<またつまらぬものを切ってしまった>
「っきゃーっ!! むしーーっ!!」
そんな可愛らしい悲鳴をあげるのは。
……グレミオでもクロスでもルックでもあるはずがなく。
現在台所にいるのは後一人。
つまり。
「やーっ!! ぐっぐっ、グレミオさんっ!」
「はいはい、平気ですよナナミちゃん。ただの虫ですからね」
苦笑してグレミオが飛びついてきたナナミをなだめている間、無表情でルックがだんと靴底で床を這っていたそれを踏み潰す。
ぐりっとなじって抹殺に念を入れた後、クロスがさっと雑巾でふき取ってゴミ箱の中へと入れた。
「でも、ほんとに出るんだね」
「は?」
虫の残骸を片づけ終えたクロスが、しみじみというのでルックが思わず問いかける。
「どう言う意味」
「いや、群島の方にはいなかったんだよねゴ」
「言わないでー!!」
「あ、ごめんごめん」
その名を出そうとした瞬間、泣いて嫌がるナナミに、さしものクロスも苦笑する。
溜息をついてルックはお盆の上に載せられたティーセットを持ち上げた。
そもそも彼は先ほどから台所の端にいたが、お茶菓子作りを手伝っていたわけではない。
ただ―――
「みなさーん、お茶ですよ」
「あー、いい汗かいた」
「楽しかったv」
「……人の作った穴端から埋めてただけじゃないか」
「お花結構植えられましたよグレミオさん」
庭仕事をしていた一同に関りたくなかっただけである。
がやがや話しながら入ってきた泥まみれの集団に、グレミオは苦笑してお茶の前に着替えてくださいと言う。
はーいと元気よく返して二階へ向った一同に視線を流し、ルックはお茶の用意を整えれると横に来たクロスへ視線を向けた。
「ケーキは」
「もうすぐくるよ」
香ばしい香りが漂って、グレミオが綺麗に焼きあがったケーキを持ってくる。
横で嬉しそうに跳ねているのはナナミだ。
だがそんな彼女が、ふと視線をケーキからダイニングに置いてあるテーブルの足の方へと視線を動かし、家中に響き渡る大声を上げた。
「きゃああああああああああああああああっ!!」
「なっ、ナナミっ!?」
「ど、どうしたのっ!?」
「なにがあったっ」
「ちょっと、なに?」
悲鳴をあげるナナミの指差す先には、黒くうねうねと動くもの。
そう。
「ムカデ……」
さっと足を上げたシグールだったが、テッドが首を振って止める。
「ムカデには毒があるし、踏んだくらいじゃしなねーんだよ」
「じゃあ」
「ソウルイーターは使うな!!」
「いやああああああああっ!! だれかー、どっかにやってーーー!!」
「なら」
「黒き刃も使うんじゃねぇっ!!」
ナナミの悲鳴にすちゃと右手を出したジョウイの頭をはたいて、テッドがルックが丁度手にしているポットへと止まる。
「おいルック、そのポットの湯をかけ・・・・・・」
スチャ
キン
「つまらないものを切っちゃったv」
「……うぉい」
床に横たわるは真っ二つにされたムカデの死骸。
それを切ったのは腰に双剣を携えたクロス。
「フツー、切るか……?」
テッドの呟きは、ナナミにしがみつかれたまま動けなかったグレミオと、ポット片手にしたまま固まったルックの内心を代弁していたに違いない。
<悪人に人権はないっ!>
とっぷり暮れた闇の中。
蠢く不審な影二つ。
今晩のじゃんけん敗者。
クロスとジョウイの姿だった。
「……退屈ですね」
「ねー……」
手に武器を構え暇そうな二人。
潜むそこは手ごろな大きさの藪。
何やってるかとは聞くなかれ。
彼らの視線の先には赤々と燃える火、そしてそれを取り巻く人影。
十も二十もいそうな彼らは、酒を飲み交わし盛大に騒いでいる。
盗賊が酒盛り真っ最中。
という説明が最も相応しく的確だ。
最後の一団らしき男たちが合流し、親方がなにやら怒鳴り全員で歓声をあげ、本格的に宴へと突入。
した瞬間。
「……大爆発」
ちゅどがーん
ジョウイの魔法によりいきなり火でぶっ飛ばされた男たちが、混乱の中体制を立て直す前に、双剣――ではなく棍棒をかざして踊り入ったクロスがばしべきとあたら殴り飛ばし蹴り飛ばし、次々に夢
なき夢の世界へと送り込む。
昏倒した盗賊どもを跨いで、ジョウイも次々になぎ倒す。
「てっ、てめーら何モンだっ!」
親玉の言葉をさらっと無視して、ジョウイはテントらしきものが置かれた方へ視線を走らせ、跳躍してその中へ入った。
「あ、あったあった」
ざくざく袋に入った金貨銀貨に宝石類。
ここらはなかなか軍の手入れも入らないし、がっぽり溜め込んでいたようだ。
「よ、っと」
取り合えず金物ものを適当にがめて、袋を持ち上げ出てきたジョウイは、いつの間にやら数少ない生き残りに包囲されている。
「てっ、てめー、俺たちのものを盗むたぁいい度胸して」
「炎の壁」
「ぎゃあっ」
無造作にジョウイが放つ魔法で、大勢がまたも倒れる。
「てっ、てめえー!!」
ドンガラピッシャーン
「悪人に人権はないっ!」
今にもジョウイに掴みかかっていきそうだった盗賊の親玉に雷を落としたクロスが、意気揚揚と黒こげになった彼に指差し声高らかに宣言した。
「よしっ、これで賞金首とまとめてお宝もらって」
「資金が潤いますね……いやー最近モンスターもろくに出ないから。よかったこいつらがいて」
今晩の「旅資金調達係」だった二名は、よかったよかったと言いながら山を下っていった。