「ただいま」
「おかえり、ルック」
扉を開けるといつもの声で迎えられる。
急激な温度差で鼻の奥につんとした痛みが走るが、それも数呼吸も経れば慣れて何も感じなくなった。
「寒かったでしょ」
「冬だしね」
とはいえ、ここ数日で一気に冷え込んだ外は、日が過ぎる度にその寒さを更新するから気が抜けない。

暖気に紛れたいつもと違う甘い香りに視線を向ければ、窓際に白と桃色の花が生けられた花瓶が置いてあった。
クロスが用意するには大ぶりな花だが、誰が持ってきたかは今回に限ってはすぐに分かる。
「おかえりー」
「……あんたら人の誕生日でもやること普段と変わらないな」
「主役不在だしな」
ごろごろとくつろぎながら菓子と……この匂いは酒か……昼間から酒をかっくらっているテッドとジョウイを冷えた目で見下ろす。

巻いていたマフラーを外すと、クロスにさっと奪われた。
「お目当てのものは見つかった?」
「見つかったもなにも、まさかあんなに本1冊に出させられるとは思わなかった!」
最悪だ、と財布役としてルックに同行していたシグールの頬が赤いのは、寒さのせいだけとは言いがたい。
丁度この日に開かれた大きな古書市で、目当ての本が出るというから行くと言ったルックに「なら1冊くらい買ってあげるよ」と軽い気持ちで言ったのはシグールだ。
本来買おうと思っていた古書も相応の値段がするが、伝えた額はシグール的には誕生日プレゼントの範囲内だったようだ。
が、向こうでうっかり見つけたその三倍ほどの値がする本をねだったらさすがに頬を引き攣らせていた。
商人に二言はないよ……と出してくれたけど。
「あはは……ありがとね。シグール」
「誕生日だからプレゼントするって言ったのは僕だからね……」
この寒い中出かけていった割にルックの機嫌がいい理由が分かって、クロスは笑いながらシグールからも上着を受け取った。

「ルックは紅茶とお酒どっちがいい?」
「酒で」
ルックだけに聞いてきたセノへ普段のこの時間なら返さない選択肢を選ぶ。
セノがシグールには聞かなかったのも、返答が分かりきっているからだろう。
どうせこいつら今から飲むのに、一人だけ素面なのもつまらない。
買ってきた本は明日にならなければどうせ読めないだろうし、酒の方が手っ取り早く暖まれる。



「おまたせー」
いくらもせずに持ってこられたのは、甘い香りを漂わせる琥珀色の果実酒だった。
一緒に追加で持ってこられたのはジャムとスコーンとマフィンで、こちらからも似た香りがする。
「なにこれ」
「マルメロの果実酒だって。クロスさんが半年くらい前から作ってたらしいよ」
「知らなかった」
「こっそり作って驚かせたかったんだってさ」
呟けばセノが楽しげに言う。
台所はクロスのテリトリーだから、こっそり何か作っていてもルックには知る機会は滅多に訪れない。

セノがグラスに酒を注ぐのを目ざとく見つけてテッドが声をあげる。
「おいセノ、さっきまで俺達が飲んでたのと違うぞそれ」
「これは一番にルックに飲んでほしいから、それまで出しちゃだめってクロスさんが」
「…………」
テッドの視線がグラスからそれを持つルックへとスライドする。

言葉より如実に語る目で「とっとと飲め」と促されて、ルックはやれやれと息を吐く。
苦笑するセノも少しそわそわしていて、セノも実は飲みたいのかもしれない。
試しに舐めると口の中にふわりと漂う香りと、それ違わず甘い味は、たしかにセノの好みでもあるだろう。
もちろん、ルックにとっては好みど真ん中だ。


「あ。今日の夜ごはんはてんぷらだから、お菓子食べすぎないでね! 僕ら頑張って採ってきたんだ」
「そう」
自分の分のグラスに果実酒を注ぎながら注意するセノに素っ気なく返すも、その声は幾分弾んでいて。
いつもより豪勢な夕餉を密かに楽しみにしながら、優しい味の酒と菓子に舌鼓を打った。



***
シグールどんまい。

シグールとテッドはカトレア。花言葉は「優雅な女性」「魔力」
セノとジョウイはユキノシタ。花言葉は「愛情」「好感」「軽口」
クロスはマルメロ。花言葉は「魅力」