<チェンジング>



「トリック・オア・トリート!! おかしくれなきゃイタズラするぞっ!」
可愛らしい魔女の恰好をした子供が、箒を持った手と反対の手を伸ばす。
肩に乗せられた黒猫のぬいぐるみがひょこひょこ揺れた。

「はいどうぞ」
小さな魔女の言葉に、薄い色紙を重ねて包んだお菓子を差し出してクロスは微笑 んだ。
今日のために昨日作った力作だ、中にはクッキーとキャラメルが入っている。
子供達は嬉しそうにそれを受け取り、手に持った袋に大事そうにしまいこんだ。
膨らんだ袋の中には、他の大人達からもらったお菓子の包みが入っているのだろ う。
「ありがとう!」
「よいハロウィンを」
少しまがっていた帽子を直してやると、女の子はぺこんとお辞儀をして去ってい った。


ハロウィンの行事は毎年身内で行っているけども、たまにはと思って、最近は数 年に一度の割合で、近くの村で行われるハロウィン祭に参加させてもらっている 。
小さな子供達がお菓子をもらって嬉しそうに笑っている姿を見るのは楽しい。
「リーヤ元気かなー」
はしゃぐ子供たちを見ていると、今グリンヒルに留学しているリーヤを思い出す 。
会おうと思えばテレポートで会いに行けるが、それをすると怒られるのでやらな い。

昔はどこにでもくっついてくる可愛い子だったのに……いや今も可愛いけれど。


「クロス、お菓子なくなったんだけど」
「あ、うん、そっかもう終わりだね」
ルックに声をかけられてはっと我に返る。
子供達にと用意しておいた御菓子の包みを入れておいた籠はからっぽだ。
行きよりも随分と軽くなった籠を持って、ルックの手を握る。
「それじゃ、帰って準備しようか」
「……あいつら今年もくるの」
「楽しいからいいじゃない」
「なんで同じ歳なのに、僕らが用意する側であいつらが取りに来る方なのさ」
「あれ、ルックも仮装したかったの?」
「そういう意味じゃないから」
言ってくれれば用意するのに、と言うクロスにルックは深々と溜息を吐いた。

毎年毎年お菓子をせびりにくるシグール達のためにクロスはきっちり準備をする 。
が、逆にシグール達からハロウィンのお菓子をもらう事は少ない。
身内で行うものだから、誰かがもらうなら誰かが用意しなければならないわけで 、一番料理が上手いかつ好きなクロスが準備をするのは半ば暗黙の了解になって いた。
これでリーヤやラウロがいる時は全員が2人に用意するのだが。

「いいじゃない、かわりにクリスマスとかで多めにお土産もらうんだし」
「それでも作るのはクロスじゃないか」
頬をふくらませるルックが可愛くて、クロスは思わずふに、と指で突いていた。





☆★☆





「どぉ? 似合う?」
「おー……今年はまた派手だな」
「あとはこれ被れば完成ってね」
かぽっと自分の頭より大きなかぼちゃを被れば、ジャック・オー・ランタンの完 成だ。
頭の部分が大きすぎてぐらぐらしているのが気にかかるが。
「……思ったより重い」
「そりゃそうだ」
「前が見えないー」
ふらふらと歩くシグールの腕を取ってテッドは苦笑する。
テッドもシグールの恰好に合わせて仮装しているが、シグールほど凝ってはいな い。
この恰好が夜にいきなり出てきたら子供は泣きそうだ。
今から行く場所に子供はいないし、夜にいきなり行くわけでもないのが救いか。

「毎年毎年よくやるよ」
「だってクロスとルックのお菓子おいしーもん」
「別にハロウィンじゃなくたって喰えるだろうに」
クロスの事だから、食べたいと言えば作ってくれるに違いない。
実際ハロウィン以外でも遊びに行く度に何か食べている。

