ここ数年、なぜかシグールが屋敷の中庭でヒョウタンを作っていた。
なぜヒョウタン。ヘチマじゃないのかと尋ねたら、ヒョウタンじゃないと意味がない、と言われたが、肝心の理由はさっぱり教えてもらえない。
しかも、あのシグールが芽出しから苗植え、水遣りにいたるまで何ひとつテッドにも誰にも手伝わせようとはしないのだ。
視察などで屋敷を空ける時は人に頼んでいくが、その相手も必ず執事長で、テッドには指一本触れさせないとばかりの厳重さ。
これは何かあると思っていたのだが、最初の年にできたのはごくごく普通の、むしろこぶりのヒョウタンが数個で、シグールは小難しい顔でぶらさがっている緑色の見を見つめていた。
翌年も、その翌年もシグールはヒョウタンを育てた。
毎年なにかしら工夫を凝らしているらしく、緑と向き合う姿は真剣そのものだ。
季節に合わせた色とりどりの花を配置してある庭園の一角に、そこだけ子供の夏休みかと思えるヒョウタンコーナー。
色々と台無しではあるのだが、当主であるシグール自らが行っていれば他から文句が出ることもなく、そのうちそこにヒョウタンがあることが当たり前になってしまった。が。
「今年は作んなかったんだよなぁ、あいつ」
麦茶のグラスに入っていた氷を噛み砕いて言ったテッドに、クロスが苦笑を浮かべてお茶請けの追加を持ってきた。
東の国のものだという、餡を透明なつるりとした生地に包んだものは、焼き菓子などに比べて暑い時分でも食べやすい。
暦の上ではすでに秋だが、世間はまだまだ夏模様だ。
「実が鳴らなかったの?」
「いや。苗から植えてなかった。いいのかって聞いたら、もういいんだってさ」
結局何がしたかったのかさっぱりわかんねぇ、とテッドはぼやく。
最初、なぜヘチマではないのかと思ったのは、ヘチマは女性の化粧用品に加工されたりと用途が多く、そのための試作品でも作るのかと思ったからだ。
ヒョウタンについて調べてはみたが、その手のものには加工できそうにない。
「他に何かいい使い道があったのかもしれないね。去年のシグールは何か言ってなかったの」
「……嬉しそうっていうなら、去年より一昨年だったな。去年はなんか、殺気立ってた」
目を輝かせていたシグールは緑色の身を抱えて踊っていた一昨年に比べて去年はそんなに睨んでたらヒョウタンがしぼむぞといわんばかりの表情で、生った実を見つめていた気がする。
首を傾げているテッドの耳に、クロスがくすくすと笑う声が入ってくる。
「拗ねてるねぇ」
「すねてねぇ」
「シグールが隠し事してるから気に入らないんでしょ」
誕生日にそんなしけた顔してないでよね、と渡されたのは古書だった。
少し前に、ルックの蔵書で見つけてほしいといったがにべもなく断られたやつだ。
「シグールのことだから、そのうちテッドにも必ず教えてくれるんだろうからそれまでそれでも読んで大人しく待ってなよ」
「え、まじでいいのこれ」
「ルックからちゃんとOKもらってるよ」
やり、と表紙を開くと、水色のリボンがついた栞が挟んであった。
薄い銀板を花びらの形に切り取って模様にしてあるそれは、明らかに手作りだ。
「そっちは僕からね。間違っても売らないように」
「なくさないように丁重に扱わせてイタダキマス」
けどなんで花柄とか。と疑問を含んだテッドの視線に、クロスはただ笑うだけだった。
お前らそろいもそろって俺に秘密にしやがって。
「ただいまー」
「おかえり! テッドきてきて!」
暑くても、随分と日は短くなった。
すっかり暗くなった頃に屋敷へ到着したテッドは、荷物を置く暇もなくシグールに腕をぐいぐいと引かれ、廊下を歩く羽目になる。
「おい、シグール、いったい」
「いーから!」
自室でもいつも入り浸る執務室でもなく、日頃使わない客間のひとつへと押し込まれた。
暗幕が引かれた室内は真暗で、早くランタンに火をつけないとと室内を探ろうとしたところで、シグールが何かに明かりをつけた。
その瞬間、壁一面に橙色の温かな光で描かれる絵が出現した。
炎のゆらめきにあわせて細かく揺れる様は風に靡く花弁のようだ。
四方の壁にゆらめく光の花にテッドはぽかん、と口を開けたまま立ち尽くす。
「どう、テッド。綺麗でしょ」
シグールの声にはっとして正面を見ると、部屋の中央に置かれた机の下に腰を下ろしたシグールが、薄明かりの中でにんまりと笑っていた。
机の上には台座があり、その上に小さな丸いランプが置かれている。
穴が開いているのかもれ出る光の形は、壁に映るそれと同じだった。
「ヒョウタンのランプ。作るのにまさか数年越しとはねー。我ながら頑張ったよ」
どうだ、と満足気に言うシグールの口から「ヒョウタン」の単語が出て、ようやくテッドは合点が言った。
近くまで寄って実際にランプに触れてみると、金属ではなく植物――ヒョウタンの、あの独特のつるっとした手触りがする。
「お前、これ作ったのか」
「満足のいく大きさまで育って、そこから加工するのに一年かかるんだからまいったよね。本当は去年渡せるはずだったのに、一昨年のはうまく形が残らなくて失敗するから大変だったんだよ」
たまにはこういう手作りのもいいでしょ、と言うシグールに頷いて、テッドはありがとな、とシグールにあわせて膝を折った。
***
たまには手作り満載で。
どうせなら原材料から作りたかったシグール様でした。
クロスはマーガレット。花言葉は「誠実」
シグールはヒョウタン。「手に負えないほどの重さ」模様はマーガレットで「心に秘めた愛」
ヒョウタンランプってこんなの。
http://www.jatty-gallery.com/gourd.html