「シグール、酒止めたのか?」
数ヶ月ぶりに会って開口一番。ラウロの言葉にシグールは首を傾げた。
あいにくとそんな事はした覚えもなければ今後する予定もない。
しようと思ったこと……は、酷い二日酔いに見舞われた直後はなくもなかったけど。
しかし最近はそんな深酒もしていなかったから、控える気にすらなっていない。
だからラウロの疑問はシグールには不思議でしかなかった。
「そんなことはしてないけど?」
「そうか……市場にやたらと高いビンテージが出回ってたから、数的にシグールかと思ったんだが……考えてみなくても、シグールが禁酒なんてするはずなかったな」
「え、そんなに掘り出し物出てたの?」
「掘り出し物というだけの金額ではなかったが。まぁ、違うならいいんだ」
無駄にならなくて済むからな、と渡された包みはシルエットからして酒瓶だった。
下戸なラウロが酒の市場の動向を見ていた理由にシグールはこみ上げる笑みを抑えずに受け取り、早速包みをはがす。
明らかに年代物なソレは、ラウロが見つけた「出回ったビンテージ」のうちの1本だろう。
ラベルを見ると三百年近く前のシロモノで、しかもトラン……もとい帝国生産の貴重なものだ。
戦乱期を乗り越えて今に伝わっているのは十本もないと言われていて、シグールの手元にも縁あって一本が眠るだけだ。
いつか飲もうと思いつつ、栓を開けられないまま今に至る。
「……うん?」
ふと、色褪せたラベルにある傷にシグールは首を傾げた。
作られた年代を思えば、ラベルの状態など悪くても当たり前で、それも味のひとつだと思うが、なんだか違和感というか記憶に引っかかる。
「……酒蔵にしまってくるよ」
ついでに確かめればいいだろう、とシグールは地下にある酒蔵へ向かう事にした。
ラウロが後ろについてくるが、これまでも何度かコレクションを見せるために連れて行った事があるから気にしない。
「…………」
冷たい階段の先。酒蔵の扉を開いて、シグールは絶句した。
後ろから蔵の中を覗きこんだラウロが確認するようにシグールの名を呼んでくるが、構っている場合ではない。
よろめく足取りで一歩前へと出る。
手をついた棚にはこれまでシグールが集めたコレクションもといお気に入りのボトルが並んでいたはずだ。
貴重な交易の材料として。
個人的な趣味として。
精密な温度管理の下、厳重に管理していたはずの瓶は、棚にひとつも残っておらず、納めるものを失った棚が、シグールとラウロを出迎えていた。
「見事に空だな」
「……ラウロ」
「なんだ」
「その、売りさばいてたの誰かって分からないの」
「……ああ」
地に膝をつき、うなだれるシグールは地を這うような声で問いかける。
頷けば、そう、と返す声は冷え冷えとしていた。
「買い戻す……ううん。取り戻す。……一本も残さず返してもらわないと……僕のお酒……」
「…………」
ふふふふふと笑い始めたシグールの後ろで、いつ「ドッキリ★大成功」の札を出せばいいのか思案するラウロだった。
***
犯人の弟子2人は、一晩で頑張って全部別室に運びました。
ちゃんとプレゼントのお酒は別に用意してあるよ!
Q.テッドを第一犯人とは思わなかったんですか。
A.テッドなら売らない。全部飲む。