その日もクロスの朝はいつもと同じように始まった。
寝台をそっと抜けて、リビングの窓を開けて室内に風を通す。
鈍らないように慣例としている鍛錬のために外に出て、軽く動いたついでに料理に使うための薪をいくらか手に調理場に戻って、皆が起き出す前に朝食の準備を整える。
それは今日が自分の誕生日であっても変わらない。
朝食の内容も普段と違わない内容で、少し違いがあるとしたら、貯蔵庫に入っている食材がいつもより豪華かつ量が多いくらいか。
朝食を食べ終えたら早速始める下準備の内容を頭の中で巡らせる。
自分の誕生日なんだから大人しく作ってもらえばいいのにといつもルックは言うけれど、クロス自身作るのは楽しいし、ただ座って待っているというのは性に合わないのだから仕方がない。
それに、いつもと違う料理が作れる機会というのも、誕生日が楽しみな理由のひとつなのだから。
皿をいくらか持って食卓へ置きに行くと、机の上に見慣れないブーケが置いてあった。
白い布のバスケットの中に、紫の芍薬と、黄色の小さな花を組み合わせたそれは、花弁に触れてみるとかさかさと乾いていて生花ではないと分かる。
どうやってか花の色はそのままに加工されているらしい。
「ルックかな……?」
今日のパーティのために準備をしてくれたのだろうか。
小さく微笑んで花を揺らし、ブーケの下に折りたたまれているメッセージカードを見つけて開く。
お誕生日おめでとう、という託とともに書かれた名前に目を見張った。
「……レックナート様?」
え、うそ。とブーケとメッセージカードをつい何度も見てしまう。
「おはよ。クロス……どうしたのさ、朝から鳩が豆鉄砲くらったみたいな顔して」
「ルック!」
見てよこれ、と起きてきたルックにメッセージカードを開いて見せると、ルックは訝しげにカードを見て、次いで目を見開いた。
「まさかレックナート様からプレゼントもらえるとは思わなかった……」
あまりに予想外の出来事に嬉しさよりも驚愕が混ざった顔で、クロスは呟く。
「……ちっ」
「ルックなんか機嫌悪い?」
「別に」
ふい、と顔を背けて、ルックはクロスに腕を突き出した。
とんと胸に当たったそれは濃い茶色の瓶。
何のラベルも貼っていなくて、手作りの薬品としか分からない。
「これは?」
「……手荒れ防止のオイル。これから寒くなるから」
強いの苦手でしょ、と言われてクロスは目を瞬かせる。
市販のものはべたつくからあまり好きではないと以前零したことがあったけれど、まさかルックが作ってくれるなんて。
瓶口を開けてみると、ふわりとほのかな花の香りが立ち上った。
「何か混ざってる?」
「……サザンカ」
苦手だったら返して、と言うルックから慌てて小瓶を遠ざけて、クロスはぶんぶんと首を横に振った。
「いい匂いだなぁって思っただけだよ!」
「ならいい」
「ありがとねルック。……もしかして、一番にプレゼントできなかったから、機嫌悪い?」
「朝ごはん食べるよ!」
珍しく声を張って椅子に向かうルックの耳が赤いのが見えて、クロスは顔を緩ませると小瓶をポケットに大事にしまった。
***
「へぇ、これがレックナート様からの……」
到着したシグール達にブーケの話をすると、これは珍しい……とブーケをまじまじと見ていた。
当のレックナートはどこかへ出かけてしまったのか、部屋にも姿は見えなかった。
「さすがのレックナート様も、日頃お世話になってるクロスの誕生日は祝ったか……」
しみじみと言うテッドにお茶を運ぶクロスが苦笑していると、その手から盆を奪われて変わりに包みが置かれた。
「僕らの分も忘れないでね」
お盆を持ったジョウイが笑う。
そこからセノがカップを持って、それぞれの座る定位置へと運んでいく。
かけられたリボンを解いて包みを開くと、紫色をした薄手のストールだった。
ところどころ白抜きされているのは、手織りではなく染物特有の模様だ。
「綺麗な色だね」
「最近涼しくなってきたし、買い物の時とかに使ってね」
「軽いし薄いからあんまり邪魔にはならないと思うし」
「うん、ありがとう」
温かみのある色に顔をほころばせたクロスは、シグール達がこっそりハイタッチしていたのを知らない。
***
レックナート様はオンシジウム。花言葉は「美しい瞳」「遊び心」
ルックはサザンカ。花言葉は「理想の恋」
シグール達はムラサキシキブ。花言葉は「聡明な女性」「愛され上手」
レックナート様が贈り物をすることが何よりの衝撃。