幻水好きさんに108のお題。

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1題目:別れ(IV)


「よう」
片手を上げた彼の姿に、クロスは目を大きく開いた。
「もう行ったんじゃなかったの?」
「そのつもりだったんだけどな」
とうに群島を出たと思っていた、と表情に表して尋ねたクロスに、テッドは眉をしかめて答える。
借りを返すという名目で結局最後まで付き合う羽目になったテッドは、全てが終わった時には姿を消したと聞いていたのに。

「アルドが後をおっかけてるって?」
「……今撒いてるとこなんだよ」
「テッドがまだ群島にいるのはそれが理由?」
憔悴している様子にクロスは思わず噴き出す。
それがますますテッドの機嫌を降下させるのだと分かってはいるのだが。

「お前もあいつ止めろよ。知ってるだろ、俺の紋章は」
「知ってるけどさ」
だけどそれはアルドだって知っている。
そのうえで追いかけるのをどうして止められようか。
それがどんな結果になろうと、それがアルドの決めた事ならクロスが口をだす領域ではない。

「がんばって」
「……がんばれねぇよ」
「いや、今のはアルドに」
「応援すな!」
あはは、とクロスは口を開けて笑う。
物凄く不本意な顔をしながら、テッドは長く溜息を吐いた。
「ま、元気そうで何よりだ」
「もしかして心配して寄ってくれたんだ?」
「生きてたってのは聞いてたからな。一度くらいツラを拝んでおこうかと」
「ご利益ありそう?」
「ないな」
肩を竦めてテッドは笑った。





2題目:戦いの始まり(II)


空気はぴんと張り詰めていた。
少し離れたところにいる彼らも、目の前に置かれた飲み物に手をつける事すらできてはいなかった。
緊張感に堪えかねたように腰を上げかけた一人は、当事者の内の一人の視線を受けて力が抜けたかのように椅子に再び腰を下ろす。

部屋にいるのは八人、しかし事の中心はその内の二人だ。
二人は机を挟んで向かい合っていたが、表情は正反対のものを浮かべていた。
片方は愛らしく、見た者を和ませるような笑みを浮かべている。
こんな時でなければ自分もその笑みに心からのものを返せたかもしれない。
けれど今は必死にせめて相手の気を落とさないような笑みを取り繕うので精一杯だった。
ああ、せめて相手が彼女でなければ。
「今日は誕生日だって聞いたから。いつもお世話になってるから沢山たべてね!」
「あ、ありがとう……」
にこにこにこ。
笑みを浮かべて皿を進めるナナミに、シグールは引き攣った笑いを浮かべた。
助けを求めるように視線をずらせば、テッドは頑張れと苦笑を浮かべ、ルックとクロスは見て見ぬ振りをし、ジョウイは乾いた笑みを浮かべ、セノは申し訳なさそうに目で一礼した。
……ああ、友達がいのない奴らめ。
机の上にあるナナミ手製ケーキは、とても美味しそうだった。
見た目だけは。
口に入れた時のその破壊力を知ってしまっているシグールは、ごくりと喉を鳴らしてゆっくりとフォークを手に取った。





3題目:天魁星(L)


「天魁星の資質ってなんだと思う?」
「なんだよ藪から棒に」
呆れた風に返したが、シグールが突拍子もないことを言い出すのは初めてではないので気にしない。
シグールもテッドの言葉など聞こえなかったかのように勝手に続けていく。
「強さは関係ないだろうし、容姿も結構違うよね?」
「まぁ、年齢は全員近いよな」
「あ、赤が似合うとか!」
「……ああ」
確かにシグールもセノもクロスも(あれは黒の方が割合が多いが)、そういえばリアトも赤が基調だ。
そのせいなのか、天魁星のイメージといえば赤なわけで、つまり天魁星の資質としては赤が似合う事が重要……
「なわけないだろ、さすがに」
そんな色のイメージで決めてどうするよ。
真面目に考えてみれば腹黒い……のはセノやリアトは除外されるから別として。
そういえば全員年が近い上、見目はいいよなとテッドはそれ以上考えるのをやめようと思った。
星の導き手としてのどこかのふわふわした星読みの女性の好みで選んでるんじゃないだろうか、という予想にたどり着くのが嫌だったからだ。





4題目:幼なじみ(II〜III)


