何度目か忘れたけどやってきましたレナンカンプ。
シグール達が宿屋に入っていけば、すでにそこには見知った人がいた。
「あれ、早かったねルック。もっとゆっくり来ると思ってたよー?」
笑顔で言ってみると、一人でカップを傾けていたルックはにたりとした顔で見上げてきた。
「ここで青い奴に会えるって気付いたんだよ」
「なるほどルック、わかってる」
ここは青い彼に会える最初の地点だ。
もちろんシグールも、どうやって第一声から弄るかを真剣に考えていた。

「塔から持ち出した物のほとんどは古い武器とか防具だね。本拠地が手に入ったら渡してあげるから潰して使っていいよ」
「ありがとうルック!!」
「そのかわり、ここの宿代よろしく」
「まかせて!」
それくらいは解放軍に持たせ……いや、青雷の小遣いから出させよう。
解放軍の資金は滅多な事で削りたくはない。
最終的に解放軍の資金はシグール自身の資金である。

「ところであいつは?」
「すぐ来ると思うよ」
「……呆れた、日程指定で待ち合わせてたわけ」
うん、と頷くとテッドがガタリとコケた音がした。
振り返らなくてもわかったので振り返らなかったけど。

「やあ大人気ない五百歳」
「てめえ……あの時はよくも俺を攻撃してくれたな!」
「あんなの挨拶だよ五百歳。落とされる方が悪いんだよ五百歳」
「連呼すんな!」

漫才を始めた二人がぎゃあぎゃあうるさかったせいなのか、ひょこっと宿屋の奥から赤毛の彼女が顔を出した。
やあと片手を振る挨拶を交わして、互いに歩み寄る。

「こんにちはシグール」
「こんにちはオデッサ」
その後ろに歩み出た上から下まで真っ青な男に、シグールの目が輝いた。

「紹介するわ、解放軍の副リーダーをしてくれているフリックよ」
「おいオデッサ、なんだこいつ」
「「やぁブルーサンダーボルト!!」」
奇しくもシグールとルックとテッドの声が重なった。

「常に青春してる男!」
「剣の名前がオデッサ!」
「村に帰れない修行中!」
「髪のブリーチが明らかに失敗してる!」
「クールに振舞っても笑いを誘う!」
「風船で飛ばされるのは不運じゃなくて特技です!」
言いたい放題言い切った三人は、爽やかな笑顔でフリックに向かって親指を立てた。

「「強く生きろよ!」」
「なんだお前らは!」
温厚かもしれないフリックが怒鳴ったのはもちろん当然だろう。
ただグレミオは唖然としているだけだし、オデッサは腹を抱えて蹲って震えて(笑って)いる。
誰も止めてはくれない。

「というわけでグレミオ、僕は解放軍に加わるよ」
「……え、ぼ、坊ちゃん。これは反乱軍では……」
会話から置いていかれていたグレミオは、シグールの一言に狼狽する。
そりゃそうだ、今まで近衛隊として動いていたのに、いきなり反旗を翻すのだから。
しかも別に理由もなく。

「……グレミオ、僕は帝国の現状をこの目で見て思ったんだ。このままじゃないけないって。だから僕は解放軍に入るって決めたんだ。……グレミオにはわかってほしい」
「坊ちゃん……わかりました。このグレミオ、坊ちゃんにどこまでもついていきます」
真面目な顔で言ってくれたグレミオには悪いのだけど。

「……あれ、説得って呼べるものじゃないよね」
「グレミオさんはシグール命だからなぁ……」
「なにか見たの、そもそも」
「……近衛兵をフルボッコにする光景なら」
「だめじゃん」
背後の会話の方がずっと正しい。たぶん。

