朝、執務室に行ったら部屋が花で溢れていた。
「…………」
扉を閉じて拳を額に当ててじわじわくる頭痛に耐える。
予想はして然るべきだった。
起きてからがあまりに静かすぎた。どこかで仕掛けてくるとは思うべきだった。
「どうしたんですか、宰相殿」
通りすがった文官に声をかけられ、曖昧に言葉を濁して立ち去らせた後、ラウロは覚悟を決めて扉を開けた。
途端に襲う花の香りに眉を顰める。
花の香りは嫌いではないが、これだけの量があると思う事はひとつだ。
――誰がこんなことをしくさったのは。
いや、犯人は分かりきっているんだが。
机に置かれた数枚のメッセージカードには、見慣れた名前が連なっている。
色違いのそれらはそれぞれが送った花と揃えているのだろうか。
それぞれ労いの言葉を添えてくれるのはありがたいが、この花で仕事がひとつ増える事について考えてほしかった。
というか仕事にならない。
床に置かれた鉢植えは、大ぶりの葉に赤い苞が鮮やかに広がっている。
来客用のソファには、人の代わりに小さな筒状の白桃色をした花を包んだ束が座っていた。
執務机には、細かな黄色い花をつけた細い枝が幾本も、花瓶に生けられて垂れている。
その下にころんと置かれている苔玉と鳥を象った見慣れないペン立てがあった。
そして、赤や紫、ピンクの縁をした白い花をまとめたミニチュアブーケが部屋のあちこちを飾っていて。
「……ここはいつから花屋になったんだ」
「よーラウロ。ってやっぱ一番乗りは無理だよなぁ」
ルックの転移ってやっぱ反則だよなぁ、とひょこっと顔を出したリーヤが能天気に言うので、一発肘を落としておいた。
「いやーまた派手にやったなぁ」
「トビアス……お前も知ってたのか」
「部屋を埋め尽くす!って張り切ってたからな」
俺達も便乗しようかと思って、と笑う二人に、「便乗しなくていい」とラウロは眉間を押さえた。
「とりあえずこれを外に出せ。仕事にならん」
「さすがに香りが篭るからなぁ」
「窓あけよーぜ!」
「あ、ばか」
窓に飛びついたリーヤを制止するがすでに遅く、パタンと窓が開け放たれる。
それと同時に冬の風が室内へと吹き込んで、花が盛大に舞った。
……それに紛れる書類がなければ、きっと見惚れることもできたんだろう。
結局仕事ができる環境にするまでに、一時間近くかかった。
途中顔を出したマリンがものすごく哀れなものを見る目つきをしていたのがいたたまれない。
花もあれだけすべてを置いておく事はできないので、それぞれの種類をある程度だけ残して残りは城内に配られた事だろう。
……棚上の花瓶にいつのまにか小さな白花が追加されていたが、そこは大目に見る事にした。
***
クロスはアンスリウム。花言葉は「可愛い」(鉢植え)
テッドはキルタンサス。花言葉は「はずかしがりや」「屈折した魅力」(ブーケ)
シグールはオウバイ。花言葉は「期待」(枝物)
ルックはコケ。花言葉は「信頼」
ジョウイとセノはプリムラ・ポリアンサ。花言葉は「運命をひらく」(ミニブーケ)
リーヤとトビアスはひめういきょう(キャラウェイ)。花言葉は「迷わぬ愛」
ちなみにキャラウェイには他にもいろいろあったりします。
その実を持たせておくと盗難にあわないとか、惚れ薬の材料としても用いられていたとかなんとか。