誕生日を祝うようになってからどれくらい年月を経ただろう。
外見での歳を取らなくなって、下手すれば忘れてしまってもおかしくない日を未だ覚えていられるのは、覚えていて、祝ってくれる人がいるからだ。
毎年よくやると思うが、自分も人の事は言えないとジョウイは思っている。
特に約束をしていなくても、酒と料理を持って押しかけるだけの年もあれば、贈り物をしたり、数日ずらして行う時だってあった。
今年も夕暮れ時に押しかけてきた連中が持ち込んだ料理と酒で、随分と盛り上がった。
むしろここ数年では一番といってもよかったんじゃないだろうか。
最近大きな取引を成功させただとか、始めたワイン畑の出来がよかったんだとかでいつもよりしこたま飲まされた。
勧められるのは確かにいいものばかりで、初物もあれば結構な年代物もあった気がする。
……もっとちゃんと、味わっておけばよかったなと思う。
あれが最後の酒になるかもしれなかったのに。
「いやでもこれはむしろ僕が怒って然るべきなんじゃないか」
ガンガン痛む頭は二日酔いのせいではなく現実を否定するところからきているんだろう。
翌日に残るような悪い酒は昨日の宴席にはなかった。
それを記憶が飛ぶまで飲んだって、いったいどれだけ飲んだんだ僕は。
普段、適当なところで切り上げて自室及び客室に引っ込む。
誰かが潰れた時は毛布をかけてそのままにしておくこともあるが、明日は我が身な連中は適当な部屋に放り込むこともある。
そして現在ジョウイは客室と思わしき部屋にいた。
ルックと共に。
――なんぜお互い全裸なんだろう?
そしてそこはかとなく尻が痛いのはなんでだ。
「どうしようまじで記憶がない」
「あ゛?」
頭を抱えていたら絶対零度の声が隣から聞こえた。
ぎぎぎ、と軋む音が聞こえそうなほど緩慢な動作で顔を覆っていた手を下ろし、横を見ると、ルックが半眼で見上げていた。
シーツに浮き彫りになっている体の線は服を纏っているようには見えない。
……さっきそっとめくって確認したから知ってる。何も身につけてないということを。
「覚えてないの」
「……ルック。記憶はないけどいくらなんでも君を抱いたりとかはしていないと思うんだ」
「そうだね僕が上だったし」
「冗談だと言ってくれ」
尻の痛みを肯定するようなことを言ってくれるな。
願いと共に口にしたが、ルックは溜息を吐いて枕に頭をつけたまま呆れた声を上げる。
「人のこと引きずりこんでおいてよく言うよね」
「いや、ほんと、そんな。ドッキリとかしなくていいから」
「そんなくだらない遊びで僕はあんたに肌見せるほど落ちぶれちゃないんだけど」
「…………」
いやお前同じ男じゃん、と言えない説得力があった。
僕に肌見られるのそんなに嫌なのか。
そういやこいつ、大浴場に行った時とか絶対別に入るよな。
え、まじで? ほんとに?