酷く真剣な顔をして何を言うかと思えば。
「幼馴染同士での恋愛って王道すぎて面白味に欠けるよね」
「……それは僕に対して喧嘩売っているととっても?」
「僕の言葉は常に楽しさを追求するのさ」
言ってる事の意味がわかりません、とジョウイは半眼で目の前で茶を啜っているシグールを見た。
セノはナナミとテッドと一緒に外で庭をいじっている。
窓から見える光景はほのぼのとしていて目の保養になる、テッドよその位置変わってくれ。
「幼馴染ってことは小さい頃から知ってるんでしょ?」
「小さい頃のセノはそれはもう可愛かったよ……!」
「過分にフィルターかかった思い出話は期待してないから。ナナミだってその時から一緒にいたんだろ?」
「ああ」
「なんでナナミじゃなくてセノにいったわけ?」
「小さい頃から一緒にいるからあんまり恋愛対象として見れないんだよね。家族っていうか」
「…………それ、セノにも同じこと言えるんじゃないの」
物凄く冷めた目でシグールが突っ込んだ。





5題目:テレポート!(成功)(V)


ふわりと一瞬の浮遊感。
足元が抜けるような気分と共に、周りの景色が霞んで見えなくなる。
いつも目を開いたままにしていようと思うのだけれど、回る景色に堪えきれなくて瞬きを一回。
そうすればそこはすでに数秒前にいた場所とは違うのだ。

本拠地の滑らかな石の灰色から、目に優しい緑と清々しい青が広がる視界へ。
背を伸ばして思い切り息を吸い込めば、朝の冷たい空気が肺を満たした。
「うん、さすがビッキー」
満足そうにしているアルファードに、隣に立つロイが溜息をひとつ。
「いいのかよ勝手に出てきて……一人で外出するなって言われてたんだろ」
「一人じゃないもーん。ロイが一緒だから平気だもーん」
「かわいくないからやめろ」
げんなりと肩を落とすロイの背中を叩いてアルファードは笑う。
「ちょっとした息抜きだよ」
「だからそれに俺を巻き込むなよ……」
「心配性だなぁ。大丈夫、朝議の時間がきたら瞬きの手鏡で戻れば……」
「……王子さん?」

懐をまさぐって固まったアルファードに、ロイは嫌な予感を覚えつつ声をかけた。
まさか、なんて口にするのも恐ろしい。
アルファードはてへ、と大層可愛らしい笑顔を浮かべて、言った。
「鏡、忘れた」
「…………」





6題目:戦闘開始(L)


「残念だな、できれば争いたくないんだが」
「よく言うよ」
目の笑っていない笑みを浮かべたテッドが武器を構える。
相手のジョウイに合わせて、遠距離用の弓ではなく片手剣だ。
「使い慣れない武器で僕に勝てるとでも」
「これくらいのハンデは必要だろ」
鼻で笑うテッドにジョウイの纏うオーラが暗くなる。
両者が間合いギリギリで隙をうかがい、最初のチャンスを待っていた。

「あれ?」
空気を読まない声を合図に両者が武器を合わせた。
ギリギリと拮抗し、離れ、再び絡み合う。
その様子を少し離れたところから眺めていたシグールに、やってきたクロスは戦っているテッドとジョウイを指差して尋ねた。
「何してんのあの二人」
「今日から一週間の遠征にどっちがついていくかでもめてる」
「・・・・・・」
「残った方が溜めに溜めた書類の始末をまとめてやるんだってさ」
「・・・・・・くっだらな」
クロスが呆れて呟いた。





7題目:お風呂(L)


ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ――むっつ。
風呂場の周りに拵えられた台に揃っているのは六つの象。
そのすべての目からは赤い液体が流れ出て、湯船やタイルを赤く濡らしている。
風呂場全体もどことなく不気味な空気がかもし出されていて、風呂場なのになぜか鉄の匂いがそこはかとなく。
「おい」
「皆まで言うな」
「誰だよのろい人形置いた奴!!」
腰にタオルを巻くという恰好のつかない姿でテッドが叫んだ。
怖いものが苦手なリアトがこんなホラー調に仕立てあげるはずがない。
現に彼はすでに脱衣所にリターンしている。
「こんなことをする奴なんて知れてるだろ」
「シグール……あいつは……」
自分の軍だけでは飽き足らず、人の軍でもやるんかい。
いつの間にこんなに仕入れたむしろいつ設置したんだ。
「話には聞いてたけどこれはすごいな……」
「ああ……疲れが倍になった気分だぜ……」
遠い目で呟くジョウイに返して、テッドはずかずかと赤い液体ですべる床を進んで、像を引っつかんで台からひっぺがした。





