「……クロス、相談があるんだ」
至極真面目な顔をしたルックに、編み物の手を止める。

こころなしか顔色が悪い。
寒いのだろうかと暖炉に火を入れようとしたが、それは固持されて座っているように言われた。
クロスの正面に座り、両手を膝上でそろえたルックに、クロスもまた居住まいを正して視線で促す事しばし。
それでも言い澱むルックにいよいよ言葉で促そうとしたところで、固く引き結ばされいた唇が開かれた。

「仕事が、なくなった」
「どの仕事?」
「……トランとデュナンの魔法指南」
鎮痛な面持ちで告げたルックにクロスの表情が止まった。

トランとデュナンの軍に対しての魔法指南は、毎年の貴重な固定収入であり、生活費の半分以上を担ってくれる要と言っていい仕事だ。
クロスの手芸やルックの古書の翻訳等、こまごまとした収入はあれど、レックナートとルックの研究癖や古書収集癖を考えるとそれだけでは到底足りない。

これまでの生活費と収入、それから今後における収支を脳内で即座に計算したクロスは、弾き出された結果を抱えてルックへと問いかける。
「なんでまた?」
「……トランの方は軍部縮小だってさ。軍事力に頼らなくても、あそこは金策で他国の首根っこ掴んでるから」
「たしかにねぇ」
「デュナンの方は、ちょっとやらかした。さすがにしばらくは、まずいって。ジョウイが」
「…………」
「ほとぼりが冷めたらまたよろしくとは言われたけど」

ジョウイが「さすがに」と言うレベルっていったい何をしたんだろうか。
気になったものの、明らかに沈んでいるルックにそれを聞く事も憚られて、クロスは仕方がないねと苦笑を浮かべた。

「そういうことだってあるよ。気にしないで」
「……うん」
「今年の冬の分の薪はもう用意してあるから年は越せるし、贅沢しなければ問題ないよ」
「……うん」
「ルックの収入に頼りきりなのもよくないしね。これもいい機会だと思おう」
「クロス……」

ルックの隣へと席を移動し、柔らかな髪を手で撫でる。
「ルックんいもちょっと我慢してもらわないといけないけど、許してね」
「わかってる」
こくりと頷くルックに、クロスはにっこりと笑みを浮かべて続ける。

「とりあえず研究は全部凍結して、本も月に一冊まで。僕はちょっと群島の方に竜狩りに行ってくるから、その間の留守はお願いね」
「え」
「レックナート様の手綱握るのは大変かもしれないけど大丈夫。ルックならできるよね」
今までだってしてたことあるんだもの、と暗に言われてルックは固まる。
「ちょ、クロス……怒ってる?」
「怒ってないよ。ただ、本当にそうなったらこうなるから気をつけてねって話」
「……は?」

「そろそろ寒くなってくるから新しいマフラーほしいよねぇ。ルックはショールにしようか、だいぶ古くなってたし」
頬に触れるだけのキスを落として、目を点にしているルックをそのままにお茶を淹れようとその場を離れる。

茶器の数は外で待機している数を入れれば六つで足りるだろうか。


「……気付いてたの?」
背後から聞こえたルックの声に、クロスは密やかに笑った。





***
クロス「僕を騙そうなんて150年早いよ?」
テッド「真面目な年数やめろ」