幻水好きさんに108のお題II。

基本スタイルは今までの作品からの派生。
一部については作品として作品部屋へと収納される可能性もあり。
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1. 門出のとき(旅シリーズ「脚下照顧」から派生)

その日は雨の季節としては珍しく、新しい生活への門出としては申し分ない、雲ひとつない青空の広がる日だった。
控え室となっている部屋を訪れた二人を、今日の主役が花の綻ぶような笑みで出迎えてくれる。
純白のドレスに散りばめられた装飾が差し込む陽光できらきらと反射して、まるで天使のようだった。
「クロス様! ルック様! きてくださったんですね!!」
「そりゃあ愛娘の結婚式だもの」
「よく似合ってるよ」
「クロス様が仕立ててくださったドレスですから」
そう言って微笑むセラは世界中の誰より可愛い。

二人の手元に来た時から、大事に大事に育ててきた。
ぶっちゃけ嫁になんてやりたくない。
やりたくないが、それは単に二人のわがままだと分かっていたから、頑なに反対する事はできなかった。
何よりセラは、二人が反対すれば、きっと悲しい顔をするだろう。
セラに悲しい顔はさせたくない。だとすれば、二人が取れる選択肢はひとつしかなかった。

「クロス様、ルック様」
そっと白い手袋を嵌めた細い手が、クロスとルックの手を取った。
「お二人に育てていただいて、セラはとても幸せでした。……お嫁にいっても、これから先も、ずっとお二人の娘だと思っていても、いいですか?」
見上げる瞳は揺れていて、もちろんだよ、と答えたクロスの声も震えていた。
これではフレアが結婚する時に号泣していたリノを笑えない。
「セラ、泣いたらせっかくの化粧が崩れるよ」
セラの目元を拭うルックに、けれどセラの涙は止まらない。
「ほら、今日の主役はセラなんだから。笑って」
「……はいっ!」
ぽろぽろと涙を零しながら、それでも可憐に笑ってみせたセラに、クロスとルックも精一杯の祝福を込めた笑みを返した。





2. 仲間集め(I〜II時代「かつての星」から派生)

人のあまり通らない細い路地の階段に座って、シグールは本拠地を見渡している。
その足元にはフリックとビクトールの屍が転がっていたりするが、人気のないところなので誰も気付かない。
というか気付いてもシグールの本性を知っている人々は、気付かなかったフリをする。
どこかのシーナとかテンプルトンとかはわざわざ手を合わせて行った。助けろよ。

「……あの薄情者どもめ」
「薄情の筆頭二人が何を言ってるんだろうねー」
「「…………」」
シグールの笑っていない笑みで言われた言葉に二人は再び撃沈する。

「それにしてもさぁ……」
しみじみとシグールは呟く。
シグールの眼下では、子供達が楽しそうにムササビレンジャーと戯れている。
池のほとりの木陰にいるのはユニコーン。
空にはグリフォンが鳴きながら旋回している。
「……こう、この手当たり次第感がなんともいえないよね」
「セノの奴、手当たり次第に呼び込むからなぁ……」
「どっかの軍師も頭痛めてたな」
「…………」
こういうところに軍の特色って出るのかなぁ、とシグールは一人ごちた。

「僕の時ももっと色々探せばよかったかなぁ……湖だし、ネッシーくらいいたかもしれないのに」
「「それはない」」





3. 心の拠り所(III〜時代「裁縫趣味」から派生)

箱の中からそれを取り出して、指で触れる。
あちこち連れまわしているそれは見つからないように普段は荷物の奥底へと押し込められていて、気をつけているとはいえ、どうしてもところどころがほつれてしまう。
「…………」
無言で針と糸を通してほつれを直し、どこも問題がない事を確かめて、ルックはその人形を胸へと寄せた。
布と糸で作られた人形に温度はない。小さな人形は決してルックを抱きしめてはくれない。

――あの温かな腕で抱きしめて、名前を呼んで、ほほえみかけてほしい。
そうしたら、きっと。

「ルック様」
ノックの音にルックは思考を現実に戻した。
「どうしたの、セラ」
「アルベルトが呼んでいます」
「……わかった」
ドアの前から立ち去る気配に息を吐いて、ルックは荷物の中へと戻そうとして、手を止めた。
「…………」
名前を呼びかけて、けれどそれは音にならずに空気へ溶ける。
首を横に振っても、短く切った髪が頬にかかる事はない。
綺麗だと梳いてくれる手がなければ、長さなんてどうでもいい。