冷や汗が米神を伝う。
あきらかに視線を泳がせる様子に、ルックは腕を出して前髪をかきあげ溜息を重ねる。
お前肌白いな。普段見せないからか。
「最初は組み敷いてきたけど、あんた酔いすぎて機能してなかったからね」
「色々とへし折る言葉をアリガトウ」
「まさか初物だったとか言わないでよね」
「だ、いじょうぶ。一応……」
「どこまで記憶あるの」
「シグールにカナカンの八十年物勧められたところまでは……」
誕生年のなんだよとかなんとか言われた気がする。あれの味も覚えてないもったいない。
ところで、とシーツを巻きつけ上半身を起こしたルックの顔は白い。
……受身じゃなかったなら負担はそれほどじゃなかったはずだけど、どうした。
「酒のこと悔やむよりさ。命の心配しようか」
「やっぱり切り裂かれるやつのか僕」
「いや、別に僕としてはお前に組み敷かれるとか死んでも御免だったけど、まぁ上だったから許してやらないこともないんだけど」
「突っ込んだ側なのになんでそんな偉そうなの」
「そもそも襲ったのはお前だからだ」
「アッハイ」
真剣な表情の理由は、その直後に分かった。
「僕、クロスにもまだしたことないんだよね」
「……どういうこと?」
「クロスに突っ込んだことない」
「嘘だろ」
「本当」
「……これ、僕どうなるパターン?」
「僕もちょっと想像つかない。ついでに僕自身もどうなるか知らない」
はは、と乾いた笑いを浮かべるルックにジョウイの血の気が引く。
「なんでとっとと突っ込んでおかないんだよ!」
「過去の僕に言っておきたいかなそれは!」
「嘘だろ……クロスに知られたら確実に消される」
ルックのことに関しては確実に押さえにくるクロスが、自分もされたことがないのにジョウイに許すはずがない。
その場合、それを許したルックはどうなるのか。
「もっと本気で拒否しろよ」
「……僕も酔ってたんだ」
今だって頭痛いと米神を押さえるルックに、顔色が白い理由を理解した。
「……このことクロスには」
「何もなかったことに」
「そうだね」
「話が済んだなら朝食にしようか。それともご飯になりたいかな?」
「「!?!?」」
振り向くと、入口に腕を組んで微笑むクロスが笑っていた。
――目が笑ってない。
「ジョウイよかったね。いいなぁ。僕もまだなのに」
「いや、その。これは不可抗力で」
「ルックってば、あんなに僕がお願いしてもしてくれなかったのに。ジョウイにはしちゃうんだ?」
「ク、クロス……」
ちらと見たルックは蒼白だ。
ああ、これドッキリでもなんでもなくガチなのかと本当に信じたのは、その表情と、ベッドを軋ませて足の上に乗り上げてきたクロスの表情だった。
「ジョウイはそうだなぁ……とりあえず、ルックの感触を全部忘れてもらおうかな?」
「もともと覚えてないし!」
「そうなの?」
「酒のせいでさっぱり! この状況だって、尻が痛いからなんとか……」
「残ってるじゃない。痕跡」
「…………」
「痕が残ってなくてよかったよね。そしたらその痕ごとえぐらないといけなかったもん」
まってこのクロス目が本気だ。
蛇に睨まれた蛙のごとく、指先ひとつ動かせないジョウイとルックに、クロスは口許だけの笑みでジョウイの頬から首へと指を滑らせる。
「痛いのはちゃあんと上書きしようね」
「ウワガキトハドウイウコトデショウカ」
「え、ルックより大きいので?」
「トラウマ作る気か!」
ジョウイは引き攣った叫びをあげる。
ルックはシーツと一緒に落ちるようにベッド下に逃げてくれた。ちくしょう。
せめてもの抵抗でぎゅっと両目を瞑ると、クロスの声が正面から聞こえてくる。
「ジョウイ、ほら目を開けて」
「いやだ! こうなったら、紋章使ってでも抵抗してやる!!」
「えー……攻撃能力としては僕のが上だと思うんだけど」
ほら目を開けないともっと怖いことになるよ、と笑いを含んだクロスの声に冷ややかさを内包していて、結局抗えずにうっすらを視界を開くと、クロスがむちゅっとキスをしてきた。
いつの間にか手に装備していたたぬきのパペットで。
「やっぱり一度はやってみたいよね。朝チュンどっきりって」
「誕生日翌日にやるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「「いえーい」」
【ドッキリ!大☆成☆功】の看板を掲げてたシグールとテッドが部屋の入口でハイタッチをしていた。
たぶん今後を含めての誕生日で一番酷いのはこの日だったんじゃないかと後にジョウイは語った。
それが上書きされる可能性は、年の数だけ増えていくけれど。
***
一度はやってみたいドッキリネタを。ここで。
誰とやってもドッキリにはならなさそうだけど、一番向いていそうで実はルックは肌を見せる系統のことしなさそうという。
(オマケ1)
「で、なんで僕は尻が痛いんだ」
「最近ジョウイ、痔気味だって聞いたよ?」
「…………」
「あとお前記憶なくして覚えてないらしいが、つまみがかなり辛かった」
「…………」
「あと、ちょっくらこう。余興で浣腸をやってみたりな?(手を組んで人差し指を突き出すポーズ)」
「つまり」
「本当の地獄はここからだ」
「具体的に言うと次のトイレの時かな!」
「…………」