何度目だ。
弓を持つ手がそろそろしびれてきて、テッドは澱んだ目で足元に落ちている水の紋章片を集めるシグールを見やる。
「これでよんじゅっこー☆」
楽しそうなシグールに、なあ、とテッドは遠い目で声をかける。
「もう、いいか?」
「そーだねぇ、僕に二十個テッドに二十個、合計二十×五でターンあたり百回復♪」
「…………」
「仲間増えたらまたこようね」
「…………」
どうやらこの御仁は悪魔軍団を作る予定らしい。
その中に確実に自分が含まれているのだが、そのことは深く考えない事にする。

「全滅するかな、はいよるねんえき……」
呟いてテッドはぐるぐると肩を回す。
あまり直視したくない現実なのだが。
「さっ、サラディまであっとすっこしー♪」
「…………」
「目的が金運の紋章だってわかってなかったら、もうちょっと穏やかな気分で登れただろうになー……」
青い空を見上げてテッドは虚ろに呟いた。















サラディのおじさんから金運の紋章をゲットし、笑顔でお礼を言ったシグールは、紋章をテッドに渡してからくるりと振り返った。
「おじさん、お願いがあるんだ」
「ん、どうしたのかい」
「幸運の紋章、ちょうだいとは言わない。売って☆」
「なんだって!?」
「ここに五万ポッチあるんだ。……よもや足りないとは言わないよね?」
五万ポッチはここに来るまでのモンスター虐殺の結果である。
塵も積もって山となった。

驚くおじさんに輝く笑顔を見せるシグールの目は、完璧に商人のソレになっている。
数分の攻防があったが、未来における経済魔人の圧力に心優しき庶民が勝てるはずもなく、おじさんは項垂れると戸棚の奥から幸運の紋章球を出してきた。
どんまいおじさん年季が違う。
「こ、これは一人で山を登ってきた子へあげるもので」
「どうせこんな酔狂なことするの僕しかいないって」
「…………」
「自分で言うなよ……」

こうして五万ポッチと幸運の紋章球の商談を成立させたシグールは、ご満悦な表情でサラディを後にした。
行きの虐殺のせいか、帰り道はほとんど敵と遭遇しなかった。
こんなに静かだったろうか、この街道は。

二つの紋章球を持って嬉しそうにしているシグールに、弓を抱えたテッドはボソリと突っ込む。
「なあ、シグール」
「なに?」
「たしか、この頃って紋章は一つしかつけられないんじゃなかったっけか……」
「嫌だなあテッド」
笑顔で振り向いたシグールは、手に入れた二つの紋章球をテッドに見せた。
「そんなこと重々承知だよ。さ、レナンカンプにいこうか」
「はい?」
いい加減グレッグミンスターに戻って休みたいしグレミオさんのシチュー久々で楽しみにしてんだけどと言いたかったテッドだが、シグールの笑みに黙殺された。

そして直行したレナンカンプに入ったシグールは、まっすぐに鍛冶屋に突っ込んだ。
「はい、水の紋章片二十個ずつつけてね」
「か……かしこまりました」
「ついでに武器レベルを上げてほしいんだけど」
「かしこまりまし」
「レベル五までしかできませんとかそんなアホな話聞きたくないから」
鍛冶屋が答えるより先にシグールはぶった切った。
「限界まで。鍛えて。ね」
「し、しかし私の腕は」
「師匠でもなんでも呼んでこい」
シグールに迫られて鍛冶屋は半泣きだ。
あまりにも不憫すぎて、テッドはさすがに助け舟を出す事にした。

「ほらシグール、そんなに責めてやるな」
「だってさぁ」
「ここで究極まで鍛えたら、仲間になる鍛冶屋がやることなくてかわいそうだろが」
「他の仲間の武器鍛えればいいじゃん」
「…………」
だめだこいつ、とテッドは説得を諦めた。
そしてこの場を収めるために、説得よりも手っ取り早い方法を取る事にした。
つまり、自分が槌を取るという。


――この時「本当になんでもできるんだね」というシグールの尊敬の眼差しにちょっと得意気になっていたテッドは、後々この行動が自分の首を絞める事を知らない。





そして数時間後。
「師匠、ありがとうございました!!」
九十度のお辞儀に見送られて、シグールとテッドは鍛冶屋を後にした。
ぴかぴかな武器は、とりあえずレベル九だ。

「テッド、本当になんでもできるんだねぇ」
最終レベルまではできなかったものの、九まで鍛えられたあたりやはり万能だと感心してほしい。
最後の方は鍛冶屋もテッドの事を師匠と呼んでいた。
伊達に三百年間放浪の旅をしていたわけではないのだ。

「これでやっと帰れるんだよな……?」
「あとひとつ寄るところが」
「まだあんのかよ」
「大丈夫。そこの宿屋だから」
ああそれなら、とテッドは胸を撫で下ろした。
しかし宿屋に何の用があるのだろうか。
もしかして一泊してから帰るのか?

「すみませーん」
「はい、お泊りでしょうか?」
「いや、泊まりじゃなくて。この手紙を赤髪の美人に渡してほしいんだ。そのうち来ると思うから」
「は、はぁ……」
「よろしく」
受付の女性に笑顔を向けて、シグールは足取り軽く宿を出て行く。
足は町の外に向いているから、このままグレッグミンスターに戻るつもりなんだろう。
「なあ、シグール」
「うん?」
「今のは?」
ああ、と頷いたシグールの次の言葉に、テッドは聞いた事を後悔した。
「あそこ、解放軍のアジトなんだよね」
で、今のはオデッサへの手紙。
「……なにを、する、き、なんだ、おまえ」
「言ったでしょ? 僕の僕による僕のための二週目って」
「……ソウデスカ」
序盤からシグールは全力だ。




 



***
幸運にしろ金運にしろ、後半になると誰が宿すかで非常にモメます。
……皆何かしらの肉弾戦系紋章宿してるから……。
(魔法はルックだけで十分です)