「おはようございますリーヤ様」
「……へ?」
知らない声に起こされたら、全然知らない部屋にいた。
ふっかふかなベッドはヒクサクのところによく似ていたけれど、リーヤは昨日はいつも通り塔で寝たはずだ。
時々寝ている間にハルモニアに連れて行かれる事もあるから今回もそれだろうか。
けど、それなら近くにヒクサクがいるはずだし、今声をかけてきた人はヒクサクの傍仕えの人とは別人だ。
服装もハルモニアのものじゃない。
というか、トランでもデュナンでもない。
見ればリーヤ自身も違う服を着て寝ていた。いつの間に。
まだ夢でも見てるんだろうかと思って頬を引っ張ったらしっかり痛かったから、夢ではないらしいけど。
だとしたらこれはいったいなんなんだろうか。
「リーヤ様、いかがいたしましたか?」
「……え、あ。俺?」
「ご気分が優れないようでしたら医官を呼びますが」
「……いい、起きる」
「ではお召し物を」
医官ってなんだ。ただ呼ばれたらろくな事にならなさそうだと感じ取って、リーヤは首を横に振る。
柔和な笑みを浮かべた女性はすぐに着替えを持ってきて――それもやっぱり普段リーヤが着ているものとは全然違うものだ――服を広げた。
やっぱり使われている模様はデュナンともトランともハルモニアとも違って、しかも冬に入ったこの時期なのにずいぶんと生地が薄い。
ここまでぼんやり流してきたけど、今着ている服も、寝ていたベッドにかけられていた布も、時期にそぐわない薄さだ。
手伝いをしようとしてくる女性を断って自分で着替えようと思ったけれど、紐が多くて結局手伝ってもらう。
さらさらした生地は夏に着てた冬とちょっと似てるけど、あれより目が粗い気がした。
いつもよりかなり丁寧に髪をとかされて、よく分からない結い方をされる。
ようやく解放されたと思ったら朝食の時間だからと連れて行かれた部屋はだだっ広くて、やっぱりそこにも人は沢山いたけど、席に座ったのはリーヤ一人だ。
一人分にしてはどう見ても多い料理を前に、横に立つ別の男性に尋ねる。
「クロスとルックは?」
「どなたですか?」
穏やかな笑みを浮かべながらも、不思議そうに返された。
じっと見つめても噓を吐いてあるような感じがしなくて、鳴った腹の虫を落ち着かせるために目の前の料理に手をつける。
薄い生地のパンみたいなものに野菜や肉を巻いて食べるのは珍しくて、食べた事のない味だった。
一緒に出てきたスープはちょっと甘くてシチューに似てるけど、あれより薄い。
果物も星の形だったり緑色の外側に中が真っ赤だったりとカラフルで、どれも全部美味しかったけど、どう頑張っても全部は食べ切れなかった。
あれは昼にまた食べるのかって聞いたら、食べかけなんてお出しできませんよって笑顔で言われる。
もったいないって思うけど、食べきれないのはどうしようもなくて、そのまま部屋から連れ出された。
出る間際に振り向いても、部屋のどこひとつとっても知らない場所だった。
――落ち着かない。
外に出たら、冬なのにあったかかった。
太陽は夏みたいにギラギラしてるし、薄着でも全然平気だ。
これまでいたのは大きな屋敷だったみたいで、塔のように縦に細長くはなくって、ハルモニアにある神殿にちょっと似てるなと思う。
庭みたいなところには区切られた水場があって、知らない名前の花が水の中で咲いていた。
「今日はリーヤ様のお誕生日なので、お勉強はお休みです。でも、危ないですから敷地の外には出ませんように」
ついてきていた女性に言われたけど聞いてたのは話半分だ。
庭にいた人全員にクロスとルックの事を聞いても誰も知らない。
シグールもテッドも、ジョウイもセノも、ヒクサクもササライも知らなかった。
だったら外に出て探してみようとしたら、長い帽子を被って揃いの服を着ている男性に止められる。
「だめですよリーヤ様。外に出てはいけないと言われたでしょう?」
「いーやーだ! 俺は探しに行くんだ!」
「いけませんよ」
何度アタックしてもやんわりと戻されてしまって、不貞腐れて水場の水を蹴る。
周りが全員知らない人に変わっていて、だけどリーヤを知っているようにふるまう。
