将軍の嫡子といえど、盛大に祝ってもらうほどの身分でもなく。
家族でいつもより好物をふんだんに並べられた夕食という、一般家庭にありふれたお祝いを終えて自室に戻ったシグールは、小さく溜息を吐いた。
もうすぐ今日が終わってしまう。
だけど、まだ顔を一度も合わせていない。
いっそこちらから押しかけて……でも時間も遅いし迷惑かも、と夕食の時間からずっと考えている堂々巡りをもう一巡させたところで、コンコン、と窓枠を叩く音に気付いて見たら、テッドが窓の外で手を振っていた。
「よ」
「テッド!! なんで今日の夕食きてくれなかったのさ!」
窓を開いて抗議しようとしたら、ゆっくり開けてとジェスチャーがきた。
言われるままにゆっくりと窓を開けると、窓枠に手をかけて体重を支えていたらしいテッドが、ぐっと体を持ち上げて半分部屋に身を入れるように広くなった窓枠に腰かける。
いつ見てもこういう時は動きがすごく身軽だと思う。
「誕生日だろ。水いらずに水させるかよ」
「テッドだってもう家族みたいなものじゃない。せっかく父上もいたのに……久々に会えるって、父上も楽しみにしてたんだよ」
「テオ様が? 息子にいろいろ悪知恵しこむなってお叱りくるんじゃね?」
「そんなことないよっ」
肩をすくめて飄々と笑うテッドに、シグールは頬を膨らませる。
だって、楽しみにしていたのだ。
テッドと出会って最初の誕生日だった。
祝ってほしいなんて、ちょっとあつかましいかなと思ったりしたけれど。
誕生日を教えた時に祝ってやるって言ってもらえて嬉しかったのだ。
だから、今日の朝からずっと待ってて。自分から祝ってもらうために行くのは恥ずかしくて、だからずっと待っていたのに。
拗ねたシグールに、テッドが苦笑してぐりぐりと頭を撫でる。
「遅くなってごめんな。誕生日おめっとさん」
「……ありがと」
聞きたかった言葉に頬を緩める。
誕生日は誕生日だ。祝ってもらえた。言葉をもらえたことにほんのりと嬉しくなる。
「で、これ誕生日のプレゼントな」
ほら、とコツンと額に当てられたそれを見て、シグールは目を瞬かせる。
手に収まるくらいの大きさのそれは、
「これ、テッドお気に入りの疑似餌じゃ」
「お前ほしがってたろ。新しいの作ってやっても同じようなのできるとは限らねぇし」
本当はもっとなんかいいもん買ってやったりとかできればよかったんだけど、と笑うテッドにシグールは魚の形を象った木彫りのそれを両手で包んで首を横に振る。
「使い古しだけどさ」
「ううん、すごく嬉しいよ。ありがと、テッド」
「……おう」
にこりと精一杯の笑みを浮かべてお礼の言葉を述べたら、テッドがなぜかどもりながら視線を横に流した。
「……テッド、追加でもひとつプレゼントほしいんだけど、いいかな」
「なんだ?」
「明日僕と一緒に、釣りに行って」
「それも込みでのプレゼントな」
最初から込みだと言われて、またシグールはにこりと笑った。
***
シグール誕生日おめでとう!
毒がない……毒がないシグール……なんて眩しい。
まだテッドと出会って割と日が浅い頃でした。
コンセプトはまだ謎のままにて。