てくてくてく。
てくてくてくてく。
「いいかぁ、貴族だろうがなんだろうが所詮駆け出しの」
列の最後尾を歩きながらぐだぐだと大声で話しているのは、もちろんカナンだ。
シグールとテッドは彼がついてくることなど完全に忘れていた、わけでもない。
忘れていないから、シグールはわざわざスコップを途中で買ったのだ。
それにしても全員のイライラヴォルテージを最高潮まであげられるというのは、ある意味才能な気がする。

すごいぞカナン!
さすがだカナン!!
……あ、ちょっと落ち着いた。


「なあシグール、撒かないか」
舌打ちと共に笑顔で言ったテッドに、シグールは苦笑した。
「ダメだよ、言いつけられるだけだよ」
「首をきゅうっと絞めれば黙るんじゃねーかな」
「別の理由で帝国に追われるでしょ」

思えばカナンのせいでテッドがソウルイーターを使ったとウィンディにバレたわけで。
そのせいでテッドが囚われてあんな事になったわけで。
……半分くらいは奴のせいな気がしてきた。

ちなみに残りの幾許かの要因であるパーンは、ご存知のように屋敷に置いてきた。
彼を上手く扱う方がめんど……彼の身の安全のためである。
屋敷を賊から守るという重要な仕事だし。


「なあシグール、なんなら俺の養分にしても」
「テッド、殺気が出てる殺気が」
わきりと右手を動かしながら言うテッドの目が完璧に据わっている。
相当ストレス溜まってるんだろうなぁとシグールは思っているが、ストレスの半分ぐらいは昨晩までの自分の行為だとは全く思っていない。

「きゅうっと絞めるのは賛成ですけどね」
クレオが背後でぼそりと呟いて、シグールは天使の笑顔を作って振り返った。
「だめだよクレオ」
「……坊ちゃんはいいんですか?」
「僕が頼りないから、カナン様の手を煩わせることになったんだもん。申し訳ありません、カナン様」
足を止めて深々と頭を下げると、カナンは満更でもなさそうな表情になった。
同時にあの耳障りなトークも止まる。こうすればよかったんだよ、当時の僕。

「まあ、礼儀もわかってきたようだな」
「それもカナン様のおかげです。持つべきものは優秀な先輩ですね」
歯の浮くというか、もはや本音とかけ離れすぎていて逆に言いやすい世辞である。
世辞というより真っ赤な嘘だが、カナンは鼻の穴を膨らませて上機嫌だ。
扱いやすくて涙が出そうだ。

「坊ちゃん、こんな奴を褒めて付け上がらせなくても」
「いいんだよグレミオ。使えるものは使うさ……それに」
にたりと笑ったシグールは、鼻歌を歌いながら歩きを再開する。
ひょいっと横に並んだテッドもにたりと笑っていたので、シグールの企みはテッドにも伝わっているようだ。

「やっぱわかる?」
「俺はお前の二百年来の親友様だぜ?」
楽しそうに視線を交わして、シグールは背中のスコップを握ると、くるりと振り返った。
同時にテッドがパンッと地面を蹴って列の後ろへと回りこむ。

「モンスターです! 下がって!」
「え、どこですか!?」
「坊ちゃんも下がって! 私が前に……」
「ひ、ひぃ〜! 私を守るんだ!!」
三者三様の反応を見せたお付とカナンの後ろにテッドが回りこんだのを確認して、シグールは鋭い声で、グレミオとクレオを下げる。

「うぉりゃぁああああっ!!!」

全力でスコップを振り……カナンの腹に思いっきり命中させた。
「ぼ……坊ちゃん!?」
狼狽した声をグレミオがあげるのとほぼ同時に、テッドの回し蹴りがカナンの足を払う。

「食らえ!!」
そして更に背中に踵落とし。
「ぼ……坊ちゃん……?」
唖然としたクレオに親指を立てた。

「好きにやっちゃっていいよ」
「ちょ、坊ちゃん!?」
「ああ、いいです……ねっ!!」
真青になったグレミオとは対照的に、クレオは平然とした顔ですでに気絶しているカナンの足を蹴っ飛ばす。

「これぐらいじゃ足りねぇもんなっ!」
テッドはのびたカナンの顎も蹴り上げていた。
いやそれはちょっと死ぬんじゃないだろうか。

「ぼ……坊ちゃん、こ、こんなことをしては」
「穴を掘って埋めれば僕は無罪だよ」
「………………なるほど!」
いやそこで同意しちゃうのはどうだろうかグレミオ。

心の中でツッコミを入れつつ、世界<シグールの公式に微笑んで、シグールはカナンを埋めるための深い深い穴を掘り始めた。
このためのスコップだ。

カナンの命? 
問題ない。
だって彼の役割はウィンディにテッドが紋章を持っている事を知らせるだけで、それは別の人がやればいい。















深い穴にカナンを落とした後(思いのほか広めの穴を掘る羽目になったので時間がかかったが)シグール一行は目的地まで来ていた。
対クイーンアントである。

「ぼ、坊ちゃんこいつは」
グレミオとクレオが得体の知れない敵から子供達を守ろうとしているのだと思うけど、シグールとテッドは対決済みだ。
仕様なのでこいつは倒す事はできない。

あの時はテッドがソウルイーターを使った。
今回もそれを使わなければ倒せないだろう。システムってめんどい。



「テッド、僕が殺りたいんだけどいいかな」
「おいおい俺の最大の見せ場を奪うつもりか?」
「テッドの最大の見せ場は、隠された紋章の村で小さい頃のオネショ癖の披露だから安心して」
「ちょっと待て。なかった過去を捏造するな。だいたいお前、ソウルイーター使えるのか?」
眉を寄せたテッドに、シグールは真面目な顔で頷いた。