グレミオの説得をしている間に、ひとしきり笑ったオデッサはなんとか落ち着いたらしく、後ろに控えていた他のメンバーを紹介してくれた。
「あとこちらがハンフリー、そしてサンチェスよ」
「あ、これルックね。僕の知り合い」
「気が向いたら助っ人してあげるよ」
「…………」
「よろしくお願いします」
グレーの髪を緩やかに撫で付けている男をじっと見たシグールとルックは、頷きながら視線をすうっと横に滑らせる。
「ほほうサンチェス」
「なるほどサンチェス」
「お前ら言いたいことがあったら言え」
以前彼の名前を偽名として使用した(上に反乱軍を立ててツブした)前科があるテッドが頬をひくつかせているが、その名前を選んだのはテッドなので間違いなく自業自得でしかないと思う。
唆したのはシグールだが。


「そういえばフリック」
「お前に指図されるいわれはないぞ」
すぐに跳ね返ってきた返事にシグールはご機嫌に目を細めた。
こんなツンツンなフリックにもう一度会える日が来るなんて、思っていなかった。
よし、あの感動の再会は思いっきり遊んであげようそうしよう。

「じゃあオデッサ、君の後ろにいる青くさい男に、ロックランドに捕まってる山賊二名を助けてこいって命令してくれる? あと僕に敬意を払えって」
「わかったわシグール。聞いてたわねフリック」
「オ、オデッサ!?」
あっさりと承諾して笑顔で振り返ったオデッサを、信じられないという面持ちで見ていたフリックだったが、彼の意見が通った事があっただろうか、いや知らない。
「だってバルカスとシドニアが干物になっちゃうからさ。ビクトールとクレオとパーンが先に行ってるはずだから、会ったら合流してね」
「ちょ、お前なんでビクトールを知って……」
「オデッサ、僕らは他にすることがあるんでしょ?」
「ええそうね」
頷いてオデッサはバシッと机の上に置いてあった紙を広げる。
「火炎槍の設計図を届けないとね」
「ちょ、オデッサそれは俺が……」
なんだかこんな光景をトランやデュナンで何度も見た覚えがあるんだけが、彼は昔からというか僕が出会う前からこんな役回りだったのか……。
なんとなく感慨深い思いに浸りながら、シグールは「オッケーイ」と元気よく返事をして、オデッサから設計図を受け取った。

「オデッサ、そいつらは帝国のスパイかもしれな」
「フリック、この私の決定に異を唱えるつもり?」
笑顔で振り返ったオデッサにフリックは固まる。
「い、いや、そんなわけじゃ……」
「じゃあなあに?」
「いやその、そいつらがスパイじゃないって保証は」
「私が保証するわ、足りない?」
「た、足りないっていうか……そういう意味じゃ」
「大丈夫よフリック、それ以上ぐだぐだ抜かすなら私が直々に殴って目を覚ましてあげるけど?」
「…………」
黙ってしまったフリックに、そろそろリーダーとしての自覚を持ってほしいわねとか勝手な事を言いながら、オデッサはマントを翻した。

「グレミオは残ってアジトの整理をお願いしたいのだけど。ダメかしら」
「ダ、ダメです! 私には坊ちゃんをお守りするという使命が……」
食い下がるグレミオを見ていたオデッサは、ちらっと視線をシグールに送る。それを受けたシグールは、「お願いモード」に入って、グレミオの顔を下から覗き込んだ。
「グレミオ、おねがーい」
「いえ、このグレミオ坊ちゃんを」
「グレミオ、お願いだよ。僕らはそれぞれができることをしなくちゃ。ね?」
「そうだよグレミオさん、これからは今まで以上にシグールを守らなきゃいけないわけだしさ」
「…………」
テッドの口添えもあり、グレミオは渋々引き下がった。
これはしないんですよ、とかあれには気をつけるんですよ、とか布団はちゃんと被って……とか、こまごまとした注意を聞いてから、三人はレナンカンプを出立した。
ちなみにずっと背負ってきたスコップはグレミオに押し付けてきた。おかげで背中が軽い。



「ふう……この頃はあれがまだ効くんだよね」
「……あんなあからさまなもの、五年も使い倒したらそりゃ効かねーよ」
「エヘ☆」








***
フリックは年齢と共に青さが減っていくと思われます。