「こ、これは……」
それを見つけた瞬間、思わず声を零していた。
***
その日はセノにとって特別な日だった。
不老になってからは年齢なんてほとんど何の意味もなさなくなったもので、つまりは誕生日を祝うことも同じなのだけれど。
それでも以前からの習慣か、可能な限り友人や恋人同士で過ごす事が多くて、王様になってからは気兼ねなく会える特別な日になっている。
今年も例に漏れず、全員で集まりがてらセノの誕生日を祝う事になっていた。
「きったよーセノ!」
「よう。元気か?」
「シグールさん、テッドさんいらっしゃい!」
諸手を挙げて歓迎するセノと再会のハグをして、シグールは大きな包みを渡してくる。
テッドからと合同のプレゼントに笑顔でお礼を言いながらセノは二人を奥の間に案内した。
そこではジョウイが祝いの宴の準備を整えている。
料理は城仕えの料理人が作ってくれたが、気兼ねなく過ごしたいからと給仕は部屋の外までで控えてもらっているせいだ。
「さすが王様の誕生日。気合入ってるな」
「クロスの料理もいいけど、たまにはこういうのもいいよねー」
豪勢な料理の数々が並ぶテーブルへの反応は上々だ。
ひょいっと手近な皿からつまんで、及第点と満足そうに言うシグールの手をジョウイがはたこうとしているが、間に合っていない。
「クロスさん、今忙しいですからね」
「育児まっさい中だもんな」
「二人も抱えてると大変だよね」
「誰が子供だって?」
シグールの背後から冷ややかな声と共にルックが現われる。
その少し後ろでクロスが苦笑いしながら立っていて、更にその後ろから飛び出た小さな影が、セノ目がけて突進した。
「セノっ! 誕生日おめでとーな!」
「ありがとうリーヤ! いらっしゃい」
飛び込んできた体を持ち上げると、ぎゅーっと抱きついてきてくれるリーヤは去年クロスとルックに引き取られた子供だ。
あの頃より随分大きくなったもののセノの力だとまだまだ抱き上げるのは軽い。
「あのな、あのなっ」
「はいはいリーヤ、まずは降りてね」
手に持っていた箱をルックに渡したクロスが、脇に手を入れてリーヤを抱き上げる。
そのまま耳元で何かを囁くと、リーヤはしまったとばかりに両手で口元を覆ってしまった。
首を傾げるセノに、クロスがくすくすと笑って言う。
「今日は僕が料理作れなくてごめんね」
「むしろ、いつもクロスさんに作ってもらってばっかりなので、今日はクロスさんも食べる側を楽しんでください」
「ありがと。あとでレシピ教えてもらえるかな」
「料理長に聞いてみますね」
相変わらずの目ざとさに笑いながら、料理が冷めると声をあげるシグールの方に気を取らせて、クロスとリーヤが目配せをしているのをセノはすっかり見逃していた。
料理が粗方なくなって、そろそろケーキの出番となったあたりでクロスがケーキを取りに行こうとするジョウイを止めた。
「実は、ケーキは作ってきたんだよね」
「さっきルックに渡してたやつ? でもあれ人数分にしては小さくない?」
ルックの両手に簡単に乗る程度の箱だったそれは、今は隣同士に座るルックとリーヤの間においてある。
普段のクロスが作るケーキはその倍はあるし、それなら事前に話を通してあってもおかしくないはずなのに、ジョウイもそれは知らないようだ。
「僕ら全員のケーキというか、セノのためのケーキなんだよね。ほら、リーヤ」
「おうっ」
クロスに促されて、席を降りたリーヤが箱を受け取って机を周る。
一同の視線が集まる中で、セノの席の前に立った彼は、持ってきた箱をセノへと差し出した。
「これ、オレが作ったんだ! クロスとルックにも手伝ってもらったんだけど、セノへの誕生日プレゼント!」