8題目:旗(II)


頭上高くに掲げられた旗が翻る。
こんな目立つものをあげて、狙ってくださいと言っているとしか思えない。
これも戦場でのマナーというものなのだろうか。
確かに互いの立ち位置というものを示すには役立つかもしれない。
……奇襲とかには向かないよな、ほんと。
さすがにそういう時には使わないんだろうけど。

「何考えてんだ?」
「そう見えた?」
「上の空だった」
シーナに指摘されて、シグールはうにと軽く自分の頬を抓った。
考え事が顔に出るなんて、どうにも緊張感に欠けている。
自分の戦いじゃないからだろうか。
「真面目な顔になった?」
「いや、あんま変わってねぇな」
鞘に収めたままの剣でとんとんと自分の肩を叩くシーナがしばし逡巡した後に口を開いた。
「……お前なんで今回ついてきたんだ?」
「なんとなく」
「なんとなくて来ていい場所じゃねーだろ」
特にお前はさ、と言われてシグールは肩を竦める。
「もう行くよ」
目当てのものはもう見えた。
なだらかな丘の向こうからやってきた一軍の先頭にはためく旗にシグールは目を細める。
白毛の馬に乗っているその姿を、一度見ておきたいと思った。
そのためにわざわざ参加しないと言ったはずの戦場にまでやってきたのだから。
「それじゃあ僕は一足先に戻ってるよ」
「おー。戻ったら一杯やろうや」
「用意しておく」
シーナと軽く手を打ち合わせて、シグールは跨っていた馬の向きを変えた。





9題目:シルバーバーグ家(???)


「クロスの時の軍師もシルバーバーグだったんだよね?」
暇つぶしに歴史書を見ていたシグールがふと漏らした言葉に、そうだよとクロスは返す。
彼女は一族から離れたと言っていたけれど、それでもやはり、軍師の一族であったのだと思う。

「どんな人だったの?」
「凄い人だったよ。よく酒瓶で殴られたりしたなぁ……」
「酒瓶て……」
懐かしそうに言うクロスに、全然想像つかないよ、とシグールは首を捻った。
それにクロスはそうだろうねと返す。
常に酒を携帯している軍師など歴代にも彼女くらいではないだろうか。
いつもお酒を手放さなかったけれど、頭のキレは酒ごときで鈍りはしなかった。
強い口調で恐れられてはいたが、優しい一面もある事を周りはちゃんと知っていた。
「一言じゃ説明できないなぁ。軍師ってそういうものじゃない?」
君だってそうでしょ、と言外に問いかけると、そうかもねとシグールは息を吐く。

そこでテッドがやってきて、何の話をしてたんだと聞いてきたので、シグールが説明をすると、なんともいえない表情で頷いた。
「テッドもエレノア=シルバーバーグと会ってるんだよね? どんな人だったの?」
「あー……大酒飲みのくえねぇばーさん」
「テッド……それはちょっと」
間違ってはいないんだろうけれど、本人が聞いたら酒瓶が落ちてくるんじゃないだろうか。





10題目:テレポート!(失敗)(V)


「……また失敗かぁ」
「何言ってんだ王子さん、ちゃんとレインウォールまで飛べたじゃねぇか」
街中でがっくりと肩を落とすアルファードにロイは首を傾げる。
今日の目的地はレインウォールだったのだ、どこも失敗などしていない。
「ビッキーのテレポートってたまに失敗するって言うだろ?」
「ああ」
「そこで飛べる密室とかに、貴重なアイテムがあるらしいんだよ」
「…………」
「なのにまだ一度も失敗してくれないんだ……」
はあーぁ、と長い溜息を吐くアルファードに、こいつ失敗してほしくて最近やたらテレポート使ってたのか、と呆れた。





11題目:昔の思い出(II〜III)