一度目を閉じて、次に目を開けた時、ルックの目からは先ほどまでの切なさは消えていた。
人形を手早くしまい、代わりに冷たい金属の仮面を取って、ルックは踵を返した。





4. 響く歌声(200年後シリーズ「伝記管理注意報」から派生)

「……?」
昼寝から目覚めたリーヤは見覚えのない部屋に首を傾げ、くしくしと目を擦る。
そういえば、シグールが面白い本があるからと、シグールの家へと連れてこられたのだった。
本を読み聞かせてもらっている内に寝てしまったらしく、ベッドに体には薄い毛布がかけられていた。
きょろきょろと室内を見回しても、シグールの姿はない。
ベッドから降りて、下にそろえて置かれていた靴を履いて外に出る。
塔以外の建物に来たのは始めてで、造りの違う内部に戸惑いながらも長く伸びた廊下を歩いていると、声が聞こえてきた。
不思議に思って声のする方に足を向けてみれば、目当ての人物を見つけて、リーヤはドアの隙間から中へと入る。

「シグール」
「あ、リーヤ。起きた?」
「ん」
「部屋にテッドいなかった?」
「いなかった」
「…………」
そう、とやや据わった目で呟いたシグールに気付かず、リーヤの興味は違うところに注がれていた。
「さっきのなに?」
「ん? これは棍だよ」
手に持って磨いていたそれを掲げてみせるシグールに、リーヤはふるふると首を横に振る。
「今、なんか話してた」
「話しって僕一人だったけど……あぁ、鼻歌のこと?」
「はなうた?」
「そう。こうやってリズムに合わせて音を出すの」
「……ふぅん」
シグールのそばに近づいてきて、リーヤはちょこんと床に座る。
そのまま何かを待つ仕草に、シグールは小さく笑って、今まで歌っていた歌を最初から歌い始めた。





5. 理由(200年後シリーズ「髪切り」から派生)

その日、リーヤが髪を切ってきたのを見て、トビアスがぽつりと零した。
「リーヤって髪短くしないよな。手入れめんどいって割には切ってもそろえるだけだし」
「グリンヒルに来た時点で長かったから、てっきり育て親の趣味かと思ってたが」
そう言うラウロの髪も肩につく程度に長いのだが、ラウロは昔は短かったし、意味もなく伸ばすわけはないのでここでは脇に置いておく。

リーヤは二人の言葉にしばし無言で、それから思い出すように語り出した。
「んーっと、俺がクロス達に拾われた時はさ、そりゃもう髪なんてぼっさぼさの痛み放題伸び放題だったんだって。まぁ当たり前なんだけど。で、さっぱりしよーってんでクロスが短く切ってくれたんだけどさ。それがあまりにあんまりだったらしくて」
「似合わなかったのか?」
「いや、なんかテッドにそっくりになって」
「「…………」」
それがなぜ「あんまりにあんまり」なのか。
テッドを知る二人は無言で視線を交わす。
なんとなくその理由が分かってしまうあたりが悲しい。
「遊びに来たシグールも「不憫な……」みたいなこと言ってさー。それ以来、短くするの禁止なんだよなー。人生まで似るからってやめろって」
「……それは」
「テッドはその場にはいなかったのか」
「いたぜ? なんか打ちひしがれてたけど」
「…………」
かける言葉が見つからなくて、とりあえず二人はリーヤの肩に手を置いてこくこくと首を縦に振っておいた。

とりあえず、今後とも短くする事はおすすめしない。





6. 涙(200年後シリーズ「愛情はスパイス」から派生)

「うー……」
「あーあ……」
ぼろっぼろと涙を零すシグールを前に、クロスは弱ったなぁ、と苦笑を浮かべた。

クッキング教室を始めて数日。
包丁の基本的な扱いを教えたところで、今回作りたいというメニューのひとつであるポトフの作成段階に入った。
ちなみに最終目標はシチューなのだが、いかんせんグレミオの特製シチューが彼らにとっての基準なので、超上級者向けメニューとなっている。マスターできるのはいつの日やら。

