結局、帰ってきたのは夜明けの直前だった。
つまりシグールとテッドは全然寝ていない。

「ちょ……眠ぃ……」
「テッド。ヒモ人生が板につきすぎ。流浪の旅をしていた頃のテッドはどこに行ったのさ」
「お前最近クロスに似てきてねぇか……?」
「クロスもいたら面白いよね」
適当な事を言ったつもりだったのに、シグールの返事にテッドは青ざめた。
「冗談じゃねぇ! ま、まさかあいつまで絡んでくるなんてことは」
「天魁星がそんなイレギュラー参加したら神速で戦争終わりそうだよね」
「……そ、そうだよな」
頷いたテッドはきっとこの後の事を忘れているんだろう。
そう思いながら、シグールは渋る親友の首根っこを引っ掴んで、玄関へと出た。

すでにグレミオ達は支度をして二人を待っている。
「今日は坊ちゃんの初仕事、腕が鳴りますね」
「うん、パーンは留守番だけどな」
笑顔で言われたパーンは固まり、クレオが慌ててフォローをしだす。
「ぼ、坊ちゃん! パーンは」
「違うんだ。いいかパーン、よく聞いてほしい」

真剣な顔でシグールは言うと、じっとパーンの目を見つめる。
「全員を連れて行くと家が手薄になってしまう」
「しかしそれは他の」
「僕は父上がいない間この屋敷を守る責任がある。クレオは女性だし、グレミオは僕についてくると聞かない。だからここを頼めるのはパーンだけなんだ」
「ぼ、坊ちゃん……わかりました! このパーン、全力でお屋敷をお守りします!」
目を輝かせて胸を張ったパーンにお願いね、と念を押してシグールはくるっと反転するとスタスタと城へ向かって歩き出す。

「お見事です天魁星様」
「ちゃきちゃき働いてねテッド君」
「おーよぅ」
やっぱり何も覚えていないらしい。















クレイズの言葉は聞き流す事すら面倒臭いので、手っ取り早く済ます事にした。
「ふん、テオの小倅か。おそかっ」
「魔術師の塔に星見の結果をもらいにいくので、家畜小屋の前にいる竜洞騎士団から来た竜騎士にお願いして、竜に乗せてもらいます」
セリフを完璧に先取りしてやると、クレイズは顔を真っ赤にして黙り込んだので、シグールは十分満足した。
「……レックナート様は」
「本当の姉妹じゃないらしいですけどね」
それだけ言ってくるりと背を向ける。
グレミオとクレオはきょとんとしていたが、一番端っこにいたテッドは真っ青になっていた。

「シシシシグール! なんなら今からウィンディを殴り倒せば!」
「だめ、僕がしたいことができない」
「い、嫌だぞ!? この後って、たしかルックの召喚したクソ強いゴーレムと戦うはめに!」
「テッド死にかけたもんね」
そこは覚えていたようだが、本当にテッドが面白いのはそこじゃないのだ。
ルックにも記憶があったら――いや、なくても同じ展開になるんじゃなかろうか。

「さて行きますか」
お使いじゃねぇか云々と駄々をこねるパーンはいなかったので、一行は気持ちよく家畜小屋へと向かう。
城を出て歩きながら、シグールは青い顔をしているテッドに話しかけてみる。
「テッド、「竜騎士に会える!!」って子供みたいにはしゃがないの?」
「……キャラは作らない方が楽なんだよ」
「地はツッコミキャラだもんね」
「じゃかぁしい!」
舌打ちしたテッドを放置して、家畜小屋の前で竜を傍らにおいた少年……フッチに近づく。

もしかしたら彼にも記憶があるかもしれない(なにせ後の真持ちだ)と用心して数歩近づいてみたが、特にそんな様子はなかった。
そりゃあそうか、記憶があったら一目散に逃げているだろう。
少なくともここに仕事で来ることはあるまい。

「近衛隊のシグールだよ。竜騎士見習いのフッチ君、だね」
「ああ……なんだ、オレの名前聞いてたんだ」
「よろしくね」
「ああ」
シグールの差し伸べた手をフッチはすぐに握り返す。
この何も疑わないあたりが可愛い。