はぁぁぁぁぁぁぁぁ、と深い深い溜息を吐いたグレミオに、クロスとセノは苦笑を漏らすしかない。
目の前には惨状、というか残骸。
今日のおやつにと作っていたパイがいつの間にか綺麗になくなっていた。
償いのつもりか買い物に出かけていた三人の分だけが残っている。
だったら最初から帰ってくるのを待っていればよかったと思うのだけれど、それはできなかったらしい。

「まったく……」
「まぁ、僕らの分は残ってますし」
「どうして帰ってくるまで待てないんですかねぇ」
ほんの数十分の違いだというのに、とグレミオは飲まれたままの茶器の蓋を開けて言う。
「でもあとちょっと、っていうのがなかなか待てないんですよね」
僕もそうでした、とセノがフォローする。
パイを勝手に食べた四人の姿は見当たらないので、食べた後どこかに出かけたのだろう。

「テッド君と会ってから、いい意味でも悪い意味でもやんちゃになられましたよ坊ちゃんは」
皆さんと出会ってからはそれはもう輪をかけて。
苦笑を浮かべながら片づけを始めるグレミオに、クロスとセノは視線をかわす。
明るくなった主を複雑ながらも嬉しく思っている……割には目がちょっと笑っていない。

「やっぱり庭を荒らしたりするのはまずかったでしょうか……」
「城に忍び込んだり森のモンスター全滅させたり、色々やりすぎたかなぁ」
当分自重するように四人にも言った方がいいね、と二人は力強く頷いた。
このままだといつかグレミオの堪忍袋の緒をぶっつり切りそうだ。





12題目:紋章(III〜)


「……なんだこれ」
机の上に転がっている紋章球に浮かび上がっている印にルックは眉を寄せた。
紋章の研究で、紋章を掛け合わせて新種を作ろうと思っていたら、予想とはまったく違うものが完成してしまった。
見た目は普通の紋章球。
せっかくの完成品だし一応は試してみようと自分の手に宿して、ルックは島から少しはなれた岩にめがけて、手加減しながら魔法をはなった。

ぴょん ぴょん ぴょん

可愛らしいウサギが数羽。
オレンジ色の緑黄色野菜を抱えて出現した。
そしてその岩を取り囲んで――刹那。
ウサギの袋叩きにあった岩は、木っ端微塵に粉砕された。
「…………」
うわ、これ軽く子どもが見たらトラウマになりそう。
口元を押さえてルックは現実逃避のように目をそらした。
……とりあえず、これの名前は「兎の紋章」でいいやもう。





13題目:逃げろ!!(III〜)


頭の中で警鐘が鳴り響いている。
どうしてもっと早くに逃げ出さなかったのかが悔やまれた。
しかし今は過去を振り返っている暇はない。
一刻も早くここから離脱することを考えなければ。

シグールとテッドは、気取られないようにゆっくりと足を後ろに出した。
こんなに慎重を期すだなんて、モンスター相手には考えられない。
せめて出口にまでたどりつければ。
そうしたら、後は持てる全ての力を持って、逃走するのだ。

「シグール様? テッド君? どうしたんです?」

穏やかな声でグレミオが問う。
満面の笑みを浮かべた姿は、緊張感の漂う室内にはそぐわない。
……その手には空になった大皿が一枚。
つい数十分前までは綺麗にデコレーションされたケーキがあった。
しかし今は、クリームと僅かな生地の残骸を残しているだけだ。
犯人は考えるまでもない。

シグールとテッドは視線をグレミオに固定し、薄い笑みを浮かべてひっそりと言葉を交わす。
その目に余裕は一切ない。
「テッド、ここは戦略的撤退がベストだと思うんだ」
「まったく同意見だシグール君」
「こそこそ話してないでそこに座りなさい二人とも!!」

雷が落ちた。





14題目:お散歩(III〜)

「しっあわっせならてをたーたこっ」

ぱんぱん

「しーあわっせなーらてっをたったこ」
「……ごきげんだな」
先頭をスキップしながら歩いているシグールに、ジョウイが呟く。
「皆でのお散歩は久しぶりだから」
「年末年始は忙しかったからな……シグールにいたっては久々の外出じゃないか?」
テッドが苦笑して言う。
年末年始の鬱憤が溜まって溜まって爆発する直前でセノとジョウイが遊びにきてくれて本当によかった。
あのままじゃ死人が出かねなかった。
身内に。