腕を組んで苦笑するテッドに、かぼちゃを少しずらし素顔を見せてシグールは言 う。
「ハロウィンっていう行事にかこつけてもらうから楽しいんじゃん」
「さいで。ところでルックが迎えにくるのか?」
「ううん、今日は自分達で行くんだよ」
「今からか? 着くのは夕方になるだろ」
「近くの村でやってるハロウィン祭に参加するから昼間はいないんだって。帰っ てからお菓子の準備をするとして、完成するのは夕方くらいになるんじゃないか って」
それなら自分達で行けば丁度いい時間になるか。
「なるほどな」
「それにルックは僕らがたかりに行くのがお気に召さないみたいでさ。迎えにき てくれないってわけ」
「……あ、そ」
「というわけでレッツゴー☆」
ルックの不機嫌が何のその。
再びかぼちゃを装着して扉に向かったシグールの肩を掴んでテッドは叫んだ。
「待て、この恰好のままで行くのか!?」
「そのつもりだけど?」
「こんな恰好で街道を歩いたらハロウィンでも不審者だ!」
むしろモンスターと間違えられるんじゃないだろうか。
向こうにつくまでは普通の恰好にしてくれ頼むから。
出発する前からなんでこんなに疲れてるんだと思いつつ、テッドはシグールから かぼちゃをとりあげた。





☆★☆





「♪〜」
「なにを作ってるんだい?」
「クロスさん達にあげるお菓子だよ」
どこから手に入れたのか、机の上に綺麗な紙を広げてがさがさやっているセノに ジョウイは声をかける。
朝から宿屋の調理場を借りて何を作っているのかと思えば、なるほどハロウィン 用のお菓子。
手伝おうかと言っても調理場に入れてもらえなかったので、結局何を作ったのか は完成まで分からずじまいだったのだ。

皿に載せられた小ぶりのマフィンをひとつ取って、セノは口元まで差し出してく れた。
それをそのまま口に入れると、ふんわりとした生地の風味と、素朴な甘みがする 。
「あれ、かぼちゃ?」
「そう。かぼちゃマフィン」
「おいしいね」
「よかった〜。最初はプレーンにしようと思ってたんだけど、宿屋の人が沢山あ るからってわけてくれたんだ」
本当に楽しそうに言って、セノはラッピングを再開する。
「いつもクロスさん達にもらってるばっかりだし、たまには作っていこうかなっ て思ったんだ。厨房借りれてよかったよ」
「本当は城で作れればよかったんだけどね」
「ルックが迎えにきてくれないからね、しかたないよ」
「ルックの気持ちも分からないでもないけどな……」
クロスがお菓子担当になっているのをあまり快く思っていないらしいルックは、 たとえデュナンから足を運ぶセノとジョウイであっても迎えに来てくれない。
まぁ、ハロウィンにかこつけて遊びに行くのだから強くは言えないが、ここ数年 城に入ってしまったために前より会う機会も減ったのだし、たまの来訪くらい許 してくれてもいいじゃないかとも思う。
この日のために数日前から出発しているため、その間の仕事は見事にストップ、 帰ったらまた缶詰の日々が待っていると思うと少々気が思い。

「でもルック、なんであんなに不機嫌になるんだろうね」
「……まあ、それは」
「もしかしてルックもお菓子ほしいのかな。僕らはもらえるけど、ルックは作る 方だもんね……」
悪い事しちゃってたなぁ、としょんぼりしているセノに、それは絶対にないと思 いつつ、ジョウイは黙ってその頭を撫でておくに留めた。





☆★☆





「トリック・オア・トリート」
突然現れたかぼちゃにクロスは目を点にした。
すっぽりと体を包む黒いマントの上に大きなかぼちゃをのっけている姿は、よく 見れば愛嬌があるが、いきなり出てこられるとびっくりする。

顔は誰かかぼちゃのせいで分からないが、こんな仮装をする知り合いは一人しか 心当たりはない。
少し早くなった鼓動を刻む胸を押さえて、クロスは苦笑した。
「あ、なんだシグールか……今年は張り切ってるね」
かぼちゃがかくりと動く。
なんだか滑稽だ。
「テッドはまだ下?」

