<喰らうが勝ち>

 

深夜の酒場には不相応な妙に若い客がいた。
淡々と一人でボトルを空けている彼に、酔った勢いで男は絡む。
「よぉ兄ちゃん」
「…………」
「おい、無視すんじゃねぇよ」
「……煩い」

ぼそっと呟かれ、なにをぉう!? といきり立った男が拳を突き出すが、へろへろなそれはあっさりとかわされる。
そんな態度に頭に血が上り、他の仲間の囃したてもあって、外にでろぉ! と叫んだはよかったが、相変わらず相手にされない。
無理矢理服を引っ張れば、バシッと跳ね除けられた。

「触るな」

不機嫌な声ではねつけても、酔った男には通用しない。
再び絡んできた相手をどう投げ飛ばそうか思案していると、慣れた気配が伝わってきた。

「テッド」

なにしてんのー? と尋ねる声の方向に顔を向ける。
頭部全体を覆うバンダナの端をひらひらさせて、そこに立っていた少年は絡まれていた彼の肩を掴んでいる男と、客の間を数度視線往復させる。

「ガキがこんな所でなにしてんだよぉ?」
酒臭い息を吐きながら、顔を寄せてきた男に顔をしかめる。
その腕をぐいと掴まれて、振りほどこうとするが思い切りするわけにもいかず、掴まれたままに留まる。
酔っている相手を転倒させて、頭なんて打ったら最後そのままサヨウナラだ。

「離せ」
「きこえねぇなぁ〜」
少しでも酔いが回りきっていない面子は真っ青になった少年の明らかに「少年」らしくない一言も、酔いが回りまくっているメンバーには関係ないらしい。
「ずいぶんと細ッこいじゃねぇか、ええ?」
「酌でもしてくれんのかい、おじょーさん」
「…………」

一般客、酔いの回った、たちの悪い客なだけ。
早く出れば問題ないわけで、ここで大げさに立ち回ると今後入店禁止令出そうだし。
というわけで喉元まで出かかったものを飲み込んで、迎えに来た相手の袖を引っ張る。

「話きいてんのかよぉ」
掴まれたままの腕を引っ張られて、少年はバランスを崩す。
その腰を捕まえて支えた客は、ダンッと音を立ててグラスをカウンターに置き、据わった目で言い放った。



「外へ出ろ」





ヒュラリラリ〜と夜風吹く中、対峙した男達は口元を歪ませ笑みを作る。
相手はひょろっこい青年に少年。しかも丸腰。如何足掻いてもこっちが負けやしない。

「……ッド、テッド、どうするの?」
心配とか不安ではなく、ただ作戦の確認をした彼は、親友の口元にちらと獰猛な笑みを見た。
……それは、今まで目にした事がないもので。

「シグール、こういう格言知ってるか」
「え?」
「死人に口無し」
「……テッド?」


「喰らうが勝ち」

わきっ

右手を思い切り鳴らしてにやり笑った彼は。



「……テッド、僕グルメだからヤメテ」

静かな声が夜の静寂に響く。



***
この後半殺しに撲殺(待)し、テッドは意気揚揚と引き上げました。
















<俺の背後に立つな>
 


今日は曇りだけど雨は降りそうにないからね。
そう言ってセノが手渡したのは、バケツと雑巾。

「ジョウイは大きい窓お願いね」
「ああ、わかったよ」

ジョウイの方が高いところに手が届くので、大きい窓を拭くのは当然。
というわけでまずは外から、雨や泥や埃で汚れた窓を拭いていく。
きゅっきゅっと音を立てながら、一枚二枚と綺麗にしていくと気分がいい。
窓から中を覗けば、飾り棚のガラスを拭いているセノと目が合って、ジョウイが笑みを作ると笑顔になって手を振り返してくる。
 


「ああ……セノはいつでも可愛いなあ」
「ホントニネーv」

「ぎゃわっ!?」

ジョウイの後ろからにゅっと顔を出したシグールは、思わぬ出来事に固まっている彼の肩に手を置いた。
「久しぶりだね」
「……の……」
「ん?」
「僕の背後に立つな!」
「ほんとにね、叫ぶジョウイが面白くて」
「なにが「ほんとにね」だ!」

あんたは心臓に悪いんだよとジョウイが言えば、そんなに僕に会えて嬉しいかいとシグールは笑顔で返す。
にらみ合う彼らはどうしようもないので、テッドは二人を無視して作業中だったジョウイの後を継いだ。
「何しに来たんだ、とっとと帰れ!」
「なに寝言ほざいてるんだい。この家斡旋したのが誰だと?」
……よーやるわ。
呆れ半分で流し聞いていたテッドは、磨いていた窓の向こう側にセノが近づいてきたので、手を休める。
「テッドさん」
「ん?」
「おやつにしませんか? 中で準備しますよ」
「おお、行く行く」

頷いてテッドが道具を横に置いて、家の中へと入っていく。



「だいたいなぁっ、事前連絡入れるって考え付かないのか」
「いきなり行って驚かすのが醍醐味なんだよ」
「なんて勝手ないいぐ……!!」
「なに、どうし……あ〜っ、テッドずっるーい!」

ふと視線を横に移したジョウイが絶句すると、それに気付いたシグールも同じ方向を見やる。
呑気にお茶をしているテッドとセノがそこにいた。
「お前らが遅い」

窓掃除終わるまで入ってくるなよ?
笑顔で言ってテッドはセノと談笑しながらお茶を飲む。

「・・・・・・・・・シグールのせいだ」
「ジョウイのせいだよ」
「かってに尋ねてきたのがそもそもの」
「だいたいジョウイが掃除放りださなきゃ」
「「…………」」

言い争う二人を、ガラス一枚越しに見ながらテッドは微笑を口元に浮かべている。
セノが仲良いですねーと言うと、そうだなと返した。
 




***
テッドは自分以外に坊ちゃんに友人ができて嬉しいのです。
「俺の背後に立つな」はたしかゴルゴ
……