ご機嫌な歌声と手を叩く音が静かな森に響く。
……静かすぎだ。
「誰か王者の紋章つけてたっけ?」
「いいや」
「……モンスターが出てこないな」
バナーからグレッグミンスターに行くまでの森にはトラやら鎧武者やらがいたはずだが、半分以上を進んだところでモンスター一匹出てこない。
気配を隠しているでもなし、むしろ音を立ててこちらの位置を教えているようなものなのに。

不思議に思っているジョウイとテッドに、セノが思い出話をぽつりとし出した。
「まだ統一戦争の時なんですけど、シグールさんを迎えに行く時によく通ったんですよね、ここ」
あとレベル上げとか、とにこやかに話すセノに、ジョウイとテッドは嫌な事に思い至った。
迎えに行くという事は、帰るという事だ。
行きと帰り、それに加えてレベル上げ。
それを繰り返されたモンスター達は、シグール達をどう認識したのか。
「…………」
「体にしみこまされたのか……」
シグールとセノが王者の紋章そのものになってるようなものか、とジョウイとテッドは茂みのあたりで息を潜めて震えている気配に哀れみの視線を向けた。





15題目:美青年(II)


真剣な顔で考え込んでいるシグールに、隣に立っていたルックが胡乱気な視線が向けた。
考えこむなら人の隣でなく自分の部屋で一人でやってくれ、と言いたい。
しかしそれを言う前に、シグールが顔をあげて真顔で口を開いた。
「僕は今日こそ問いたい」
「……なに」
「美青年攻撃の基準ってどこなんだ」
「…………」
それは真剣に考えることなのか。
そしてそれを僕の前で言うのか。
とりあえず軽く殴っておこうかと振り下ろされたロッドは呆気なくかわされた。
当たるとは思っていなかったが軽く舌打ちしてルックは視線を隣から外す。
「僕の時はアレンとグレンシールとだったじゃん? で、今はフリックとカミューとマイクロトフ。騎士は選ばれるのが当然なの?」
「…………」
「ていうかフリック二十九なのに美青年って変じゃね」
「……それが言いたかっただけだろあんた」
「まぁね」
「そういう事は本人にいいなよ」
「うん、そーする」
けろりと言ってシグールは石版から離れて外へ出て言った。
たぶんそのままフリックのところに行くんだろう。
「僕には関係ないけど」
これで美少年攻撃に言及してくれればそれでいーや、とフリックにとって冷たい言葉を吐いて、ルックは石版に背を預けて目を閉じた。





16題目:全軍突撃(III〜)


わなわなと拳を震わせ、シュウは今しがた提出された書類を握りつぶした。
湧き上がる怒りを抑えるように深呼吸をひとつ。ふたつ。みっつ。
「――今度と言う今度は許さん! 全軍突撃! あのバカ英雄共をとっ捕まえろ!!」
「は、はいっ!!」
鬼の形相で叫んだデュナン国宰相に、部下は蒼白な面持ちで返した。


そして。
王国軍を出させた当の本人達は、のんびりとピクニックと洒落込んでいた。
「こんなことに軍を出すなんてバカだよねえ」
「ちょっとモンスターが異常増殖したのを叩きのめして重要文化財を壊しただけなのになあ」
「人の被害はゼロだったから、シュウのいったこと守れてるのにー」
「まったくだよ、「被害を出すな」って言うから、住民は全員避難させたじゃないか」
「お城の一つや二つでケチるなってのねえ」
反省の「は」の字も見せない五人に、ジョウイは心の中でそっと謝罪した。

何も知らない王国軍が、英雄(自国の王様込)を発見するまであと二日。






17題目:日向ぼっこ(II〜III)


ぽかぽかぽか。
ぬくぬくぬく。

「いい天気だねぇ」
「そうだな」
「……すごく、気持ちよさそうだよね」
「ああ」

魔術師の塔のある島の、入り口から少し離れたところで。
クロスとルックが並んで横になってすうすうと寝息を立てている。
その脇には畳まれた洗濯物と風でページがめくられていく本があって、たぶん洗濯物を取り込みにきて(とそれについてきて)そのまま寝てしまったのだろう。

シグールとテッドは、近づいても起きやしない二人を見下ろして顔を見合わせる。
遊びついでに夕食をたかろうと思ってきたのだけれど。
こんなに気持ちよさそうに寝ているのを起こすのはなんだか良心が傷む。
まだ太陽が沈むには時間があるし、このまましばらくそっとしておいてあげようか。
それにしてもよく眠っている。