そんなわけで作り始めたわけなのだが、始まって早々問題が起きた。
「玉ねぎか……」
「いーたーいー……」
玉ねぎを触っていた手で目を擦ろうとするのを慌てて止める。
「そんな手で触ったら余計に痛いよ……!」
「うー……」
「ほら、水で目洗って!」
言うが早いか、冷たい水を張ったボウルに顔を突っ込ませた。

「……ボウルに顔を突っ込ませなくてもよかったんじゃ……?」
「あははーごめんねー」
タオルで顔を拭きながら愚痴るシグールに苦笑気味に笑う。
まだ少し違和感があるのかしきりに瞬きをするシグールの瞳は赤い。

これは今晩テッドの追及は必死だろうなと思っていると、シグールがボウルに入れられた玉ねぎをじっと見つめていた。
「この僕が泣かされるとは……玉ねぎ……恐ろしい敵だ……」
「玉ねぎをあんなに凝視しながらゆっくり切ったら痛いって」
「クロスは痛くならないの?」
「僕は別にならないなぁ」
「見本」
「はいはい」
促されるがまま、クロスは玉ねぎを左手に、包丁を右手に持ち。

カカカカカカカカカ

「――というわけで、玉ねぎの繊維をできるだけ傷つけないようかつ素早く切るのがコツかな?」
「……他に何か方法はございませんかクロス先生」
ボウルに薄くスライスされた玉ねぎがこんもりと盛られているのを見て、シグールはクロスの腕前を改めて思い知ったとかなんとか。





7. 星の行方(Lシリーズ「108星のその後」より派生)

「トビアスの居場所がわかったってまじ!?」
思わぬ知らせに机の上に乗る勢いで駆け込んできたリーヤに、ラウロは眉を顰めつつも首を縦に振った。

トビアスは戦争が終わってから逃亡もといグリンヒルに戻って教師を続けていたが、ここ二年ほどさっぱり音沙汰がなかった。
グリンヒルに問い合わせたら、しばらく休業させてくれと言い置いてどこかへ行ってしまったらしい。いいのかそれで。

ラウロもリーヤもそれぞれ探していたが、ちっとも足取りが掴めなかったのだが。
「で、どこ!? どこ行ってたんだよ!?」
「…………」
苦虫を噛み潰したような表情のラウロに、嫌な予感がびしびししたが、リーヤは恐る恐る質問を重ねた。
「どこ」
「西大陸」
「…………」
「…………」
「なんでそんなとこ行ってんの」
「俺が知るか」
「なんでラウロそんな機嫌わりーの」
「連絡をよこしてきたのがエリカだった」
「…………」
なんで。

「と、いうわけでリーヤ」
「…………」
皆まで言われずともラウロが何を言いたいのか分かってしまって、リーヤは処刑前の囚人のような心持でラウロの次の言葉を待った。





8. 親友(V時代「非日常な日常」から派生)


「つーか王子さんさぁ、俺の前では全然猫被んねぇよな」
「え、被ってほしいの?」
「いいや。あの笑顔見てるとなんかいらつく」
「すごい言われよう」
からからと笑ってアルファードはリオンが持ってきてくれた果物にかぶりつく。
王宮にいた時には絶対にできなかったし、しなかった食べ方だ。

慣れない食べ方のせいで手首に垂れてきた果汁を舐め取って、ロイがじと目でこちらを見ているのに気付いた。
「なに?」
「いや……王子さんがそんな食べ方してるって知ったら、リオンの奴がまた怒るだろうなと」
「ロイをね」
「あいつ、王子さん絡みは全部俺のせいだと思ってるもんなー……昼間も散々だったし」
「はははは」
「人を影武者にして雲隠れしてた元凶が笑うな!」
後頭部をはたかれて、果物を持っていた手に力をつい入れてしまい、柔らかな果物からぼたぼたと果汁がしたたり落ちた。
「あーあーあー……」
「ああほらそんな食べ方するからだ! 柔らかい果物は普通に切って食べた方が楽なんだからな」
「だってー」
「だってじゃねぇ」
ぶつぶつと口の中で文句を反復しながら、アルファードから取り上げた果物を皿に乗せ、床を拭くものを探しているロイを見ながらアルファードは小さく呟いた。
「同じ食べ方の方が、近づけるかなって思ったんだけどなー」
「あ? 何か言ったか?」
「ううんー。あ、ロイこれ食べたいから剥いてv」
「自分で剥け」





