【12月24日 AM 2:00】


書類の上を走らせていたペンの動きを止めて、ジョウイは窓の外を見た。
雲の薄い空は空気が澄んでいるためか星がよく見える。
その位置から、今日は徹夜かなぁ、と一人ごちて、ジョウイは近くで寝ているセノを起こさないように凝り固まった背筋を伸ばした。

時計を見ればもう日付が変わっているので今日はクリスマスイブになるのだが、昨日から届きに届くクリスマスカードの返信に追われて通常業務がちーとも進まないので、こうして夜中にちまちまやっているのである。
例年ならクリスマスカードの山があっても二十五日の半日くらいは休みが取れるのだが、秋口にちょっと国内でごたついたせいでその後処理やらなんやらで仕事が押していたせいで、今年はこのまま年末進行に入ってしまう予定だった。
……のだけれど、ちょっとした個人的理由により、こうしてジョウイは一人でこそこそと仕事をしているのだった。
確証はない。が、変なところで考えが同じになる連中なので、ひょっとするとひょっとするだろうという予感を元に。





※※※





【12月24日 PM 4:00】


クリスマスカードの山を崩して机の上に腕を投げ出したシグールをテッドが嗜める。
せっかく仕分けしたのが台無しだ。
「おいこら、人が手伝ってんだから真面目にやれ」
「どうせなら僕の筆跡覚えてよー」
「……いや、さすがにそれは」
偽造だろ、と苦く言ったテッドに、ばれなきゃいいんだよと笑ったシグールは、そういえば昔の戦争で偽造書類を作ったのだった。
軽口を言いながらもその目は真剣だったので、毎年の事ながらクリスマスカードの返事書きが余程嫌らしい。
うっかり人前に当主として姿を現してしまったものだから、届くカードの量もここ数年増えるばかりだ。
それでもあと一山くらいだから、明日の午前中には終わるだろう。これから第三陣が届かなければ。

「疲れたー」と机に上半身をくっつけて嘆くシグールから視線を外して時計を見たテッドは、おい、と声をかけた。
「そろそろ準備しなくていいのか」
「あー……もうそんな時間?」
口ではそう言いながらも、体は机に懐いたままだ。
身内だけとはいえ、それなりに形式ばったパーティに出るのはそんなに嫌か。まぁ嫌なんだろう。
顔だけあげて、シグールがテッドを上目遣いで見てくる。
「テッドも行こうよー」
「嫌だ」
「むぅ」
即答したテッドに唇を尖らせて、それでもシグールは準備をするために渋々立ち上がった。
あまりごねていると、怖い執事が様子を見にやってくる。

暖炉の火で暖まった室内から寒い廊下へ出るために、ソファにかけておいて上着を手にとって、シグールはくるりと振り向いた。
「テッド」
「わーってる、ばっちり準備しといてやるよ」
「よろしくー!」
じゃあしゃきしゃきっと頑張ってくる、と投げキッスをして、シグールは部屋を出て行った。

「さて」
一人になった部屋で、テッドはさっきまでシグールが座っていた机を振り返る。
「……今夜の準備をする前に、仕分けのし直しだな」





※※※





【12月25日 AM 2:00】


朝から降っていた雪も止んで、外はしんと静まり返っている。
明日になれば聖日としてあちらこちらで賑わいを見せるのだろうけれど、この時間は誰もが夢の中だ。
――のはずなのだが、塔にはしっかりと灯りがついていた。
その中でくるりとターンをして、ばっちりポーズを取るのは。
「クロスサンタだよ☆」
「……クロス、それ一人でやってて楽しい?」
「ルック、真面目に突っ込まないで。恥ずかしくなるから」
恥ずかしくなるならやらなきゃいいのに、と言うのはさすがにかわいそうだったので、ルックは溜息を吐くに留めた。
暖炉の火を消して急激に冷え込んだ室内では、吐息はすぐに白くなって空中に溶ける。

今クロスが着ているのはお手製のサンタコスチュームだ。ついでにルックもおそろいである。ただしズボンがあるクロスと違い、ルックのものは上着が長いだけの、つまりはミニスカサンタルック。
クロスは残念がったが、断固として白のタイツは譲らなかった。恥ずかしい以前に寒い。
「誰も見ないのにー」
「だったらこんな格好しなきゃいいのに……」
「だめだよ! サンタなんだから!!」
「…………」
なんでこんなノリノリなんだろうと二度目の溜息を吐きながらも、ルックはクロスの催促通りに、最初の予定場所へと転移した。



