とても「ただの遊び」ではない何かから帰った二人を、グレミオの温かいシチューが迎えてくれた。
疲労困憊していたテッドは歓喜し、シグールも久しぶりのその香りに顔を緩める。

すでに大人達は席についていたので、遅くなった事を詫びてから二人も座った。ぶっちゃけ遅くなったレベルではないのだが、システムとはそういうものだ。

思えばこの夕食がテオとともに取った最後のものだった。
シグールが父親と和やかに会話できた、最後の時だったのだ。

テッドがそんな感慨にふけっていると、いきなりテオに名前を呼ばれる。
「テッド君。シグールといつまでも良き友であってくれ」
真っ直ぐにテッドを見ているテオは、優しい男だった。
行き場の無いテッドを拾ってくれて、一人息子と仲良くさせてくれて。
……そのシグールがああなってしまった責任の幾許かはテッドにあると思うと申し訳なくなる。

責任はちゃんと取ってますと、テッドは大きく首を縦に振って言った。
「シグールが嫌だって言ってもそうするつもりですよ。なあシグール」
あの時シグールははにかむように微笑んで何も言わなかったが、今回彼はにっこりと笑った。
「じゃあ今度は僕の言うこと聞いてね、テッド」
「こらこら坊ちゃん、あんまりテッド君に我侭言っちゃいけませんよ」
すかさず嗜めたグレミオも、クレオもパーンももちろんテオも他愛のない子供達の言葉に笑っていた。
笑っていたが、テッドは凍っていた。


それはどういう意味ですかシグール様。
もしかして、俺がお前を逃がしてウィンディに捕まった事を、まだ、二百年以上たったけどまだ、怒っていたのですか。


そんなテッドの心を読んだのか、シグールは笑顔を崩さず、トドメの一言を他の人には聞こえないような小さな声で放った。
「二度目はない」
「…………」
テオの乾杯の音頭がこれほど嬉しかった事はない。










夕食の後、シグールがどうしてもと駄々をこねたので、テッドとシグールは同じ部屋で寝る事になった。
テッドとしてはシグールの駄々など見慣れたものだったが、グレミオを始めとした大人達は驚いていたので、たぶんこの頃は珍しかったのだろう。

小さな子供じゃあるまいし、と苦笑したグレミオに真相を教えたくてうずうずする。
こいつは子供どころか二百歳を越していると。



「っつーかなんだ今更」
照明が落ちた部屋は暗いが、すぐ隣にいる互いの表情はわかる。
シグールは目を閉じてはいたが、寝ているはずもない。
「おいこら、シグール」
こつんと頭を軽く小突くと、大人しく寝とけと酷い事を言われた。

「ったく、なんなんだいったい」
ぶつくさ言いながらごろりと背中を向けるのとほぼ同時に、グレミオが部屋に入ってくる。
シグールに言われた通りに寝ているふりをしていると、もう一人。

これは男……だからクレオではないし、パーン……ならもっと重い。
他の数名の使用人がこんな時間にシグールの寝室に入るはずもない、という事は。

「しばらくお前の顔も見られなくなるな、シグール」
低く響いた声は息子を気遣う父親の声だった。
「起こしましょうか?」
グレミオの声も低く小さく抑えられていて、それだけで二人が彼をどれだけ想っているかうかがい知れるというものだ。
「いや、いい。眠らせておけ。再び会えぬ別れでもなし」

いや次に会う時は戦場です。
思わず素で突っ込んでしまい、しっとりとしたムードがぶっ飛んだ事を自覚する。
声に出なくてよかった。

だめだ……この二百年でツッコミスキルが無駄に鍛えられてやがる……。
思わず枕に突っ伏したくなるのを必死に堪えて、二人が部屋を出て行った瞬間、テッドはがばりと体を起こした。
「シグール、テオ様を北方に行かせたら」
「テッド、ちょっと強行軍しようか」
横になったままだったが、ぱちりと目を開けたシグールはわきわきと右手を動かしながら言う。
それがどう考えても真面目な理由ではないような気しかしなかったので、テッドは躊躇った。
躊躇ったが――まあ結果を記すならまったくもって、無駄だった。

「なに……すんだ?」
「好き勝手していいって言われたけどさ。この世界、いくつか強制的な力は働いてるんだよね」
「はあ」
「僕らがどれだけ寄り道したところで戻れば夕食の時間だし、クレイズのところに行かないと城から出られないし、紋章を宿せるのは右手だけだし」
「…………」
「だからって負けてなるものか! なにせこれは僕の僕による僕のための」
「大声出すなよ!」
慌てて口を塞ごうとしたが、とっくに体を起こしていたシグールはひらりとかわしてベッドから飛び下りる。

寝巻きをざっと脱ぎ捨てると、ちゃっかりその下には服が着込まれていた。
服と言っても、いつも着ている綺麗なものではない。

袖が破れていて、足元は歩きやすいようにしまっていて。
布地もそれほど高価ではない――シグールの「訓練着」だった。
華美なものを嫌うテオはもともと大した服を着せようとはしないが、それにしてもこれは酷い。

「行くよ、テッド」
「ど、どこにだ」
「レナンカンプ」
窓を開け放ったシグールのやろうとしている事を察して、テッドは慌てて上着を羽織ると弓を手にする。
「お前っ、今からなにしに」
「下に馬が用意してあるから、ついてきてねー」
笑顔で言って手を振って、シグールはひらりと窓から身を躍らせる。

「あ、あいつはーっ!」
窓に駆け寄って下を見ると、暗闇の中駆けていく姿がうっすらと見えた。
乗っている馬の方は全く見えないから、おそらく青毛なのだろう。

「ったく、五百歳の俺にこんな曲芸やらせんなよ」
目を細めてもう一度見下ろす。
縄梯子とかそんなものは当然用意されていない。うっすらと闇夜に浮かんでいるのは月毛の馬だ。

「よっこいせ……」
呟きながら窓枠の上に立つ。
「はっ!」
そのまままっすぐ飛び降りて、馬にまたがった。ぽん、と労わるように馬の首を優しく叩いた。
「悪いなぁ、あいつ追ってくれ」
ブルルル、と馬は微妙な返事を返したが、言われたことは理解したのかまっすぐに闇に消えた一人と一匹の方向へ走り出した。

 




***
なにかを企んでいる坊ちゃん。