うつら、としたところで、机を固いもので叩く音にはっとして首を持ち上げた。
「セノ殿」
「ね、寝てないよっ!」
「まだ何も言っていませんが」
「……う」
完全に墓穴を掘ってしまったと、眉尻を下げてセノは手元の紙を見る。
途中まで書きかけた書類は、今ので腕を滑らせて、文字の最後が紙の淵ギリギリまで伸びてしまっている。これは書き直すしかない。
……直前までの文字も読めるか読めないかといったところなので、どちらにせよ書き直しは決定だったのだけれど。
また後戻りした事に思わず溜息を漏らすと、シュウが自身の机の上の書類を整理しながら、独り言のように口にした。
「ジョウイ殿も嫌な時期に流行風邪にかかりますね」
「こればっかりは仕方がないよ……」
ジョウイとて、好きで風邪を引いたわけではないのだから。
この年度末の繁忙な時期に、ジョウイが流行風邪でダウンしたのが三日前。
さすがのシュウも寝込んでいるジョウイに仕事を振るほど鬼ではなかったので(ロクに働かない頭でミスをされては困るという現実的な理由が多分にあると思われるが)、シュウとセノの二人で仕事をひたすら片付けているのだが、ここ数日は半轍の日々が続いている。
……それもこれも、セノが半日休みを取りたいと言ったからだが。
「少し失礼します」
そう言ってシュウが部屋を出ていくのを見て、セノははぁ、と溜息を吐いた。
もう少し自分の要領がよければシュウに負担をかける事もないし、こんなに根を詰めなくても済むのは分かっている。
「んー……もうちょっと……かなぁ」
首をぐるりと回すと、ごりごきばき、ともの凄く危ない音がした。
時計の針はとっくに日付変更を示していた。
普段のセノならばとっくに眠っている時間だし、正直眠たくて仕方がない。
そうしないのは、明日……今日の午後から、クロス達がセノの誕生日パーティを開いてくれるからだ。
もう少し頑張らないと、それまでが期限の仕事が終わらない。
自分の誕生日を祝ってもらうために、この時期に休みをもらいたい、というのはわがままだ。
「シュウにも無理させてるよなぁ……だいぶ歳なのに」
「誰が歳ですか」
戻ってきたシュウに問われて、セノは引きつり気味の笑みを返した。
「え、えへへ……」
「笑ってごまかせるとお思いですか」
冷ややかに返されると、身を縮めて謝るしかない。
机の上に置かれたカップから立ち上る甘い匂いにセノは目を瞬かせる。
シュウが持って帰ってきた白い陶器の容器の中身は薄茶色の飲み物だった。
「なにこれ?」
「カフェオレです。かなり甘くしてありますから、あなたでも飲めるでしょう」
「シュウが淹れてくれたの?」
「こんな時間に厨房に人などいませんよ」
そう告げて自分の分に口をつけるシュウに、セノは両手でコップを包む。
一口飲めば、甘さの中にかすかにコーヒーの味がした。
「ありがと、シュウ」
「それを飲んでキリのいいところまで終わったら、お休みください」
「もうちょっとがんばれるよ」
「寝ぼけて書類をだめにされては困ります」
きつい言葉は確かに的を射ていて、セノは肩を落とした。
「やっぱり明日のお休み、やめようかなぁ」
「楽しみにされていたのでは?」
「……してたけど、お休みしたいのは僕のわがままだもん」
「構わないでしょう。誕生日なのですから」
さらりと言われて、セノは目を丸くした。
「最悪急ぎの書類にサインだけいただければ結構です。後はジョウイ殿に今までの分と合わせてやっていただきますので。明日あたりには熱は下がるとの医者の見立てでしたから、仕事はジョウイ殿と私に任せて、あなたは楽しんでくるといいでしょう」
「……うんっ」
小さく笑って、セノもうひとふん張りするために頬を軽く叩いた。
***
セノハピバ!
今回彼が引き当てたのはシュウでした。イコールお仕事。どんまい。
国王が年度末に誕生日っていう、ある意味最悪な時期だと最近気付きました。
ちなみにこれはジョウイはお留守番フラグです。