9. 心友(200年後シリーズ「研究者魂」から派生)

「最近ルックがトビアスと妙につるんでいます」
クロスの真顔での報告に、シグールは「ああやっぱり」という顔をして、テッドは顔を引き攣らせた。
まぁ、初めて会った頃からなんとなくウマが合いそうな二人だとは思っていた。
リーヤがよこす手紙の内容からトビアスがかなりの研究者気質である事も窺えたし、ルックの転移にも随分と興味を持っていた。

「時々トビアスから手紙が届いててね……あのルックがそりゃあ楽しそうに返事を書いているわけですよ……僕はもう浮気すら疑ったよ……」
「……いや、さすがにそれはないと思うけど」
「ありえないけど羨ましいレベル」
「…………」
まぁ、クロスは断じて研究者気質ではないので、ルックの研究内容を聞いても反応が返ってこないからルックとしてもつまらないだろう。
そこにトビアスという、自分の研究の理解者が現れたとしたらそりゃあ喜ぶ。

「ルックも研究の話し相手ができて嬉しいんでしょ」
「……そうだね。それで最近ルックが研究室にこもる事が増えたり突然どこか行っちゃったりするんだけどね」
「…………」
ああ、クロス微妙にストレスが溜まっているんだな。
けどルックもトビアスも悪いわけではないからはけ口がないんだな。

「まぁストレスはテッドで発散してくれればいいんだけど」
「ちょっと待て」
「用事ってそれだけ?」
「……ん、まぁ、本命はそれだったんだけど」
「待てっつってんだろが」
少し困ったような表情になって、クロスはあのね、と声を潜めた。
「……研究室にこもってるってことは、何か作ってるってことだよね」
「「…………」」
その瞬間、シグールとテッドの脳裏を過ぎったのは、過去ルックが作った物によって引き起こされた惨劇の数々だった。

「トビアスっていう理解者ができちゃったから張り切っちゃってるみたいでー……その時はよろしくね☆」
「有料でテッドを貸し出そう」
「シグール……?」





10. 遊びの仕方(200年後シリーズ「雪んこ」から派生)

後日、更なる降雪により、地面を覆う雪かさは更に増し、それに伴う冷え込みによって湖に張った氷も分厚くなっていた。

「というわけでスケートをしまーす!」
「いえー!」
「……そして今日も俺は子守ですか」
「今日は僕もいるからいいじゃない」
からからと笑っているクロスは、今日は参加してくれるらしい。
なら子守いらねーじゃん、とクロスを見やり。

「……で、クロス。その手に持ってるのはなんだ?」
「今晩のおかず調達道具☆」
「…………」
お前子守じゃなくて夕飯調達のために来ただろ、という言葉は飲み込んだ。
たぶん、これがそのままテッドとシグールを含めた面々の夕飯に返ってくるのだろう。

湖の氷の上にシグールが先に立って、軽やかにターンをしつつリーヤを振り返った。
ほら、と両手を広げて見せる。
「リーヤ、こんな感じ」
「シグール……分からんと思うぞそれじゃ」
自分も氷の上に立って、テッドはリーヤに言う。
「背筋はまっすぐ伸ばして、足は少し内に傾ける感じな。あとはなるようになれだ」
「テッド……それ僕とどう違うの」
「少しは具体的だろが」

「つーかこの靴歩きにく……でっ!」

よろよろと氷の上に足をついたリーヤは、即座に滑って尻餅をつく。
さすがにいきなり滑るようになるのは無理か。
「最初は手ぇ引いてやるか」
よいせ、とリーヤの手を取ってテッドはにやりと笑う。
「いくぜー!」
「う、えぇぇぇぇぇぇ!?!?!」
くるりと湖の奥の方へとリーヤの体を向け、思い切り背を押してGO、とばかりに押した。

「おー、よく滑る滑る」
「うちの子に何してくれてんのばかテッド!」
悲鳴をあげつつだんだんと遠ざかっていくリーヤを満足気に眺めていたら、背後から氷を切るための道具が飛んできた。
「なにすんだクロス!」
「止まれないでしょ! 端にぶつかって転んだりしたらどーすんの!!」
「……というか、もし氷薄いところあったら大変だね?」
「…………」
こてりと首をかしげて呑気にいったシグールに、クロスの殺気混じりの視線を受けて、テッドは慌ててリーヤを追いかけた。