虎狼山にいたケスラーとルドンという二人は、シグールが姿を見るなり棍で叩きのめし始めたので、テッドとルックも適当に便乗した。
その日はシグールに言われるがままに山小屋に宿泊したのだが、寝こけていたのでテッドはここで実際何があったのかを知らない。
「さてテッド」
「なんだシグール」
テッドが寝ている間に設計図を渡す用事は済んだらしく、朝早くシグールに叩き起こされて後はもう山を下るだけな状態になっていたテッドとルックに向かって、我らが坊ちゃんは笑顔で言い放った。
「帰る前に軽くはいよるねんえきを狩ろうか」
「まだするんか!!」
思い出す恐怖の日々(特にはいよるねんえきにとって)。
カケラ一つで体力が五回復という特性を持っている水の紋章片を持ってしまった悲劇、としかいえない。
本気でドンマイ、あと自分も。
「はいよるねんえき?」
「そ、僕とテッドの分は十分なんだけど、他のメンバーの分もゲットしないとね」
「そう……」
「ラスボス面子のビクフリ以外にはくっつけるんだ〜♪」
「まあ、それでいいならいいけどね」
あ、それでいいんだ。
意外とシグールに甘いルックに呆れながら、テッドは一撃で目の前にいるはいよるねんえきを倒した返す手で、近寄っていたマイマイを蹴り倒す。
「テッド二回攻撃! カッコイイ!」
「うるせぇ」
こんな事ができるようになった事が悲しい。悲しすぎる。
ひたすらにはいよるねんえきを狩りまくって(時間感覚は途中で麻痺した)、ルックの転移でレナンカンプに戻ると、シグールは地下にあるアジトの入口までダッシュした。
着いた瞬間、シグールは地下にあるアジトの入口までダッシュする。
微妙な違和感を覚えて周囲を見回すと、出発する時にはいた解放軍の面子がいない。
あれ、これってもしかして。
「テッド、テッドも!」
「お、おう」
いきなり名前を呼ばれ、テッドは慌てて片手に持っていた弓をルックの手に押し付けてダッシュした。
階段を下りていくと、目の前に赤髪が翻った。
「大方避難したわ! でもまだ奥に子供が――」
「やっぱり帝国軍が攻めてきたか。てゆーか、僕がレナンカンプに入ったら自動で発生するんだなぁ……ま、いいや。テッド、子供助けてきて」
「え、なんで俺――」
「いいからよろしく」
疑問を発する間もなく思いきりシグールに背中を蹴られて、テッドは転びかけながらアジトの奥へと走っていく。
確かに奥から子供の泣き声がするのだが……。
なんでここにいるんだ子供!
とっとと避難させとけ!!
「反乱分子だ!」
「捕まえろ!」
「うぉいマジか!!」
さっと暗がりから突き出された剣をかわして、テッドは最奥へと辿り着く。
隅で震えている子供を見つけて、ほっと表情を緩ませた。
「怖かったな、もうちょっとの辛抱だからな」
「う、うん……」
溜息をついて子供を背にかばう。
地下ではあまりやりたくないが、テッドの腕前なら矢を放っても大丈夫だろう。
背中にある矢筒から矢を取り出し、弓に番え……
「……………………………………あれ?」
………………弓置いてきた!!
