「…………」
「どうしました?」
「レックナート様。なんですか。これは」
口をついて出た言葉がいつもよりも温度の低いものになったのは理由がある。
というかあって然るべきだと思う。
台所のこの惨状を見たら誰だって機嫌は悪くなる。
それが、毎日自分が片付けている場所ならなおさらだ。

焦げた鍋と汚れた皿だの残骸だのが突っ込まれた流し。
火回りも吹き零した後があるし、何が起こったのか包丁が微妙に欠けている。
そして、机の上にはそれらの結果であろう、煮込み料理らしきものと、パスタのような伸び切った麺の塊。

「なに、と言われましても」
「料理なら僕がすると言ったでしょう」
塔に連れてこられて最初にレックナートが作った料理を口にして、最初にルックが申し出たのは料理を始めとした家事全般を請け負う事だった。
世界の全てをどうでもいい、突き詰めてしまえば自分の生命についてもあまり欲がなかったルックだが、同じ食べて生きながらえるのであれば炭よりも食材がいい。
盲目であるという分を差し引いてもちょっと……かなり料理ベタな師にかわって調理道具と本を片手にするようになって一年あまり。
再びこの食材と呼ぶのを躊躇うものを目にする日がくるとは思わなかった。

どうしようかこの廃棄物、と眺めてルックは溜息を吐く。
「空腹なら言ってください。だいたい、見えてないのに刃物を扱うのは危ないでしょう」
「けど、ルックのお祝いなのにルックに作らせるのも変でしょう?」
「……僕の?」
何を言っているのか、と胡乱げな目を向けるルックの視線に気付く様子もなく、レックナートはフードを被った頭を傾げる。
「今日はルックの誕生日ですから」
「……誕生日」

眉を寄せて明らかな嫌悪の表情を作る。
誕生日。


あの硝子から、取り出された日。



「ルックの誕生日ですから、お祝いをしようと」
「めでたくもなんともない。だいたい、今日と限らないだろうに」
さえぎるように吐き捨てて、目の前の料理を片付けようと手を伸ばす。
「日付は合ってますよ。ヒクサクにちゃんと確かめに行きましたから」
「……何しに行ってんですか」
「それに、素敵なことでしょう。ルックが生まれてくれたから、私は今こうして毎日話し相手がいて、美味しいご飯が食べられるんですから」
「…………」
「だから今日はルックのお祝いで、いつもありがとう、と感謝の意味を込めたのです」
穏やかに、ふわふわとした笑みを浮かべて胸の前で手を合わせる師の指に走る何本もの筋を見とめて、中身を捨てようと持ち上げていた皿を再度机の上に置いた。

そのまま、席につく。



「レックナート様。水くらい用意してくれませんか」
「はいはい」
いそいそと水差しを棚から探し出す師匠の後姿を見ながら、一皿完食したら自分を褒めよう、と密かに決意した。


「あ。ルックが塔に来た記念日はまたちゃんとお祝いしましょうね」
「……レックナート様。それまでに練習しましょう」


あと胃薬量産しよう。









***
地味にレックナートにお祝いされる事のレアさについて。
リーヤといいインパクトは大きいと思いますよこの人……。

セラがきてからはお任せになってるかもですが。