飛んできたのはハルモニアだ。ついでにここはササライの自宅である。
さすがにササライも寝ているのか、家の中はどこも暗い。
気配を消してこそこそとクロス達が向かったのは、現在ササライ家に居候中のリーヤの部屋だった。
「……また見事に」
「ま、三人一緒だ分手間が省けたけどね」
床に敷いた毛布の上で転がって寝ている三人に、ルックは呆れた表情を作り、クロスは苦笑を浮かべる。

誰にも寝てもらえていないベッドの上に三人分のプレゼントとメッセージカードを乗せ、起こさないようにそっと毛布をかけてやった。
「仲良き事は美しきかなってね」
「いい年して床で寝るとかね……」
「え、僕らだってやるじゃない」
「…………」
年齢と行動が比例しないのはこいつらを見てればよく分かるはずだった。

煩くしすぎたのか、ラウロが小さく身じろいだ。
起こしては本末転倒だと部屋をそっと後にして、次の目的地へ飛ぶ。

そこではよく知る友人が間抜けな顔で寝ている予定だったのだが。
「……あれー?」
「いないね」
気合を入れないと気配でばれると気配を完全に断って臨んだというのに、シグールの部屋には誰もいなかった。
テッドの部屋かとも思ったがそちらも空振り。
明日のクリスマスパーティの会場はシグールのところだから、どこかへ出かけているとは思っていなかった。
「せっかく寝てる間にプレゼント置いてどっきりさせようと思ったのにー」
ベッドには使った形跡がなく、触れば冷たいから、本当にどこかに出かけているのだろう。
もしかしたら今夜は違うところに泊まって、明日の午前中の内に戻ってくるのかもしれない。
「ま、あの二人はなんだかんだで忙しいからね」
「正確にはシグールが、ね」
「仕方ない。プレゼントだけ置いていこう」
明日の朝驚かせられる事に変わりはないかとリーヤ達同様ベッドにプレゼントの包みを置いて、クロスとルックは最後の目的地――ジョウイとセノの寝室へと転移した。

他の二箇所と違って王宮なので、部屋の前にも見張りがいる。そのせいで部屋の中に突然現れる形になったわけだが、真っ暗なはずの寝室には灯りがともっていた。
そして金髪が動いていた。
「…………」
「…………」
「……よく似合ってるよ? ルック」
「黙れ」
地の底を這うよな声でジョウイの感想を一蹴してルックは舌打ちを隠さない。
クロスもいささか不満そうに口を尖らせた。

不在のシグール達も予定外だったが、それ以上に予定外というか予想外だった。
「ジョウイ、なんで起きてるのさ」
「……別に何時まで起きてても怒られるいわれはないと思うんだけどね……一応仕事してたんだよ……」
「……ああ、うん、お疲れ様。じゃなくて」
「シグールとテッドがさっききたよ」
「……え?」
いきなり二人の名前を出されてクロスとルックは面食らった。
「シグールとテッドがきたの? どうやって?」
「レックナート様にお願いしたらしいよ」
「「…………」」
あの人そんな事一言も言ってなかったけど。
しかし、考えてみればレックナートは早々に部屋に引っ込んで姿を見なかった。てっきり寝たものだと思っていたのだが、いつの間にか出かけていたのか。

「考えることは一緒なんだね……同じ年にやらなくてもいいと思うんだけど」
はいこれ、とジョウイが二人に差し出したのは、明らかに二人向けのプレゼントだった。
「僕とセノからね。本当は夜中にこっそりってやりたかったんだけど、レックナート様もルックもだめだとやりようがないからね」
「……ああ、うん」
ジョウイ達も同じ事を考えていたのかと思うとなんだか申し訳なくなってきた。

別に声を潜めてもいないのだが、すぴすぴ起きないセノをルックが眺めている間に、ジョウイがついついとクロスの肩を叩いた。
「で、さ。ちょっとお願いがあるんだけど」
「何?」
ごにょごにょごにょ、と耳打ちしたジョウイに、クロスはことりと首を傾げる。
「僕らはいいけど……ジョウイとセノが大丈夫なの?」
「大丈夫。いける。だからこの時間まで起きてるんだし」
「……なるほど」
そういうことなら任せて、とにこやかに請け負ったクロスに、ジョウイはほっとしたように表情を緩ませた。