「様」なんてつけられるのはシグールの実家とかセノ達と一緒に城に行った時にたまにあるけど、これはそれと違う気がする。
「なぁ、ここどこ?」
「ここはリーヤ様のお住まいでしょう?」
「……俺の家じゃねーもん」
「お父上様とお母上様がいらっしゃらないので拗ねていらっしゃるのですか? 夜にはリーヤ様をお祝いすると言ってお戻りになられますから、それまでもう少しお待ちくださいね」
「……とーさんと、かーさん?」
「はい」
楽しみですね、と言われてもしっくりこない。
昼に出されたのはふかふかの饅頭で、食べたことない味だったけど。美味しかったけど。
それよりクロスの作ってくれる饅頭の方が好きだ。
昼からもあちこち歩き回ってみたけど、リーヤの知っている人達の痕跡はどこにもなくて、それどころかリーヤの知らない記録ばかりが増やされていく。
本当にこれが現実なんだろうか。これまでずっと夢を見ていたんだろうか。
だんだん不安になってきて、最終的にベッドの上でごろごろ転がっていた。
日が暮れて、朝と同じ人が迎えにくる。
「お誕生日おめでとうございます」と廊下で擦れ違う人達に言われたって嬉しくない。
だってこの日はクロスとルックからもらったもので、なのに二人ともから、おめでとうってもらってない。
ジョウイとセノだって、今日は絶対来てくれるって言ったのに。
シグールとテッドはとっときのお祝いをしてくれるって約束したのに。
誕生日なのに、言葉をもらう度にリーヤの表情は沈んで足取りは重くなっていく。
背中を押されてようやく歩くように朝と同じ部屋の前まで連れてこられて、大きな扉がギィと音を立てて開いた。
「誕生日おめでとう、リーヤ」
「おめでとうリーヤ」
知らない髭を生やした年嵩の男性が両手を広げて笑っている。
その隣で、栗色の髪を結い上げた線の細い女性が穏やかにリーヤを見ている。
そしてその背後で、「ドッキリ☆大成功」の看板を掲げたシグールが満面の笑みで立っていた。
「…………」
「僕のとっときのドッキリプレゼントはどうだったかな? 一日セレブ生活堪能した?」
感想を心待ちにしているといわんばかりの表情でシグールが歩いてくる。
左を見たら、ジョウイとセノが手を振っていた。
右を見たら、ルックが腕を組んで壁に寄りかかっていた。
視線をずらすとクロスが料理を運んでいて、テッドは生ぬるい顔でリーヤを見ていた。
たぶん、テッドが正解だ。
「…………」
「リーヤ?」
「…………うわああぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」
思いっきり泣いてやった。
***
「ごめんて。まじごめんて」
「そりゃ朝起きてまったく知らないところにぶっこまれたら子供は普通泣くわな。むしろよく一日もったぞ」
「テッドそこに気づいててなぜ黙ってた」
「お前聞く耳持ってたか?」
「すごい念入りに準備したのにー……」
「別荘借りて、この日のために人雇って、夜中にこっそり転移で連れ出して……ようやるわ」
「人間一度は贅沢な暮らしをしたいかなって思って!」
「泣かせたけどな」
「うぐ」
「リーヤおいしい?」
「……(こくこく)」
「リーヤにね、竜饅頭食べさせてあげたかったんだよね。これは保存されてたやつだから鮮度がいまいちなんだけど。また今度、ちょうどいい時期に食べにこようね」
「……クロスとルックが一緒なら、くる」
「あーあ。すっかり拗ねちゃって」
「戻ったらまたお祝いちゃんとしようね」
「微妙に時差があるから、向こうに戻ったらちゃんとまだリーヤの誕生日だから」
「ほんとか?」
「うん。一日一緒に遊ぼうね」
「……おうっ」
「あ。これ、あとでヒクサクとササライに言うから」
「え、ちょ、やめてあの二人最近リーヤのことになるとマジで怖いんだから」
***
シグール様が本気出してセレブ生活演出なんてした結果がこれですよ!
リーヤ遅れてごめんね!別荘借りたり色々準備があったんだ!
なお、場所は群島、イメージはオベル宮殿です。(実際はどこぞの島の別荘だろうけど)