あれ? シグール、何やってるの?」

レストランの厨房入り口付近。そんな珍しい場所で、珍しい人物を見かけたリアトは首を傾げた。
それもそのはず、目の前にいるはずなのに気配があまり感じられないと言う事は、思い切りシグールが気配を消しているという証拠だ。本拠地内でそんな不審な事をしていて、疑問に思わないはずがない。
本気で不思議そうにきょとんとしているリアトとは別に、心底呆れたように目を細めて肩を落としているのは、たまたまリアトの手伝いをラウロに押し付けられていたジョウイ。時期と場所で何となく理由を察したらしい。

「リアト、聞いても大した理由はないから」
「ジョウイくーん? そんな事を言うのはどの口かなー?」

リアトが何かを言う前に間髪入れずにっこにこな笑顔を浮かべたシグールに、長年培った耐久力の賜物か?ジョウイはしれっと明後日の方を向く。
ただし、その頬には一筋の汗。
その汗に気づいているのだろう、シグールは笑顔を崩さないままジョウイににじり寄る。明らかに本来の目当てよりも目の前の反応を選んだのだろう。それに対してじりじりと退いていくジョウイ。
やはり大して免疫力は培われてないらしい。

「……? 二人とも何してるの?」

戸惑ったように再び首を傾げる幼い軍主の姿に、どんな悪戯をしようとしていたのか不明なシグールの手が止まった。そのまま笑顔でリアトを振り返ると、ビビッているジョウイを放ったらかしにして再び厨房入り口へと移動したシグールは、ちょいちょいと手招きをする。口元に指を当てて「静かに」と悪戯っぽい瞳を向けて。
ジョウイの反応を不思議そうに見やってから疑問を晴らす方を選んだのであろう、リアトはちょこちょこと入り口へと近寄った。
その耳に小さな声で「静かにね?」と囁かれると、コクンと素直に頷く。

「で、何かあるの?」
「中を見てごらん」

こそこそと小声で問いかける姿は一軍を率いる姿には見えない。そんな幼い姿に小さく笑みを零しながら、シグールは中を指で示す。
中に居たのは、いつもの厨房メンバーに加えて…いや、それ以上にくるくると動き回っている一人の青年の姿。その姿はリアトが今まで見た以上に嬉々としている。
いつも笑顔を絶やさない、家事のスペシャリスト。いわずと知れたクロスである。
普段は洗濯場に居る筈なのに?と視線で問いかけると、おいでおいでと厨房入り口から引き離された。

少しだけ、入り口から距離を取ってから改めてシグールを見つめると、嬉しそうな笑顔が返って来る。ついでに、手が横に伸びているから「何だろう?」とその手の先を辿っていくと、何故かジョウイの首根っこを捕まえていたが気にしない事にしておく。

「今日は何の日かわかる?」
「えーっと…?」
「最近リアト、忙しかったからね」

シグールの言うとおり、最近はバタバタしていてあまり日付感覚がない。最近寒いから、皆が風邪を引いてないかとかは気にしていたが…。
本気で考え込む姿にクスクスと笑う姿は、優しい先輩のようだ。そのままポンポンと軽く頭を撫でてから、黒い瞳に楽しい感情を乗せてシグールは言葉を続ける。

「リアト、甘いの好き?」
「うん」
「じゃあ楽しみにしてればいいよ。もしも夕方になっても書類が終わらなかったら、リーヤたちに押し付けたらいいからね」
「でもリーヤたちも忙しいから」
「今日はいいの」

告げられた言葉に戸惑ったように眉を下げるリアトに、悪戯っぽく笑いかけたシグールは視線を移動させる。その先には首根っこを猫の子のように捕まえられたジョウイの姿。
その視線だけで意味を理解したのだろう、苦笑とともに「わかってる」と頷いた二人のやり取りに更に頭の中のクエスチョンをリアトは増やすが、二人はそれ以上を説明しようとしない。ワケがわからず混乱するリアトの心情を知ってか知らずか、ジョウイは仕事に戻ろうと促してきた。
シグールを見つめると「後でね」とニコニコ笑顔で手を振られる。
もう一度、問いかけようとした所で誰かが近寄ってくるのが視界に入った。

「ここに居たのか。ラウロが呼んでるぞ」

リアトに視線が向いていたから自分が言われたのだろうと察して頷くと、シグールに聞きたいのを我慢して息を吐き出す。

「わかった、ありがとうテッド。シグール、夜になったらわかる?」
「うん。楽しみにして頑張っておいで」
「そっか。じゃあ頑張ってくる」
「行こうか、リアト」

促してくれるジョウイに頷いて、シグールとテッドに手を振ってラウロの元へと歩き出す姿を見送って。
テッドは視線を親友へと向けると視線で問いかける。

「今日は何の日?」
「は? 今日……あぁ、そういう事か」
「うん、そういう事。楽しみだねぇ」

言葉少なでお互い納得すると、ご機嫌な様子でテッドに「何処行くのー?」と問いかけるシグール。
手伝ってくれるのか、と問いかけながら歩き出した相手に遅れず一緒に歩き出して、二人は残りの仕事を片付けに行く。
全ては、今夜のささやかなサプライズパーティーを楽しむため。

頑張ってる皆のために。
クロスを筆頭に厨房メンバーは張り切っている。
こんな時だからこそ。
次の戦いを乗り切る元気をつけてもらえるように。
ささやかでも喜んでもらえるように。

そんな願いを込めて――。
今夜は聖なる夜。

――…メリークリスマス
















☆END☆





シルナ 2009.12.25






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頂いてしまいました!
まさか書いていただけるなんて思ってなかった! 至福!!
お好きにどうぞと言っていただいたので、心置きなく見せびらかしに。