その日も滞りなく政務は終了した。
色々と届いていたので自室にお運びしてあります、と辞去する際にササライに言葉と共にもらったのは少し値の張る茶葉だ。
寝る前にどうぞと勧められたので、早速とあとで自室に湯を持ってくるよう言付ける。
陽は傾いたが今宵は良い月の夜だった。
のんびりと月を眺められるようになって久しく、酒ではなく茶を月見の友にするのもいいだろうと。
そう思って部屋へと入ったものだから。
キィ、と扉が僅かに音を立てる。
厚い布を引かれたままの室内は月明かりを閉ざして暗い。
「……やれやれ」
扉が閉まる音に合わせて小さく溜息を吐く。
ここ数十年、穏やかな日々を過ごしてはきたけれど、だからと言って。
「平和ぼけしていると思われてはたまったものじゃあないね」
毛長の絨毯に足音を吸わせた影が扉の影より躍り出る。
振りかぶる気配を片手をあげていなし、裾をさばいて半身を後ろへと下げた。
掴んだ腕を引き、空いた体の前の空間へと影を引きこみそのまま床へと流れるように重みをかける。
怯んだのか、それでも床に転がらずに影は腕を捻りヒクサクの手から逃れようともがく。
その動きに逆らわず、逆に相手の懐へと飛び込むように体当たりをすれば、さして体格差はなかったのだろう、影は今度こそ床へと背をつけた。
「伊達に長生きしているわけじゃ、ないのさ」
口端を持ち上げて囁く声は冴え冴えと冷たい。
裾から取り出した短剣を振り抜いて鞘を落とし、そのまま影の首元へと一息に――
「じーちゃん、たんまっ!!!!」
ぴた、と止まった。
どこからか聞こえた、猫かわいがりしている孫の声。いや、明らかに組み敷いている影からだ。
一瞬の硬直の間に背後から現れたもうひとつの気配がヒクサクの両肩を叩いた。
***
「あそこで止まったら十分平和ぼけしてると思うよ」
「じーちゃんが止まってくれなかったら今頃俺の首ねーから!」
「……まず、ここで何をしていたか、から話してもらえるかな?」
ずきずきと痛み始めた米神を押さえながらヒクサクは明かりをつけた室内で、柔らかなソファに身を任せる。
その前にはリーヤとルックが同じようにソファに座っていた。
「つまりはこういうことで」
そう言ってルックが取り出したのは、『ドッキリ☆大成功』と書かれたプラカードだった。
ああそうか。ドッキリか。ドッキリ。
「……人様の誕生日にかい」
「普通に祝っても面白くないだろ」
「祝い事に驚きは必要なのだろうか……」
反省のそぶりもないルックはいったいどこで育て方を間違えてしまったのか。最初からか。
「それにリーヤも危ないよ。止められなかったらどうする気だったんだい」
こればかりは自分の反射神経に感謝したかった。
孫の返り血など御免である。
「いや、ちょっと軽いノリで……。けどじーちゃんすげーつえーのな!」
見たことないから知らなかった、と興奮している孫は可愛い。よかったありがとう私の反射神経。
結局のところ、誕生日を祝いにきたものの、普通に祝うのではつまらないとドッキリを仕掛けたという。
それだけなら割と微笑ましい話だった。
時と場所と人選と内容がアレだったせいでかなり危ういものになったが。
「お疲れさま。ドッキリ成功した?」
「ああ、よかったリーヤ。怪我はなかった?」
予定よりも随分と早く湯を持ってきたのはササライで、隣にはカートを引いたクロスもいた。
そこに乗った諸々は月見のためにしては随分と豪華だ。
明日は午前は休みですから、と夜更かしを容認するササライの様子に、ほとほと子供の育て方を間違えたかなと思う夜だった。
***
ヒクサクのドッキリ仕掛け人はリーヤでした。
一番の安全牌(そして当たり)を引き当てるおじいちゃんほんとおじいちゃん。
しかし普通のドッキリだとつまらないので暗殺未遂()にて。
お前ルック育ててねーじゃんというツッコミはしてはいけない。