謁見の間を出た後、テオに連れられてシグールはテオの朋友であるカシム=ハジルの元を訪れた。
「おお、テオか。どうやらいい息子を持ったようだな。うらやましいぞ」
快活に笑って言ったカシムにわしわしと頭をなでられて、シグールはゆらゆらと体を揺らす。

この人も後でぶちのめす事になるんだよなあと思うと感傷に浸りたい気分でもあるが、正直いらぬ戦いをさせられている気もするのでその時はまた思う存分やらせていただきます。

息子の心情を全く知らないテオは、小さく笑って冷やかすなよとまんざらでもないように笑っていた。


武人同士だとそのまま世間話に発展しないのがいい。カシム将軍も仕事もあるのだろう。
顔合わせは短く済み、その後クレイズの部屋に連れて行かれた。
「明日からお前の上官になる。挨拶をしてくるんだ」
「…………」
帰りたい。むしろここで謎の死を遂げていただきたい。
一時とはいえあんなヤツの下で働くと思うと虫唾が走る。

正直クレイズについては顔も名前も忘却の彼方へと追いやっていたのだが、ここまでの流れでしっかり思い出していたので、本当ならばスルーしたかった。
したかったのだが、挨拶をしないと城から出られないらしい。

仕方がないので、渋々シグールはクレイズの部屋へ挨拶をしにいった。
話は全部聞き流したので、まったく覚えていない。















自宅の玄関をくぐると、心配で心配で気が気じゃありませんでしたというグレミオが待っていた。
エプロンをつけて片手におたまを持っている頬に傷のある男というのは不気味なんだろうが、シグールには懐かしい姿だ。
「お、お、お帰りなさい坊ちゃん。ど、ど、どうでした」
「ただいまグレミオ」
「……屋敷の主には出迎えはないのか?」
「あ、テオさまいたんですか」
「…………」
ああ、グレミオだ。
こんなところでグレミオらしさを再確認したシグールだった。
いつもの事なので、テオも今さら何も言うつもりはないらしい。

ふと、台所の方から少し焦げついた臭いが漂ってくる。
おそらくグレミオ特製シチューだろう。
せっかく二百年ぶりに味わえる本家のシチューを焦がすわけにはいかない。
「グレミオ、シチュー焦げてない?」
さらっと話題を変えたシグールに、グレミオはさっと顔色を変えた。
「そ、そうだ。シチュー、シチュー」

ばたばたと走っていくグレミオは、くるりと振り向いて、テッド君が来ていますよと教えてくれた。
「テッドが?」
ぱぁっ、とシグールの顔が輝く。
テオとグレミオは、シグールの笑顔を、友人が遊びに来て喜んでいると受け取ったのだろうが、実際は少し違う。

「テッドはテッドなのかなぁ……」
気になっていた事を確かめるいい機会だ。
紋章の事も、テッド自身の事も。

やや逸る気持ちを抑えつつ、シグールは階上へと向かった。
ソウルイーターはすでに自分の手にあるが、テッドも持っているんだろうか。
いや、持ってないとおかしいんだけど。



二階に上がると、ばっと誰かが食堂から出てきた。
明るい茶色の髪に、青色の服。少年らしい笑みで、シグールの親友は帰ってきた彼を出迎えた。
「聞いたぞ! シグール!! 皇帝陛下に会ってきたんだろ! なあ、なあ、聞かせてくれよ」
ずっと待っていたのか、待ちきれないと言った様子でテッドが言う。
あの時と同じ言葉を、同じ声で、同じ場所で。

「お願いだよ、皇帝陛下の話をさ。そこのお前の部屋で」
「テッド、そこ違う」
花の笑顔でシグールは指摘した。
「そこは、「一生のお願い」を入れないとテッドじゃないよね?」
「!?」
瞬時に真っ青になったテッドは、ずざざざざとシグールから後ずさった。
先程までの無邪気さが消えて、あるのは長年ですっかり板についた苦労人の表情だ。

「え、え、えぇーっと?」
「ヤだなあ、僕だよ僕。シグール=マクドール。今からこの国を征服して統一してトラン共和国を打ち立てる英雄だよ」

ピースサインと共に言い放ったシグールに、テッドはよろりと壁にもたれかかり、がっくりと項垂れた。
「おまえもかよ……」
「ついでにソウルイーターもあるよ☆」
「…………」
もうどうしたらいいのか、という顔でテッドは溜息を吐く。
滲み出る疲れきった空気は、さっきまでの快活さを微塵も感じさせない。

「……とりあえず、部屋に入ろうぜ」
「そだね」
廊下で話す事でもないので、シグールの自室に入って、シグールは一番の問題点を尋ねた。
「テッドはなんでこんなことになってるか、知ってる?」
「……知ってるというか、気付いたら自分の家にいて」
「うん」
「机にこんなのが置いてあった」
そう言ってテッドがポケットから取り出したのは、少しくしゃくしゃになった紙だった。
一度丸めたものをのばしてたたみ直したらしい。
「……なんかくちゃくちゃなんだけど」
「読んだ瞬間丸めて床に叩きつけたからな」
「…………」
テッドがそんな行動に出るなんて、一体どんな事が書かれていたのだろう。
折りたたまれた紙を開いて、シグールはそこに書かれた一文を見た。

広げるとハガキ程度の大きさになる紙は右下に花の印が入った、少女が使うような可愛らしいものだ。
その中央少し上部分に、見慣れない、これまた可愛らしい文字で。


『好き勝手にどうぞ☆』


「……これだけ?」
「これだけ」
「…………」

数秒間じっと紙を見つめ、シグールはぐしゃっと紙を丸めて床に叩きつけた。

「な め て ん の か」

「まったくだ。だが残念なことに、夢でも幻覚でもない」
「僕も腕と頬つねったけど、普通に痛かった」
「こういうことができそうな奴っていうと……やっぱりビッキーか?」
「ビッキーはこんな愉快犯的な声明文書かないよ」
それに、ビッキーの転移は距離も時空もまったく意に介さない規格外のものだが、必ずしも彼女の意思に沿うものではない。
逆に、一番こういう事をしそうなレックナートは、時空を越える転移はできない。
他に心当たりはないし……。


「これって俗に言う逆行ってヤツか」
「なのか、あるいは別の世界なのか」
「……戻れるのかな、僕達」
「さぁ……」
顔を見合わせ、溜息をひとつ。

しかしこういう時に立ち直りが早いのがシグールだった。
「ま、ここでぐだぐだ悩んでも仕方ないし。散歩でもしながら考えようよ」
「……そうだな」
「あ、武器も忘れずにね☆」
「……散歩だよな?」
「散歩だよ。ちょっとサラディまで」
「……ああ、この頃のシグールは可愛かったから堪能しようと思ってたのに」
「なにか言ったかなテッド君」
小声でぼやいたテッドにむかついたので、とりあえず首を絞めておいた。





 




***
シグールはテッドを手に入れた☆
逆行ネタはありがちだと思っていたんですがそうでもないらしい……。
有体に言ってしまえば記憶を持ったまま時間をさかのぼることです。
だから2周目。