「構わん、殺せ!!」
「!?」
子供の前に立っていたテッドは、鋭い一撃をなんとか左手で受け止める。
めき、と嫌な音がしたので、これは骨にもひびが入ったようだ。
肉を切らせて骨までひび入れさせてどうすんだ。
「お、おにいちゃ……」
怯える子供の声に振り向いて、大丈夫と微笑んだ。
「兄ちゃんは五百年生きてるからなー」
「くらえっ!!」
もう一撃、駄目になった左腕で受ける。
血飛沫が地下通路の床に飛び散った。
これは服を変えないとな、と場違いな事を考えながら、テッドは歯で右手の手袋を取り去った。
「まったく、イタイケな子供相手に大人げねぇぞ」
右手に魔力をこめた瞬間、完全に死角だった斜め後ろから鋭い一撃がテッドの胴体に突き刺さった。
「ぐっ……ちく、しょ、シグールの奴……」
これじゃあ「あの」オデッサが死ぬわけだ。
だからって俺を送り込むか、親友様をなんだと思ってるんだ。
ゴボリと音を立てて口から血を吐き出したテッドは、死にかけているにも関わらず、にたりと笑った。
その笑みに一瞬帝国兵達が怯む。
「帝国兵さんや、相手が悪かったな。めい……」
ふ、と呟こうとしたテッドの唇がその形のまま固まる。
「死の指先だろ普通!!」
シグールがぶん投げた棍は帝国兵を昏倒させ、勢いを殺さぬままにテッドに命中した。
弱り目に祟り目とはまさにこの事だ。
声も出ない状態のテッドの前で、オデッサが放った矢により残りの帝国兵達はあっさりと倒される。
「冥府だしたら後ろの子供まで喰っちゃうでしょ! なに考えてるのさ!」
「て、め……おぼえ、てろ……」
「シグール、ここは任せるわね」
「はぁーい、グレミオをよろしく。カクで合流しようね」
「な、に……?」
子供を抱き上げたオデッサはさっさとアジトを出て行ってしまい、それを見送ったシグールは倒れている帝国兵の一人を顎で指す。
「そいつまだ生きてるから吸っとけば?」
「いわ、れなくて、も……」
ソウルイーターが発動し、すうっとテッドの大きな傷が癒える。
「で、なんなんだ……これは」
「え、オデッサ達が無事にクワバの城塞を通りきるまで帝国軍の足止め☆」
「☆マークつけることか!? さすがに二人だけじゃ……」
「大丈夫僕もいるからね」
しゅん、という音と共にテッドの隣に現れたルックが手を翳すと、あっという間にテッドの傷が癒えた。
ルックも最近は本当に便利屋だ。
「なんで俺達がそんなこと」
「これからしばらく自粛しなきゃいけないから、今のうちにたっぷり暴れておこうよ」
それはトランの英雄の言い草なのだろうか。
今から薙ぎ倒すのもトランの民なのでは……?
「紋章解放しなきゃ、なにしてもいいんだよね?」
「モチ。僕も好きにするし」
「……これが英雄サマの言葉だと思うとマジで涙が出るぜ……」
呟いたテッドは、よいこらせっと声をあげて立ち上がる。
血まみれだが傷は癒えたし、まあ動けそうだ。
「テッド、ジジ臭ーい」
「しょうがないよ、リアルジジイだし」
「お前らだって二百歳だろうが!」
「この時代では僕はぴっちぴちの十六歳でーす」
「右に同じく十四歳だけど?」
「…………」
物凄く理不尽な言い草を聞いた気がするんですけど、気のせいですか?
「ほらもう来た。やっぱ地下じゃ不利じゃない?」
「じゃあ僕を斬り込み隊長にして表に出るってことで」
「できればレナンカンプの外まで行きたいね、最大出力の切裂きしたいから」
「大規模森林伐採する気?」
「どうせあの辺はマクドール家の敷地だろ」
「まあそうだけど、この情勢じゃ切り倒した木を回収できないからそのまま朽ちちゃうんじゃないかなぁ」
もったいないなぁ、とぶつくさ呟いたシグールは、テッドにぶん投げた棍を拾ってくるりと回した。
「オッケー、殴りこもうか」
「殴りこんでくるのは向こうだけどな」
「テッド、瀕死でも突っ込めるなんてさすがだよ」
惚れ惚れとした視線を向けられて、うるせえとテッドは顔を顰めた。瀕死に追いやったのは誰だ。
***
華麗にアジト放棄。