「使える気しかしない」

「……いやでも、最初のレベルアップは俺から継承した後なわけで」
「やってみなきゃわかんないだろ!」
「それ違う作品の天魁星の決めゼリフだから!」
とにかく僕がするよ、と言い切ってシグールは前に出ながら手袋を剥ぐ。

あの時はテッドにやらせてしまった。
何もできない子供だった。
今度は違う。
違うんだ。

「ちょ、待ってくれ! 俺も一緒にする!」
「なんでさ!」
振り返って叫べば、テッドは手袋を外して真顔で言った。
「ちょっくら体力回復しねーと」
「……モンスターはほとんど一撃で倒したよね?」
「お前は俺の運の悪さと、守備力の紙さに付き合う覚悟をしろ」
「…………」
もやしっ子め、と呟いたら隣に並んだテッドに肘鉄を入れられた。
「俺は後衛担当だからしょうがないんだ」
「ヒモニートだからだ」
「ぐあっ……」
よく分からないダメージを受けて打ちひしがれたテッドだったが、紋章発動のタイミングは合わせてくれるつもりらしかった。


「どれ使った?」
「忘れた」
「思い出せ」
「じゃあ裁き」
「絶対そのグラフィックじゃなかった」
「うるせぇ」

背中合わせに魔力を練って、呼吸を合わせて同時に放つ。

「「裁きっ!!」」


死神八人による、クイーンアント一名様ご案内。
断言できる。
この二週目、敵が本当に可哀相な事になる。

「あ、使えた」
「あ、じゃねぇえええええ!!」
「さて帰ろうか」
笑顔で振り向いたシグールの頭をテッドは思いっきりはたいた。
「当初の目的はなんだ!」
「カナンを埋めることです」
「たしかに……じゃねぇ!! 山賊の捕獲だろ!」
「じゃあ、テッド一人でよろ」
「なんだとぅ!?」

ひらひらと手を振ったシグールはどかっとその場に腰をおろした。
ぶん殴ってやろうかこの御曹司。
テッドがそう思いながら拳を固めた時だった。

「おや、お客さんかな珍しい」
「出てきちゃったー!?」
そこにいたのはバルカスとシドニアだった。
なんで出てくるんだ、クイーンアントがいた場所からこっちはちっとも動いていないというのに。
これが仕様というやつなのか。

「よろしく〜」
笑顔で手を振られて、テッドは無言でシグール様ご一行に背を向けた。
ごねたって突っ込んだってこいつは聞くまい。
ならばテッドがやるべき事はたった一つ。

「安心しろ、宿星だから魂を喰ったりはしないからな――冥府」
一言と共に放たれた魔法で、山賊二名はぶっ倒れた。















可哀相な山賊達は、速やかに帝国兵へと引き渡された。
「なあ、あいつら宿星だろ? 助けなくていいのかよ」
「あの二人が「近衛隊の子供が冥府使いましたよー」って証言してくれるもん」
「なるほど……ってことは、追いかけられるのは相変わらず俺か!?」
「その辺は僕にしておくように脅しておいたから大丈夫。さて、レナンカンプに行こうか」
「色々すっ飛ばしたよな!?」

間違いなく今までの人生で一番適当に生きているであろうシグールは、グレンディから受け取った一万ポッチを大事そうに抱え(それが目的だったかもしれない)グレッグミンスターへの帰路に……本当につかない!

「クレオ、お願いがあるんだ」
「はい、坊ちゃん」
「ちょっとパーン回収して、ついでにあのぶっ飛ばした山賊達を助けてもらっていい? 僕らは先にレナンカンプに行ってるから」
「え? しかし報告もしなくてはいけませんし……それに、捕まえたばかりの山賊をなんで助けるんですか?」
「そうですよ坊ちゃん。私もそろそろ家でゆっくり」
「行くの。ってことでよろしくねクレオ。装備はちゃんとして出てきてね。大丈夫、たぶん熊男に合流できるから」
二人の疑問の声にきちんと答えずに、シグールは歩き出す。
背負っているのは……まだスコップ!

「秘密です♪」
「それは俺の中の人だ。主役交代してやろうか」
「テッドは意地悪さー。そろそろ反撃してもいいかな? 答えは聞いてない☆」
「……やめよう、俺が悪かった」

無限ループになりそうな会話を打ち切って、テッドは諦めてレナンカンプに向かう事にした。
とはいえど先は長そうだし……それ以前にレナンカンプにはあの人がいる。
あの人が。
過去に聞いた話によると、この後彼女と秘密工場に行ってフリックの話をして、戻ってきたら彼女が……という筋書きだったような……。

「あれ?」
「どうしたのテッド」
振り向いたシグールには悪かったが、テッドは足を止めて眉を寄せた。
「俺の感動の紋章継承シーンは」
「全般カットです」
「数少ない見せ場が!」
「見せ場はたくさんあるから安心して。じゃあまず目の前の敵を屠ろうネv」
「語尾にハートマークとかつけても可愛くないからな二百歳……」
「テッド君、大丈夫ですか?」
気遣ってくれたグレミオに嬉し涙を流しながら、テッドは矢を番えたのだった。

しかしこれだとビクトールに会わないんだけど、いいのかこれ、いいんだろうか。クレオが会うからもういいか。





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「中の人」ネタは超遊んだのですが、どこまで分かるでしょうか……。