目を開けると、そこは絢爛豪華な内装が施された場所だった。
どこか見た事がある室内は、見慣れたようで違っている。
ただし、何度か改装を繰り返し、痛んだ家具も取り替えたりなんだのして随分と様相を変化させた今のものとは随分と異なる、一言で言うなら「懐かしい」部屋だった。
実際に目にしたのはそんなに多くはないが。

「……屋敷のリビングで昼寝してたはずだったんだけどなぁ」
どうして起きたらグレッグミンスターの城内にいるのだろうか。
しかも、物凄く懐かしい服装で。

「懐かしいけどなんだこりゃ」
試しに自分の腕をつねってみたが、非常に痛いだけだった。
どうやら夢ではないらしい。
夢でないならなんだというのか。

なんだか嫌な予感をひしひしと感じて、シグールは何か日付を確認できるものがないかと探した。
しかし王宮の一室にカレンダーなんてほいほい飾ってあるはずもない。
いっそ誰かに今日の年月日を聞いてみようか。明らかに変人扱いされるのが目に見えている。
確認しなければ、この嫌な予感しかしない状況を把握できないというのに。

「シグールどうした、落ち着かないか」
ぐるぐるしていたシグールの背後から声がかかって、シグールはびくりと肩を震わせる。
今まで同じ室内にいてどうして気付かなかったのか。無意識に警戒を解いてしまうような気配だったからに他ならない。
今まで視界に入っていなかった姿を見て、不覚にもシグールは涙が出そうになった。
「……父さん」
そこに立っているのは記憶と変わらない父の姿。

テオは記憶と変わらぬ姿で、豪胆に笑った。
「どうした? 緊張しているのか? 安心しろ。謁見はすぐに終わる。お前はいつも通りにしていればよい。皇帝陛下は、厳しい方だが恐れる必要はない」
緊張している息子を労わる言葉に、こくりと反射的にシグールは頷き。
そのままぎゅっと自分の頬を思い切りつねって、その痛さに蹲った。
やっぱり夢ではないらしい。



「シグール、何をしているんだ?」
「い、いえ……ちょっと緊張をほぐそうかと」
「……そうなのか?」
不思議そうなテオをそのままに、床を見つめたままシグールは頬の痛みと共に現状をなんとなく理解した。
理由も方法も不明だが、これは夢でもなんでもなく、シグールは「戻って」来たらしい。
太陽暦454年、赤月帝国からトラン共和国へと変わる数年前の時代に。
「そんな超常現象な……ビッキーの所業を知ってる僕らが言えることでもないけどさ……」
「シグール、いつまで蹲っている? 行くぞ」
「は、はいっ」
声をかけられて勢いよく立ち上がる。
少し前を歩く背中を追いかけながら、シグールはそっと右手に視線を落とした。
数百年で慣れた気配がそこにある。
生と死の紋章。ソウルイーター。

これを継承するのは少なくとも謁見が終わってからだった、はずだ。
帝国軍に居場所を見つけられて、ボロボロになって逃げてきたテッドから受け継いだ。
だというのに、シグールの右手にはすでに紋章がある。
という事は、すでにテッドから継承したのかあるいはテッドもまだ持っているのか。
というかテッドもシグールと同じ状況なのか。

「……ま、帰ればわかるか」
疑問はさておき、シグールは無邪気な仮面を被って謁見の間の扉を前にした。
この向こうに、かつて憧れを抱いていた皇帝と、全ての黒幕である宮廷魔術師がいる。















居並ぶ兵士の奥、一段高くなった場所で、豪奢な椅子に座ってバルバロッサがこちらを見ていた。
この時点でウィンディの洗脳を受けているのかいないのか分からないが、最終決戦での言葉を聞くに、たぶんどっちでも変わらない気がする。
そしてその隣にいる涼しい顔をした宮廷魔道師は、シグールの右手の紋章に気付いていないのか、ゆったりとした笑みを浮かべていた。
この時点で彼女を右手の紋章でぱっくり食べたらどうなるのだろう。
これから起こる事は全てなかった事になるのだろうか。
「……あ、でもそしたら僕が捕まるか」
いくらシグールが未来のトランの英雄でも、現時点ではただの将軍の息子でしかない。
いくら理由を並べたところで、シグールの知っているウィンディの所業は全て未来においての出来事なわけで、それらが発生しないのであれば、シグールはただの犯罪者だ。
国のためでも、さすがに今後の人生棒に振るような事はしたくない。
「……ま、解放軍ももうできちゃってるだろうし」
誰にも聞こえない程の声で呟いて、シグールは下げていた頭を上げた。

目の前の少年がそんな事をつらつら考えているとは思いもせずに、バルバロッサはテオに声をかけた。
「よく来てくれた、テオ。どうだ、かわりはないか?」
「陛下と共に戦ったあの継承戦争のころと同じく」
「頼もしい言葉だな。そうは思わんかウィンディ」
「そうですわね。さすがは大将軍のお言葉です」

大人達の会話はつらつらと続いていく。
テオが北方への出陣を任される事は分かっていたので、ウィンディ結構まともな顔してたんだなあとか、立ってる兵士が居眠りしてるなあとか明後日に思考を飛ばしていたシグールは、バルバロッサの視線が自分に向けられた事に気付いて背筋を正した。
「ふむ、そちがテオの息子、シグールか。さすがにいいツラ構えをしておるな」
あなた方に鍛えられましたから。
心の中で答えて、シグールはバルバロッサを見上げる。
「シグールよ。テオが北の守りについている間、父の代わりにこの帝国に力をかしてくれないか」



「いやです」

即答した。



シグールの答えに、テオは息を呑み、ウィンディは目を瞠り、バルバロッサは一瞬言葉に詰まった後、弾けるように声を出して笑った。
「さすがはテオの息子だ。聞け、シグール。お前の行く道はお前が選ぶがよい。しかし、今はまだ我が下で多くのことを学ぶがよい。それからでも遅くはあるまい」
「もったいないお言葉、ありがとうございます」
テオが心底安堵したように礼を取る。
倣うように、シグールも。

実際シグールは、これからしっかり自分の道を選び、最終的にこの国を崩して新しい国を打ち立てたりする予定なので、この時のバルバロッサの言葉は真実を射ていたのかもしれない。
「ふふふ。可愛い坊ちゃんだこと。がんばりなさいね、シグールくん」
「ありがとうございます」
笑顔で述べるウィンディに、シグールも完璧な微笑みを返した。内心何を思ったかは本人のみぞ知るところである。









***
シグールのシグールによりシグールのための2週目話開始。
どうなることやら。