こっくり

かぼちゃがまた動いて、手袋をした手をマントの隙間から差し出される。
せっかちだなぁと笑ってクロスは包んだばかりの菓子をその手に乗せた。
仮装のかぼちゃお化けは、包みを上下させながら楽しそうにくるくると回るのを 見ながら、頭に乗せたかぼちゃがよく取れないなぁと感心する。
寧ろ前が見えているのだろうか。

ひとしきり回ったかぼちゃお化けは、ぶんぶんと腕を振って、階段を降りていっ てしまった。
テッドを呼びにいくのかな、とクロスは笑って、残りのラッピングを終えるべく 手を動かした。





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「あ、シグールさんだ」
「また凄い恰好を……」
塔の入り口にしゃがみこんでいるかぼちゃの恰好をしたものを見つけた2人は瞬 時にそれをシグールだと判断した。
あんなど派手な仮装をするのはシグールしかいないだろう。

2人に気付いたかぼちゃお化けは、セノとジョウイに寄ってきて手を出した。
「トリック・オア・トリート」
「来て早々か」
「今年は僕らも持ってきてるってよくわかりましたね」
今日作ったんですよ、と誇らしげに包みを出したセノから受け取って、かぼちゃ お化けは奇妙な踊りを始める。
それを見て、喜んでもらえてよかったとセノは笑い、ジョウイは大丈夫かと薄い 笑いを浮かべた。
シグールがこんな風に踊っているのは盛大に笑えるが、本当に笑うと後が怖いの で笑えない。

「そういや、シグールもちゃんと用意してるんだろうな」
言うと、ことりとかぼちゃが動いた。
カクカクと小刻みに振動する手の込んだ動きがなんだか不気味だ。

少し引き気味の2人をよそに、かぼちゃお化けはくるっと塔の影に走って行ってしまった。





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「トリック・オア・トリート☆」
「シグールだめだよ2回目でしょ」
現れたかぼちゃに困ったように眉を寄せたクロスに、かぼちゃをかぶったシグー ルはきょとんとする。
「え?」
「さっき来たじゃない」
「今きたばかりだよ!」
驚かれないばかりか心外な言葉を言われて、かぼちゃを取ってシグールは声をあげる。
「そんなこと言って、あんたさっきもかぼちゃかぶってきたじゃないか」
「だから今着いたばっかりだって! 下の階で着込んだんだから」
「ほんとだぞ? この恰好のまま行きそうだったから止めたんだ」
「……え? だってさっき……ねぇ?」
「…………」

「あれ、シグールさん?」
「あんた、さっき下にいただろ。どうやってきたんだ」
「僕は今来たばっかりだってば!」
階段を上ってきたセノとジョウイがシグールを見て目を丸くする。
2人にもクロスと同じ事を言われ、ますますシグールの機嫌は下がっていく。
「だって下でかぼちゃをかぶったシグールさんに会ったんですよ?」
「それでマフィンを渡したんだ」
「……ほんとに知らないんだけど」
「俺達ならさっきまで下の階で仮装に着替えてたんだが……」

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……僕、シグールそっくりのかぼちゃの仮装した人にお菓子あげたけど」
「僕もあげました、けど」
「あれがシグールじゃないんなら」
「誰だってんだ……?」

「……本物だったりして」
ぼそりと呟いたルックの言葉に、全員が顔を青くした。





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「ササライ様、そのお菓子どうしたんですか?」
部下の問いにササライはくすくすと笑いながら、机の上に置かれた包みをひとつ 摘み上げる。
薄桃色と水色の紙を重ねて可愛らしくラッピングされた中身の味は保証されてい るに違いない。
リボンを解けば、綺麗な焦げ目のついたクッキーと飴玉が現れる。
小さな気泡が入り込んだ飴玉を口に投げ入れて、ササライは笑みを深くした。
「ハロウィンって楽しいよねぇ」
「あれは子供の行事でしょう? 元々は死者の帰ってくる日でしたっけ? 私達 大人にはあまり関係ないですよ」
「そうでもないよ」
上機嫌で飴玉を転がしながら、ササライは机の死角に転がっている大きなかぼち ゃを爪先でつついた。







***
すべてはササライ様の思し召しのまま。
それにしてもこの人達、いくつになるまでハロウィンやるんでしょう。