覚束無い足取りで自室に滑り込む。
最近起きた国内のとある問題をようやく片付けて、気付けば半年近く経っていた。
祝杯とばかりに気の置けない連中とだけの時間で羽目を外しすぎたらしい。
ただでさえ下戸なのに、この忙しさで疲れが溜まっていたのだろう。
多少改善された酒の弱さがぶり返して、杯の半分も飲んでいないのに足に来ている。
それでも自室まで戻ってきたのは、あの酒臭い部屋にいたら酔いが覚めるどころじゃないと思ったからだ。
さすがに侵入者を警戒して窓を開けてこなかった。
明日のあの部屋は地獄だろうが、大半を飲み干した、あの匂いの原因は部屋の主なので、ふらつく体に鞭打って布団に叩き込んだだけ優しいと思ってほしい。
久方ぶりにゆっくり眠れると、たとえ使われなくとも常に整えられているベッドへと体を沈めたところまではよかった。
「俺は寝ようと思ってたんだ……」
「おう?」
「人の安眠妨害しやがって」
口悪く人の上に跨っている茶髪の生年を睨みつけるが、テッドは一切意に介した様子がない。
どこから侵入したかなんて愚問は口にする事すら無駄だ。
警備にも不手際はないだろう。明日一応見直しはするが。
こいつらは平然と転移魔法なんてチート技を使うから、扉一枚隔てた先に警備兵を置いたとしても意味を成さない。
視線だけで室内を窺うが、テッド以外の姿は見えず、珍しくもテッド一人かと思うが、そもそもテッド個人がラウロになんの用事があるのか。
話を聞くにしてもこの体勢は不本意だ。
どけ、と視線で示すだけでは足りないらしいと、手でどかそうとしたら先手を取られた。
両腕を掴まれてシーツに留められ、体重をかけられる。
身長はラウロの方が高くなったとはいえ、酔いが回った体な上、体重までかけられるとすぐに跳ね除けるのは難しい。
それに、睡眠を求めていた体は背中にあるベットから離れ難いと動きを放棄しかけている。
もういいか、とこの際体勢は気にしない事にして、何の用かをテッドに尋ねた。
どうせシグールに関わる事だろう。
だが、テッドはすぐに用件を切り出す事はせず、ラウロを見下ろしている。
「お前顔赤いぞ?」
「だからとっとと寝たいんだ……」
酔いは頭痛へ変化しつつある。早く意識を落として酒を抜きたい。
「ああ、酒飲んだのか。珍しいな」
すん、と首筋に息が当たる。
お前は動物かと口を開きかけたところで、生暖かいものが口の中に滑り込んできた。
瞬きをすると、目の前に肌色と、青が見える。
次いで、舌に滲んだ鉄の匂いに不味そうに顔を顰めた。
輪郭がはっきりする距離でテッドが同じように顔を顰めている。
「ってー……。バナーの十二年ものか。悪くないけどあそこ新興地だろ」
「度数が低くて俺にはちょうどいいんだ」
反射で舌を噛んでやったのにけろりとした顔で利き酒をしてるこいつは酔ってるんだろうか。
鼻が酒精で馬鹿になっているから匂いでは判断がつかない。
そしてテッドはワクだから、見かけだけでは素面なのかも不明だ。そもそも酔った話を聞いた事がなかった気もする。
「いやまぁ、俺も飲んではいたんだけど」
血が滲んで赤みの増した舌が、テッド自身の唇を濡らす。
室内灯の薄明かりの中、ぼんやりと見える表情に背筋を寒気が撫でていく。まるで獲物を見定めるような。
「肴がどうにも物足りなくてさ。美味そうなのがいたなと思い出して、酔ってるルック適当に丸め込んで飛ばしてもらった」
そしたらちょうど弱ってるっぽいし、食べ頃だよなぁ。と笑う男の思考が理解できない。
これは別の方向でやばいのではないかとようやく本能が警告を鳴らし始める。
両腕を外そうとするがびくともしない。
血の気が引くのは頭痛のせいではないだろう。
テッドがうっそりと笑って、手首に指が食いこむ。
薄く開いた唇から零れる息が、緩んでいた襟元から覗く首筋を撫でて、
「っそーこーまーでーーー!!!」
窓も開いていないのに風切り音がした。
一瞬にして姿を消したテッドいた場所の向こう側に、リーヤが抜き身の剣を振り抜いた格好のまま、涙目で立っている。
「あっぶねーな!ラウロに当たったらどうすんだ」
「真横に振ったからテッドにしか当たんない!」
声は横から聞こえた。
咄嗟に横へ飛びのいたらしく、ベッドの下から顔を出したテッドがリーヤと言い争いを始めている。
どうでもいいが、リーヤお前自室で潰れてたよなさっきまで。
観察すれば顔は赤いからまだ酔っているのかもしれないが。
肩を叩かれてそちらを向けば、シグールが看板を持って立っていた。
書かれている文字を理解してラウロはゆっくりと頷く。
「ドッキリ☆大成功……ああ、なるほど」
「びっくりした?」
「そうだな」
「……ラウロ、眠いでしょ」
ものすごく対応が緩慢な様子にシグールが苦笑する。
普段のラウロならこの時点でシグールに嫌味のひとつでも投げかけて、加担してたであろうリーヤと実行犯であるテッドを蹴り飛ばしにいくところだ。
先程の事態がドッキリだった事で、一瞬で跳ね上がった緊張の反動が来た事や、酔いの回った頭では事態を完全に把握しきれていないというのもあるのかもしれないが。
「疲れてるとこ悪かったね」
「分かってるならやるな……俺はもう寝る」
「最初にドッキリだっつっただろ! あれくらいしないとラウロは本気にしないし!」
「だからってあそこまですることねーじゃん!」
「舌噛まれた俺に労いなしか!」
「自業自得だろ!」
まだ言い争う声が聞こえるが、正直どうでもよかった。
シーツを頭まで被って多少遠ざけてしまえば、多少煩くされようとも起きない自信がある。
あの三人がいれば警備は完璧だろうし。
久々によく眠れると、喧騒を子守唄にラウロは目を閉じた。
翌朝、人のベッドの半分を占領して眠っている三人を叩き起して、イチから説明させて説教をするまともな思考が帰ってくるまでもう少し。
***
ラウロ記念すべき十一年目年目のドッキリは誰が一番の被害者なのでしょうか。
テッド「あそこまでしないと驚いてくれないと思った」
シグール「なんかテッドだけが楽しんだ感がして遺憾の意」
リーヤ「止めなかった場合どうなってたのか考えただけで怖い」
ラウロ「お前らそれぞれクロスとジョウイとササライで同じこと仕掛けてやろうか」
3人「「ごめんなさい」」