「……僕も眠くなってきた」
「まだ陽も高いしなぁ」
「ここに来るために朝早かったしね」
「馬車の中で寝てなかったかお前」
「あんなに揺れてるところでぐっすりなんて寝れないよ」
「つまりは」
「僕らも昼寝しよう!」
「それもいいな」
シグールとテッドは笑って、二人の脇を陣取って、ごろりと横になった。





18題目:護る(V)


まだ新しい、染料の匂いが微かに残る袖に手を通す。
自分のためにあつらえられたそれはぴったりと体に馴染んで、軽く肘を回して満足気にアルファードは頷いた。

無意識に襟足に手を伸ばして、そこにないものに苦笑する。
「この癖直さないと変だよなぁ」
ばっさりと切り落とした髪は、もったいないと随分妹達に言われたが、これはこれで自分なりのけじめというものだ。
だけどついついない事を忘れて触ろうとしてしまうから、誰かにからかわれる前に直してしまわないと。

「アルファード様、準備できましたか?」
「うん。ああ、リオンも今日から正騎士になるんだっけ」
「はい!」
「よく似合ってるよ。髪型も変えたんだ」
「アルファード様もよくお似合いです」
にっこりと微笑むリオンは、それでももったいなかったですねと言う。
リオンもまたアルファードの髪を惜しむ一人だったりする。
「もう皆に言われたから……リオンにまで言われるとさすがに後悔しそうだからやめて」
「あら、それくらいで後悔なさるんですか?」
「……まぁ、しないけどさ」
くすりと笑って額あての位置を確認し、アルファードは足を前に出す。

今日からは王子としてではなく、女王補佐として、女王の隣に立つ。
髪を切ったのも、自身が切る事など数ヶ月前までは考えた事もなかった服に身を包む事も、すべては自分なりのけじめだった。

これから国も妹もまとめてみんな護ろうと思っているのだから、それくらいの事をしないと引き締まらないとなんとなく思ったから。
たまには形から入る事も大切だろう?






19題目:仲間(I)


「げっ、また外れた」
「あらら、残念ですね」
「むー……なんでそう、ヤム・クーはうまいかなぁ」
「オレ達はこれで飯食ってるんですから、上手くないと困りますって」

唇を尖らせるシグールに、ヤム・クーは苦笑する。
いきなりやってきて釣りをしたいと言うから腕に自信があるのかと思ったが、そうではないらしい。
先程から長靴やらが足元に小山を築き、魚も小魚が釣れる程度だ。
「しかしなんでまた、釣りをやろうと?」
「息抜き……のつもりだったんだけど」
これじゃあ逆にストレスが溜まるわ、と竿を投げ出してシグールは足を伸ばす。
その弾みでぐらぐらと船が揺れて、ヤム・クーは慌ててバランスを取った。
「あ、ごめんごめん」
「もう……急に暴れないでください」

「釣りってもっと楽しいものだと思ってたんだけどな」
「そうですか」
「前にやってた時は楽しかったからさ」
「まぁ、釣りは一人でやってもあんまり面白くはないですからね」
「……そういうもん?」
「ええ。遠征と似たようなものです」
「ああ、確かに一人でひたすらもさもさ狩るのはつまらない」
微妙なたとえをしたヤム・クーに笑って、じゃあ今度は一緒にやろうと誘った。





20題目:美女(L)


秘密が女を綺麗にするとかいう格言があったような気がする。
確かに秘密の多い女性は美しい。
……美しいとは思うけれど。
「ジーンはなぁ……おすすめしないかなぁ……」
「どうしてですか!?」
ジーンに惚れたらしい兵士の相談に、テッドははぁぁぁぁぁと長い溜息を吐いた。

あれは遠くから眺めておくのが一番いいのだ。
謎めいた女性というよりは最早不可解、胡散臭い、得体が知れないという域に達している。
へたに近づくとロクな事にならないに違いない。
特に、一般人には。

「諦めろ、お前のかなう相手じゃないよ」
「……やっぱり高嶺の花すぎるでしょうか」
「いや、思うだけなら自由だがな……あの人ほんとわからないから」
とにかくあれは観賞用。
その言葉が自分達にも適用されていると分かっているのかいないのか。