「てことは、今頃シグール達も塔に行ってるってことか……」
「あの二人もサンタ姿だったよ。テッドはトナカイだったけど」
「……見たかった……っ!!」
「ちゃんと赤鼻だったよ。忠実だよね」
「何に」
微妙にクロスもジョウイも深夜テンションだなとツッコミながらルックは思った。





※※※





【12月25日 PM 3:00】


朝からセノはご機嫌ななめだった。
起きてすぐに枕元にあるプレゼントに気付いてどうしたのかと聞けば、夜中にシグール達もクロス達も来たと教えられ、その間自分だけ眠っていたというのが悔しくて仕方なかったのだ。

どうして起こしてくれなかったのかとぷりぷりと怒りながら仕事をしていたセノは、お昼をすぎたところで落ち着いた頭で、ふと思った。
「……ねぇジョウイ」
「ん?」
「なんでジョウイはそんな時間まで起きてたの?」
「えー……」
「またこっそり仕事してたの?」
「いや……」
ええとね、と苦い笑みを浮かべて誤魔化そうとしているジョウイに、セノはへにょりと眉尻を下げた。
この様子だと、本当に夜中まで仕事をしていたらしい。
ジョウイにばかり頼ってはだめだと思っているのに、セノは夜に弱いから、どうしても日付が変わる頃には眠ってしまう。
その後にジョウイが仕事をするのをやめさせようとしても、ジョウイはどうしても聞いてくれない。
しゅんとしているセノにジョウイがどう言葉をかけようか悩んでいるところに、室内にばたばたと風がはためいた。

現れたのは、緑の服の少女と見まごうばかりの少年――つまりはルックだ。
「四十秒で支度しな」
現れていきなり言い放ったルックに、セノは目を白黒させる。
その手を取ってジョウイはルックに向けてにっこりと笑った。
「準備はばっちりだよ」
「あ、そう」
「え? え? 仕事は?」
「大丈夫、もう終わってるから」
にっこりと微笑んだジョウイの言葉に、セノは目を瞬かせる。
その間にも、周りの風景はくるりと変わって、塔の中にいた。
「な、な、なんで?」
「クリスマスパーティーやりたいって、セノ言っただろう?」
「う、うん」
仕事に嫌気が差した時にそんな事を言った覚えはある。
でもとてもじゃないけれどそんな余裕はなくて、今年は諦めようと思っていたのに。
「ジョウイがね、昨日僕らがお邪魔した時に、パーティーやってほしいって言ってきてさ。それで準備したってわけ」
「僕とレックナート様の予定から僕らの行動先読みして仕事片付けるとか、よくやるよね」
「……ジョウイ……!!」
感動に瞳を潤ませてジョウイを見上げるセノに、満足気な笑みをジョウイは浮かべる。
たぶん抱きついただろうセノの姿を見ないでルックはあと二人を呼びに転移した。





***
クリスマス2011はこっそりサンタでした。
botと連動していたのでこんな時間。





(オマケ)

「あ? ルック?」
いきなり現れたルックに、テッドは思わず仕分けしたカードを落としかけた。
「クリスマスパーティやるよ」
「はぁ?」
「ジョウイ発案、実行クロス」
「……今年ってあいつらが忙しいからやめたんじゃなかったっけか」
「セノがつまらなさそうだったから、らしい」
「……あいつ、セノのためならほんとなんでもやるな」
呆れ半分感心半分でテッドは仕分けし終えたカードを机の上に置いた。
放置しておけば、執事が後で出しておいてくれるだろう。
暖炉の前では明け方まで起きていたシグールが惰眠を貪っていて、ルックが来ても起きる気配はない。
「起こすか?」
「別にそのままでいいんじゃない。けど、その前に紅茶の一杯くらいよこせ」
「なんでだよ」
「たぶん今塔でセノとジョウイがいちゃついてるから」
人のいちゃついてるところなんて見たくないね。
心底興味なさそうに言ったルックに噴出して、テッドはご所望の紅茶を用意するべく立ち上がった。