コツン、と窓に何かが当たる音に、ヒクサクは書類上の文字を追っていた手をふと止めた。
今日は風が強い。風で何か飛んできたのだろうかとそのまま視線を横にずらそうとして、今度はココン、と軽やかな音が続いて、ヒクサクは振り向いた。
その碧の目が少し見開かれて、すぐに柔らかく細められる。

一年のほとんどが雲で覆われているハルモニアにおいて、少しでも多くの光を取り込もうと、テラスへの入り口のある面はすべてガラス張りになっている。
その入り口にかかっている鍵を外してやり、ヒクサクは珍しい侵入者もとい愛孫を招きいれた。

「驚いたよ、窓からくるとは」
「驚いたって割には反応が普通だよなー」
「来客は基本突然現れるからね」
肩を竦めて微笑むヒクサクに、それが誰を指しているのかすぐに分かるリーヤは、それもそうかと笑う。
いきなり部屋の中央に出現するのに比べれば、テラスからの侵入などまだまだ序の口かもしれない。
――どちらも不法侵入であるという事に突っ込む人はこの場にはいない。

「それで、今日はどうしたんだい?」
リーヤに来客用の椅子を勧めて尋ねたヒクサクに、リーヤはその場に立ったまま首を振った。
「いや、今日はこれ渡しにきただけだから」
ごそごそとリーヤは腰に提げていた袋から綺麗に包まれた箱を取り出し、ヒクサクに差し出した。
手のひらにすっぽりと納まってしまうくらいの小さな箱には、可愛らしいリボンがかけてある。
「これは?」
「ほら、明日じーちゃんの誕生日だったなーと思って。今日しか予定空かなくってさ」
「それでわざわざ?」
「正面からだと手続きとかめんどーだし。今ササライ出張中だろ?」
「ああ、今はラナイに……って、知っているね」
なにせリーヤは今はラナイの重役だ。

「ラウロにこき使われているとササライから報告が届いているよ」
「もーほんと、鬼みたいっつーか。いつかはげんじゃないかなー……」
ぶつぶつと呟きつつ、何かを思い出したようにリーヤは首を振った。
「あー……まぁ、色々話したいこととかあんだけど、ほんと、すぐ戻んねーとまずいからさ。ごめん」
「本当に忙しいみたいだね。だとしたら、これを渡すためにこんな無理をする必要はなかったのに」
国を建てた直後の忙しさはヒクサクも身に染みて知っていた。
もちろんこうして直接渡しにきてもらえるのは嬉しいが、無理をさせるのはしのびない。
「いーの。俺が来たかったんだし」
「そうか、ありがとう」
「へへっ」
柔らかく微笑んで礼を言うと、リーヤは気恥ずかしそうに笑った。

「たぶん明日とかにシグール達がなんかお祝いするかもしれねーけどさ」
「そうだね。楽しみにしておくよ」
「おうっ! じゃあな! 誕生日おめでとうな!」
「ああ、ありがとう」
来た時同様テラスから去っていく孫を見送って、ヒクサクは手の中のプレゼントを見て幸せそうに微笑んだ。





***
というわけでヒクサク様バースデー。
この人はハズレが基本ないので、「一人きり」という地雷をいれてクジを引いたのに普通にアタリを聞いてきました。
ていうか一人きりでもあんまり気にしなさそうである。


(オマケ)
「ヒクサク様、ただいま戻りました」
「ああ、おかえり」
「なんだか上機嫌ですね?」
「ああ、リーヤが誕生日を祝いにきてくれてね」
「ラナイにいないと思ったらここに来てたんですか……」
「あちこち急がしそうだね」
「ええ、人手不足らしくて、大陸中使いっ走りさせられているみたいですね。おかげで私は会えませんでしたよ」
「……ササライ、ちょっといいかな?」
「……なんでしょう?」
「ちょっと外交のアレコレで、ラナイから人を派遣してもらうよう頼みたいんだが」
「はぁ」
「あちらも忙しいだろうから、こちらからかわりに人を派遣する、という形で申し込んでみようと思っていてね」
「……はぁ」
「というわけで、もうしばらくラナイに行ってきてもらえるかな?」
「Σ( ̄□ ̄|||)」
「ほら、あちらも気心が知れている人の方がいいだろうし」
「とかいってあんた孫と戯れたいだけだろー!!」