育ってしまった彼はシグールの一挙一動を警戒するようになってしまった。
少し上の先輩として可愛がっているつもりだったのに。

握手をかわし、フッチに竜への乗り方を教わって、いざ乗り込もうという時、シグールは一応聞いておいた。
「テッド、「期待してたのにガキじゃねぇか」って言わなくてよかったの?」
「ちょ、おまっ……」
さっと青くなったテッドに、フッチが眦を吊り上げて詰め寄る。
「なんだって!! そういうお前だってガキじゃないか!」
「俺はこう見えてごひゃ……じゃねぇさん……!!」
躍起になって言い返そうとしたテッドは、シグールのにんまりした表情を見たのだろう。

自棄気味に叫んでブラックに乗り込んだ。
それにしても、本当に学習力がない気がしてきた。大丈夫かこの五百歳。
「おじいちゃん、この二百年で成長ゼロとかギャグだよね」
「退化してるお前に言われたくねぇ……」
むかっとしたので思いきり肩を押すと、のわっと大声をあげてテッドの体が消えた。
フッチが慌ててブラックを急降下させる。

「てめっ、シグール!!」
「わわわ、テッド君大丈夫ですか!?」
「ちょっと坊ちゃん! テッド君の手を捕まえて……」
「大丈夫だよ」
ブラックが降りていく先にはもう陸地が見えている。出発したグレッグミンスターではなくて、目的地の星見の塔のそびえている島だ。
「ちょ、シグール早く引っ張りあげて……!!」
左手一本でかろうじてブラックに捕まっているテッドが悲鳴をあげるのと、聞き覚えがありすぎる声が淡々と響いてきたのはほぼ同時だった。


「こんにちはさようなら切裂き」
「おかしいだろお前!?」
ブラックが動物の本能で飛んできた風の刃をかわしたが、ぶら下がっているだけの格好になっていたテッドは巻き起こされた風に飛ばされて地上に落下する。
残りの距離はたいした事はなかったので、シグールもついでに飛び下りた。

「やあルック」
「結果は持ってきてやったからとっとと帰れ」
「あれぇ? 冷たくない? 君の天魁星に冷たくない?」
首を傾げながら詰め寄ると、ちらっと視線を逸らされた。
この様子は間違いなく記憶のあるルックだ。

そういえば何か違和感があるような……あれ、服が微妙に違う。
「ルック、その服どうしたの?」
「ああ、着心地が悪かったから別の買ってきた」
「高かったんじゃない?」
こくりと頷いて、ルックはシグールの手に星見の結果を押し付ける。
「ちょっと待て、なにかやったね?」
「火の封印球を売り払っただけだ」
「僕の紋章球ー!?」

やられた!
そうかこいつ二百年間ずっとクロスの作った生地からこだわりの一品ばっか着てたから、贅沢になっていやがるんだ!
しかもあの頃より家計は逼迫しているはず(なにせこの頃の収入源=星見の結果の報酬=精々年に数度)だから、そうでもしなきゃこんな服は買えまい!
「ななななんてことしてくれた!」
「ちょ……そんなに怒ることじゃないじゃないか」
「悪いよ! 僕の軍がどれだけ逼迫すると思ってんの!? セノの比じゃないんだよ! あんな資金が潤沢にゲットできるU主と同じにすんな!」
「お、落ち着けってシグール」

後ろから羽交い絞めにされたシグールだったが、頭が全く冷えないままテッドに噛み付いた。
「だってテッド、こいつが!」
「どうどう落ち着け。まあなんだ……責任を取ってくれルック」
「……わかったよ、そんなに逼迫する予定だとは思わなかったんだ」
溜息を吐いたルックは、ひらりと左手を振る。

「どうせすぐに加わるんだしね。今から仲間になってやってもいいよ」
「ほんと!?」
「ホントホント。そのかわりちゃんと衣食住を……」
ブツブツと要求を呟くルックの言葉は聞き流し、シグールは羽交い締めを擦り抜けてテッドに抱きついた。

「やった!」
「いきなりなんだ!」
「これで楽になるよ、ビッキーが来るまでの移動がめんどいんだ! あ、ルック、塔から金目の物あったら根こそぎ持ってきて! よぉし帰るよ皆!」
「……僕はやっぱりテレポート要員なんだな」
「そんな目するなルック。俺なんかあれだぞ、ウィンディに捕まって楽もできねぇんだぞ」
「あんたそれが本音か」
「捕まえてくれねぇかな……無理だ、そしたら俺がシグールに殺られるだけだ」
「……疲れてるね」
「開始時から一緒だからな!」
「…………僕の合流はもうちょっと後でいいかな」
「…………金目の物もって来たらいいんじゃねぇかな」




 

***
シグールはルックを手に入れた!
ルックも当然のように記憶があります。