だし、細部は忘れててもしょーがねーだろ」
「アイテムの相場とかは覚えてそうだけどね。実際変なとこはしっかり記憶してるし」
「そうだな……」
「ところでオデッサが死んだことになってるんだけど。誤解、解かなくていいの」
「……言ってやるな」
シグールはオデッサからイヤリングを預かってきただけで、オデッサが死んだなんて一度も言っていないのだが、マッシュはオデッサは死んだものと思っているようだ。
これは兄妹の再会シーンが楽しみだ。

そうこうしている間に、あっさりと解放軍リーダーのシグール=マクドール様が誕生してしまった。
二百年後を知っているから思うのかもしれないが、マッシュ、その選択は本当に正しかったのか胸に手を当ててもう一度考えてほしい。

テッドがそう思いながら黄昏ている間に、なにやら話がついたのかシグールとマッシュが握手している。
どうしたんだろうと思いながら振り返ると、ぐっと親指を立てられ、ルックがいきなり青ざめた。
「いざ行かん、トラン城へ!!」
「僕は石版をとって」
「それはレックナート様に任せといてね☆ ようっし、いっくよーぅ♪」
おー♪ と元気に拳を上げたのはシグールだけで、テッドとルックは顔を見合わせてげんなりした表情をするしかなかった。
どれだけ戦えば今日は寝れるんですか。















「そろそろ宿屋に泊まりたいなーとか」
「テッドは吸収しまくってお肌ぴちぴちでしょ」
「僕は魔力が尽きたら意味がな」
「まだ六割は残ってるでしょ、それで十分」
「ほ、ほら俺はお年寄りだから」
「肉体年齢せいぜい十六歳じゃん」
「僕は体力がへって」
「はいおくすり」
「「…………」」
打つ手がなくなったテッドとルックは、ぐったりとしながらシグールに連れられてセイカを出て、カクへと向かった。
今頃のんびりしてるかもしれないフリックをぶん殴りたい。

「あ、ちょっと待って。ルック、紋章つけてきて」
「え? なんでさ」
「はい、烈火」
「………………ちょっと待ってねシグール、なんで今この時期に烈火の紋章球を持ってるの?」
「オデッサがくれた」
「溜め込んでるね!」
ころんと渡されたそれを手にしたルックは、溜息を吐いてぶつぶつ唱えながら自分の手の甲を擦る。
「あれ、ルック付け替えできるの?」
「できるもなにも、して見せたことあるじゃないか」
「今できるの?」
「…………」

外から見ていても物凄く分かりやすい「しまった」の表情をルックは作った。
ぱあっと明るい笑顔になったシグールは、「いやったぁー! お金が浮くー♪」と踊りまわっている。
「…………ドンマイ」
「ちっ、ちくしょうっ……」
暗い顔のテッドに肩を叩かれ半泣きになったルックだったが、紋章はきちんと付け替えたようだ。

「んじゃ、カクに行っきまっしょー☆」
ひゃっほーいと踊っていたままのテンションで歩き出したシグールに、完全に便利屋パシリ認定されたルックが、意外にも最後の抵抗をした。

「宿屋にシーナがいるじゃないか!」
苦し紛れに放ったルックの一言に、シグールは首を横に振った。
「だめ、あのどら息子はレパント仲間にしてから」
「「…………」」
決めた、シーナをぶん殴ろう。
ルックがそう心に誓った確立は……相当高い。










なお、トラン湖中央に立っていた廃墟のてっぺんにいたゾンビドラゴンは、シグール、テッド、ルック、グレミオ、オデッサという訳の分からないメンバーに瞬殺された事を付け加えておく。
パーティの半分がいないはずのメンバーなんて、このゾンビドラゴンは本当に幸せではないだろうか。












***
好き勝手やってる序盤の最後らへん。
まだこれで序盤。無駄にはいよるねんえきを撲殺しているからです。