その日、シグールは朝からご機嫌ナナメだった。
せっかくの誕生日だというのに、今頃自国では青い空が広がっているだろうに。
「なーんで僕はハルモニアにいるんだろうねぇ」
「しかたねーだろ。日程がずれ込んで今日になっちまったんだから」
ぶすくれるシグールの黒髪を軽くかき混ぜてテッドは雲に覆われた空を見上げる。
トラン随一の商家であるマクドールの家紋を背負っておいて、誕生日だから今日は仕事しません、などとは言えない。
ましてや今回の相手はササライの口聞きもあった相手で、前々から何度も行き来をしながら商談を詰めていた相手なので、尚更だ。
「もう引退しよっかなー。僕は黒幕のが似合うと思うんだよね」
「否定できねぇ」
ぶらぶらと、昼下がりのクリスタルバレーを歩く。
ルックが迎えにくる時間まではもう少しあるが、色のついた髪が先程から注目を集めているのでいささか居心地が悪い。
「ん、シグールちょい待ち」
「テッド?」
急に立ち止まったテッドが何かの店へと入って行く。
看板を見上げると、花屋と書いてあった――店先には切花が水の入ったケースに並べられたものや、鉢植えが置いてあるから、一見してそれとは分かるけれど、テッドがなぜそんな店に入るのかが分からない。
しばらくすると、テッドが小さな花束を持って出てきた。
籠の中に敷き詰められたのは白い小さなものや、淡い色のもの。
中心に位置づけられているであろう花は少し不思議な形をしていて、花弁のひとつひとつが小さなブラシのような、独特の形をしていて、それがいくつも集まって、花というより実のような、丸っぽい形になっていた。
「ほら」
「……なに?」
「誕生日プレゼント」
「…………」
ほい、と渡されて反射的に受け取ってから、「誕生日プレゼント」という言葉にきょとんとする。
「これが?」
「た、たまには花もいいだろうが」
戻ったらちゃんとしたのを用意してある、と言われてシグールは花束に顔を近づける。
微かな香りはどの花が元だろうか。
屋敷にも花はよく飾ってあるけれど、元々園芸に興味が深いわけではなく、そのひとつひとつをじっくり見る機会はあまりない。
自然と顔をほころばせて、テッドの腕に籠を持つとは逆の手を絡めた。
「テッド、ありがと」
「おう。……そろそろルックの奴がくるから、待ち合わせ場所に行くぞ」
「はいはーい」
腕を引っ張るように歩くテッドが照れているのは丸分かりだったので、シグールは声を忍ばせて笑うにとどめた。
***
そのままクロスのところでひとしきり騒いで、深夜遅くになって屋敷へと戻ってきた。
泊まっていけばいいのにと言われたが、残念ながら翌朝も早くから仕事だった。
あのままあそこにいると確実に飲み潰れる。
「ジョウイとセノもこられればよかったな」
「群島での長期の仕事だっていうから仕方ないねー」
そのあたりはちゃんと割り切っているらしく、シグールはほろ酔いのまま答える。
生活費を稼ぐために、セノとジョウイは二人で半月ほど前から群島で漁業の手伝いに出ていた。
秋の始めごろまでかかるというから、お疲れ様だ。
「あれ、なにこれ」
部屋に、朝にはなかった包みを見つける。
横にはメッセージカードが置かれていて、ジョウイとセノの署名が入っている。
「『今年お祝い行けなくてごめんなさい><
僕らは毎日元気です。おみやげいっぱい買って戻りますね!』……だってさ」
「セノとジョウイからか」
「あ。お酒!」
包みを開けると、小ぶりな擦りガラスの瓶が二本入っていた。
どちらも中は透明な酒のようで、コルクの上から白い布で覆われ、赤い紐で蓋が縛り固定されている。
「『お花で作る珍しいお酒を見つけたので誕生日プレゼントってことで一足先に贈ります。
飲みすぎないでくださいね』だそうだ。」
「テッド、飲もう飲もう!」
「お前な……明日の朝の仕事はどうした」
「寝ないで行けばオッケー?」
「水風呂に突き落とされたいか」
「ひどい! 誕生日くらいいじゃんかー!」
「とっくに0時回ったわ! もう誕生日は終了。ほら寝るぞ」
シグールの手から酒瓶を奪い取って、その背を押してベッドへと向かわせる。
歳を重ねても何も変わらねぇなぁ、と愚痴るテッドに、そりゃ歳取らないもの、と屁理屈をいったら思い切り額を弾かれてベッドにぶちこまれた。
***
テッドは鶏頭。花言葉は「奇妙」「情愛」「色あせぬ恋」
セノとジョウイはカンナ。花言葉は「情熱」「尊敬」
クロスとルックは入れられなかったですが、カンナで麺を作るか、胡瓜(洒落)を料理にねじ込むか…でしたが料理は本当にねじ込むことになるので却下されたり。