頑張ったんだぜ、と目を輝かせてくるリーヤにセノはそっと箱を受け取る。
なるほど、さっき言いかけたのはこれだったんだな、と到着直後の事を思い出して、見た目よりも随分とずっしりくるそれを机に置いた。
開けるのを待っているのだろう。リーヤはそのままここで見守るつもりらしい。
視線をあげると、シグールとテッドとジョウイは微笑ましそうにこちらを見ている。
クロスは少し苦笑していて、ルックはなぜか視線を逸らしていた。
もしかしたら焼けすぎとか見た目が不恰好なのかもしれないけど、リーヤが頑張って作ってくれたものなんだから、嬉しいに違いない。
それに昔取った杵柄で胃腸は丈夫だ。
全然問題ない、とセノはうきうきとした気分で蓋を開けて。
「こ、これは……」
それを見つけた瞬間、思わず声を零していた。
蓋を取ったまま微動だにしないセノを気にしないまま、リーヤはこれまで黙っていた分を一気に吐き出すように喋り始めた。
「あのな、この間セノ達のところに遊びに来た時に見つけた本に書いてあったんだ! これセノの大好物なんだろ? だから、クロスに頼んで作り方教えてもらって、オレ作ったんだ! けど、ケーキってすごいいっぱい、色々入れるんだなー?」
「…………」
リーヤの声に反応できないまま、セノは眼前にあるケーキに釘付けだった。
だって、それはすごく、久々に見る。
「ナナミケーキ……」
見た目に反するずっしりとした重み。どこまでも食欲をそそる甘い香り。
綺麗な見た目の上に乗っているのはおそらくナナミアイスだ――ここまで常温保管だったはずなのに、一切溶けた気配がない。
「……クロス?」
「リーヤがレシピ発掘しちゃったみたいで、セノの好物って書いてあるから作りたいって」
「あんなものが入っているなんて知りたくなかった」
「おい、ルック何が入ってたんだ」
「黙秘」
「セノ?」
他の面々の小声を背景に、リーヤがいつまでも固まったままのセノを見上げてくる。
得意気だった表情に少しかげりがあるように見えるのは、いつまでもセノのリアクションがないからだろう。
「――ああ、ごめん。ちょっとあまりにびっくりして固まっちゃってた」
ようやく蓋をテーブルにおいて、セノが言う。
「僕の好きなものを作ってくれたんだってわかったら、すごく嬉しくて。ありがとう、リーヤ。すごく嬉しい」
「へっへー」
まだまだ伸ばし途中の髪を撫でるとリーヤが嬉しそうに破顔するのを見て、元の席に戻るよう促すと、セノはジョウイににっこりと笑顔を向けた。
「ジョウイ、みんなにはケーキ出してあげて。リーヤには僕の分もあげて」
「セノは?」
「僕はこれ食べるから」
心底嬉しそうに言うセノに、シグールとテッドとルックがまじかという表情をするが、セノはお構いなしだ。
お城の料理はおいしいし、クロスのケーキだって本当に大好きだ。
だけど時々どうしても恋しくなるのは姉の料理で。
大事な日に、かわいい子が頑張って、自分のために懐かしいレシピを作ってくれた事が嬉しくないわけがない。
こればっかりは大好きなジョウイにもおすそ分けできない。
「いっただきまーす」
ケーキがいきわたるのを待って、さっくりとした生地にフォークを入れた。
口に入れた瞬間、湧き上がるあれやこれやを全部飲み下すと、セノは幸せそうに笑うのだった。
***
「ほのぼの」
「ほのぼの……?」
「セノとリーヤにとってはね」
「ほんとあのレシピ見せられて作りたいといわれた時はどうしようかと……」
「僕、たまにセノの味覚が心配になる」
「「それな」」
***
仕掛け人リーヤでターゲットがセノな時点でほのぼのにしかならなかったんです(自白
いつもよりかなり雑なので修正したものを後日倉庫に収納します。